二度目の人生を後悔のないものにするために、私はすぐに行動へ移した。
「秀平さん、私、明日から実家へ行ってきます」
相談でも許可を得るわけでもなく、報告だ。
「どうした、何かあったのか?」
「いいえ、ただいつも電話連絡だけでお金を送ってくれているでしょ、たまには会ってお願いでもしようかと」
「そうか、そうだな」
父の病気のことは何故か言いたくなかった。
それに今までお金の無心をしていたのは事実で――なのに結婚後一度も実家に帰っていないのだ――こう言えば反対は出来ないだろうと思って。
案の定、実家行きを反対されずに済んで、私は本当に久しぶりに里帰りをした。
「ただいま」
この言葉を言える幸せ、今まで考えたこともなかったわ。
「香澄なの? なんで……あなたに渡すお金なんてびた一文ないわよ!」
出迎えてくれたのは姉の香織だったが、会った瞬間に顔を顰(しか)められた。
どうやら私は、招かれざる客のようだ。
今までの行いを考えれば当然なのだろうけど、ちょっと寂しいな。
「お父さんが病気だと聞いて――会わせて欲しいの」
「本当に、そのために来たの?」
「信じてもらえないのは仕方ないわよね、一目会えたらすぐに帰るから、いい?」
「どうぞ」
久しぶりに会った姉は、少し痩せていた。
「お父さん?」
「あぁ……ん? 香澄か?」
父の部屋へ入っていって声をかけると、すぐに私だと分かってくれた。
部屋の中は薄暗く、父はベッドに横たわっていたが半身を起こそうとする。
「いいよ、そのまま寝ていて! 具合はどうなの?」
「なんだ、康介が何か言ったのか? 大したことはないんだよ」
「そうなの、康介兄さんから連絡が来て、随分悪いって聞いたけど……」
「大げさなんだよ、みんな。ちょっと前に風邪をこじらせて寝込んだだけだ。そうしたら足腰が弱ったらしく、今度はギックリ腰になってな、あいたたた……」
「え、大丈夫?」
上半身を起こした父の腰をさする。
「あぁ、ありがとう。動くときに少し痛むだけだから。それより――」
そう言って私の顔を覗き込む。
「なに?」
「明かりをつけてくれないか」
「ええ」
そばにあったリモコンで照明をつける。
「本当に香澄なんだなぁ」
掠れた声で、確かめるというより独り言のような呟きだった。
「ごめんね、お父さん」
「なんだ、香織にでも怒られたか? あいつは気が強いからなぁ」
「まぁ、そうね」
穏やかな、どこか面白がっているような微笑みだった。
親って、不思議だ。長く離れていて暮らしていたのに何でも分かってくれているような安心感がある。
「康介も香織も、口は悪いが心の中ではおまえのことを心配しているんだよ」
「ごめんなさい」
「謝ることはないよ……ただ」
「ただ?」
「香澄、おまえは今、幸せか?」
「……幸せよ、お父さん」
即答は出来なかった。一瞬、今の状況を全て話してしまいたくなったから。でも、これ以上父に甘えることなんて出来ない、本当は優しい家族にも。
私は強くなって、自分自身で何とかするからね、お父さん。
「お父さん、お薬の時間よ」
香織姉さんが、入ってきた。
「あぁ、悪いな」
「お茶、飲む?」
「えっ、私にも?」
私の分のお茶も用意してくれていた。
「ありがとう、頂きます」
「熱いから、ゆっくり飲みなさいね」
姉はそのまま出ていってしまったけれど。
ぶっきらぼうな態度でも、もう少しここにいてもいいってことを伝えてくれたようで、私は嬉しくなった。
やっぱり帰って来て良かったなぁ、お茶を啜りながら心もポカポカと暖かくなっていた。
「ただいま戻りました」
穏やかな実家での時間を終え、秀平さんの待つ家へと戻る。
「どうだった?」
「それが……父の体の具合が悪くて、今回はお見舞いだけにしたの」
お金を借りることは出来なかったと正直に伝えた。
「そうか、仕方ないな」
もっと機嫌が悪くなるとの予想は外れ、何かを考えているみたいだった。
「香澄、これをお義父さんに送っておいてくれ」
「あら、何ですか?」
「体調が悪いのだろう? これは滋養強壮に効くサプリメントだ。身体は大事にしないとな」
「ありがとう、秀平さん! 優しいのね」
笑顔でお礼を言ったけれど。これって、確か……
私は前世の記憶を呼び起こしていた。
兄から父の病気の件の連絡を受け秀平さんに伝えた時のこと、実家へ帰ることは許されず、その代わりにこのサプリメントを与えられたのだった。これを実家へ送り、その後父は亡くなったっけ。
当時は病気のせいで亡くなったのだと思っていたけれど、もしかしたら……
私は念のため、このサプリメントを検査することにした。
信頼できる検査機関を調べている時、メッセージが届いた。
「えっ、透から?」
大事な話があるから出てきて欲しい、というメッセージだった。
「どこへ行くんだ?」
「秀平さんのプレゼントを早く父に送りたくて、これ、出してきますね」
珍しくリビングにいた秀平さんへ、不審がられずに外出する理由づけにちょうど良い。
もちろん送り先は、検査機関である。
「やぁ、悪かったね。呼び出して」
少し離れた場所に停められていた透の車へ乗り込む。
「いえ、ちょうど出る予定もあったので」
「どこへ行くの?」
「荷物を送りたくて、コンビニか郵便局へ」
「先に行こうか?」
そう言うなり、もう車を発進させている。
「どうもありがとう」
郵便局まで送ってくれたので、無事に発送することが出来た。
「それで、話って?」
「あぁ……」
透の表情が引き締まった。
あまり良くない話なんだろうなと、私は覚悟をした。
「木暮のことなんだけど……気を付けた方がいいと思う」
「えっ、秀平さん?」
「最近、資金繰りが悪くなっているようで、いろいろ情報が入っているんだ。どうやら君名義の持参金も現金化されているらしい。更に、君に多額の保険金がかけられているという情報もある」
「まさか、そんな……」
「君が木暮を愛しているのは知っているが、それが事実だ」
「……」
私が愛しているのは、秀平さんではなく透よ!
口に出してしまいたい衝動を必死に耐えた。
「なんで……」
私が沈黙を通していたら、透の悲しそうな声が聞こえた。
「どうして、そんなに冷静でいられるんだ? そんなにアイツが好きなのか、信じているのか?」
「違う、そうじゃないわ!」
もう、限界かもしれない。
私の本当の気持ちを透に隠しておくのはとても辛い。
「透――あのね、」
To be continued