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第42話 モスマンジュニアがくれたモノ

第四十二話『モスマンジュニアがくれたモノ』


 香坂にアイの血液薬を打って15分、どす黑い程の赤い煙もすっかり晴れました。その間、モスマンジュニア以外のモンスターの襲撃はなく、香坂の容体も危機は脱して安定した様。けれど、ちゃんとした『解毒薬』を打つ必要はあるので、モスマンジュニアの巣を探すことを再開しました。


「キモイとか言ってたけどさ~、そんな事ないじゃん。色々ヤバいけど」


 体長3センチ前後の虫型モンスター。確かに、頭部を含めて蛾によく似ている。けれど、人間のようなこの二本の足。どうやったらこんなデザインになるんだろう? モンスターを作る神様って悪戯好きなのか破壊的なのか… それとも進化の途中とか? 口には針のように細い四本の牙… って、球体に入れたままだとよく見えないな。口元がキラキラしているのがそうかな?


 両手でシャボン玉のような球体を持って、中を観察しているアイ。球体の中のモスマンジュニア達は、先に吸った赤い煙のせいか、羽を震わせるだけで暴れるそぶりは見せません。その球体にエスポアが口を付けて、煙草の煙を注ぎ込みました。真っ白い煙が球体の中に充満して、羽の振動さえ止まりました。


「死んじゃわね?」


「見た目は小さくて弱そうだけれど、意外と硬いし環境適応力にすぐれてんの」


「何すんの?」


 エスポアの両手には先細のピンセットが握られていて、口には煙草の他に赤い糸が咥えられています。糸の先、唇にはプラ~ンと吸い終わって短くなった煙草が括り付けられていました。


「目印つけんのさ」


 アイの質問にニッと笑って答えると、エスポアは咥えていた赤い糸をピンセットでつまんで、球体の表面に一番近い足に結び始めました。前職は外科医? 器用だなぁ。


「さて、この球を割ってくれるかい? このモスマンジュニア達は戦意を失っているはずだから、巣に変える。帰りたい気分になってる。その後を付いて行こう」


 なるほど。蜂の巣を見つけるのと同じ要領ね。


 スピリタスとアイで香坂を抱えたエスポアを挟んで、再出発です。ブラウニーはまだ起きそうにないので、アイのボディバックに入れました。上半身は外に出して。


 球体の呪文が解除されると、エスポアの言った通りモスマンジュニアの群れは来た道を戻り始めました。向かって来た時の半分のスピードで。群れは長い廊下を真っ直ぐ進み、幾つ目かの十字路を右折しました。そして石作りのアーチをくぐって中庭のような場所に出ました。


 室内園庭かな? 天井は… 上が暗くって天井が見えないな。でも、足元は苔だ。けっこう厚みがある。ヒカリゴケだ。光の玉の灯りを反射してる。シダ植物が中心で、木も生えてる。苔があるから湿度は高いけれど、水はあるのかな? それにしても、広い部屋。


 モスマンジュニアの群れは大木が群がっている中を進んで行きます。アイはボディバックの中から試験官を取り出すと、足元の苔や近くのシダ植物を少しづつ接種していきます。寝ているブラウニーを落とさないように。


 モスマンジュニア達はひときわ大きな樹の根っこに落ち着くと、お行儀よく一匹づつ苔のの中に入って行きました。直径10センチ程度の穴の中に。


 ここがこの部屋の中心かな? この木、とっても大きいけれど、何だろう? 後で調べてみよう。… て、自分のスマホも会社に提出してたんだった。社長のナハバームはついて来てるよね? その動画を見せて貰えばいいか。


「この下に巣があるみたいだね。掘るしかないか?」


「苔の下、どれぐらいの土だとおも? 掘ったらこの木が倒れて来たり? 根っ子が横に拡がってたら、周りの木も一緒に倒れちゃったり?」


 それが、一番最悪のパターンかな。

 触った感触だけじゃ、どれぐらい土があるかなんて分からないか。苔でフカフカしてる。


「それは… やってみないと分からないな」


 私のナハバームがあればなぁ。あれ、トカゲタイプだから、隙間探索とか出来たはず。トカゲかぁ… 魔法で変身できるか、試してみようかな?


 トカゲ… トカゲ… と呟きながら木の根の周りを調べていたら


「行こうか?」


と、いつの間に目が覚めたのか、アイのボディバックから上半身を出したブラウニーが、口の中をパンパンにさせていました。


 あ、私のロリポップキャンディー。まぁ、いいけれど。でも、フフ… お口が凄いなぁ。


「土蜜を採ってくればいいのだろう?」


 ブラウニーさんのサイズなら、穴の中に入れるか。それなら…


「まぁ、採って来てくれるのは助かる。けど、攻撃されちゃったりしないか?」


 心配するエスポアの前で、アイはブラウニーを穴の縁に下ろし、ボディバッグから赤いリップを取り出しました。


 魔法はイメージ! 私は可愛いブラウニー。魔法が使えるブラウニー。誰が何と言ってもブラウニー。


 口の中でロリポップキャンデーをコロコロ転がしながら、赤いリップで頬や手足に「フ〃ラウニ⇒」と書いていきます。


「あげて♪ あげて♪ ブラウニーうぃる〜」


 歌のような詠唱です。アイはリップで書いた文字の上を人差し指で「アイ」となぞります。すると、アイの体はシュルシュルと小さくなって、最後はブラウニーと同じ大きさになりました。


 「ブラウニーのアイで~す。かわちぃでしょ~」


 一泊の間を置いて、エスポアがやる気のない拍手を返しました。「器用だなぁ」と言いながら。その横で、スピリタスが眉間に皺を寄せて溜息をついていたことに、アイは気が付きませんでした。



 解毒薬の元になる『土蜜』は、ブラウニーの好物の様です。


「バターを入れたオートミールに肉桂と砂糖をたっぷりかけたのが好きなんだ。でも、砂糖の代わりに土蜜を使うと、コクが出てなお美味い。なんだ、肉桂をしらないのか? 「にっけい」だ。にっ・け・い。ああ、店では「シナモン」と呼んでいたな。でも、店で使っているシナモンより肉桂の方が辛味が強い。種類が違うんだろうな」


 アイの前を進みながら、ブラウニーが教えてくれました。髪が汚れるからと、自分の三角帽子まで貸してくれたので、ブラウニーのボサボサの髪は余計にボサボサに見えます。

 土の通路は程よい狭さと程よい暖かさで、アイは不思議な安心感を覚えていました。


 昆虫のアリになった気分。あっちこっちに道が分かれているのに、アリは目的の部屋を間違わないんだから凄いよね。モスマンジュニアも同じみたい。見た目は『蛾』だけれど。通路をウロウロしているけれど、迷っている感じはないもの。それに、襲ってこない。明らかに見た目が違うから、警戒したり攻撃されるかな?と思ったけれど、そんな素振りはまったくなし。外に出て人を襲う時は、何かしらの興奮状態で、人間で言ったら理性を失っている状態とか? モスマンジュニアの研究している人、居ないかな?

 それにしてもこの土、粘土質だなぁ。上があれだけの苔だから、相当水分を含んでいるよね。


「ブラウニーさんて、モスマンジュニアの巣の中に詳しいん?」


 入ってから今の今まで、迷いなく進んでいます。途中でモスマンジュニアとすれ違う時にはペコリと一礼。これもブラウニーが教えてくれました。


「匂いがするからな」


「匂い?」


「土蜜の匂い。蜂蜜の香りに苦味を混ぜたような匂い」


 匂いかぁ… 土の匂いが強くって、蜂蜜に似た匂いはしないなぁ。それより、モスマンジュニアの足が気になる。さっきは気が付かなかったけれど、こうやって同じようなサイズになると、よく見えるんだよね『個体差』が。顔や羽はたいして変わりがないように見えるけれど、脚! 筋肉質だったり逆にほっそりとしていたり、毛深かったりと色々。まるで人間の脚みたい。ニーハイとか網タイツとか履かせてみたいかも。


 そんな事を考えながら歩いていたら、蜂蜜のような匂いがするのに気が付きました。


「匂いする。私にもわかるよ、蜂蜜みたいな匂い」


 喜んだアイに、ブラウニーほウンウンと頷いて、目の前の小部屋を指さしました。ドアなんてついていない、窪みのような部屋には、赤とピンクの花が折り重なるように置かれています。


「これが土蜜?」


 恐る恐る触れると、それは置かれているのではなく、そこで咲いてることが分かりました。花弁に隠れて、短い茎と小さな葉っぱがありました。牡丹のような八重咲の花は、花弁と花弁の間や中心の花芯に濃い金色の蜜が溜まっています。


 花だなんて聞いてなかった。


「土の中に咲く花。ここの花はモスマンジュニアが世話をしているから綺麗に開花しているが、野生の物は土を押しのけて蕾を膨らませて開花するから、もっと小さくよれている。その分、蜜は溜まる」


 モンスターが花の栽培…。ますます興味深いんだけれど。


 アイが興味津々に花を観察していると、ブラウニーは通りかかったモスマンジュニアに声をかけた。


「二つ、貰う許可を得た。他のモスマンジュニアが「勝手に採った」と勘違いするといけないから、彼が出口まで送ってくれるそうだ」


 え?! そんな気遣いまで? モスマンジュニアって、本当は人間なんじゃないの? 


 驚いているアイの前で、ブラウニーは手前の花を二本引き抜いて、一本をアイにくれました。


 アイ、モスマンジュニアに興味津々です。本当は一匹連れ帰って観察したいのが本心なのですが… Next→




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