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第94話

集との対談を終えた司は直ぐにでも動き出す。

ともかく情報を揃える事。

それがなければ説得なんて出来ようはずもない。

受け取った資料を見ながら足りない部分の補充を直ぐにでも開始したのである。

同時並列でやらなければならない事は多い。

廊下を歩きながら次の目的地へと向かう道中運よく声をかけて来た部下であったが…


「あ、いたいた!紫龍さん!明日の予定なのですが!」

「ああ、君か済まない…これから少しばかり時間をくれないか?」

「えぇ?紫龍さんが僕に頼みごとなんてなんです?」

「大至急会議室に人を集めてくれ」

「…え?こんな時間から?」

「一夜にして全てをひっくり返さなくてはいけないんだ。

時間が無い。集まり次第説明する」

「そ、そんなに慌ててどうしたんです?

明日で良いじゃないですか?」

「それでは遅い。今からでも始めたいんだ」

「…わかりました30分ください」

「頼む」


この場所は庄司の作り上げた敵の城であるが。

その中には司の補佐をする為。

明日のレセプションパーティーを成功させる為の人員として。

司が連れて来た部下も多数いる。

何を話すのかを決める時間も少ない。


「傍観者でいる事はもう出来ないか。

自身の気持ちに素直にならなくてはね。

遠目で見ている事こそ間違いだと気付かされることになるとはね」


本当にブルーは…

彼は何を知っていたのか。

その答えを聞き出すのはまだ先の話であり。

司は直ぐにでも集めたメンバーに資料を見せる準備をした。


―伊集院家は闇を抱えている―


呼び集められた司の部下達は回し読みで見せられた資料を見て、

同じように絶句する事になる。

彼等もまた司と一緒に事業を立ち上げた者達。

司と同じように考える事が出来る紫龍にも連なる者達である。

そして彼等は綾小路家と紫龍家とも関りが深い者達であった。

だから司が見せられた資料を理解する。

できてしまう。



「見ての通りで筋が全く通らない。

このままいくと伊集院家の自滅に付き合わされることになる」


周囲を見渡すように視線を向けると司に向けられた視線は同意を示す。

口を押えながら冗談だろうと呟く者。

このままでは犠牲にされるのはと不安がる者。

司からの説明で頭を抱え出す者もいた。

その中の一人が絞り出すように声を上げる。


「その通りだと思います。綾小路は犠牲になるのでしょう…

けれど私達にはもうどうしようもないではありませんか。

それに綾小路単独では結局これから先乗り切ることはできないはずです。

なら泥船だったとしても伊集院に賭けるほうがいいのではないでしょうか?」

「そうとも考えた。

けれどそれを容認する事は出来ない。

まだ紫龍が…私がいる」

「…伊集院家の代わりになるつもりですか?」

「なるさ。

既にそうなる為のチケットは受け取ってしまったからね」


司の宣言に集められたメンバーは絶句する。

集められたメンバーはそのチケットという表現に対して立ち位置を理解する。

そして司の次の言葉を待ったのである。


「君たちに望む事はただ一つ。

私を信じてついて来てほしい」


パチパチと手を叩く音が鳴りだして…

自然とその音は大きな音へとなっていた。


「やりましょう!紫龍は弱くない!」

「私達はまだ成長できます」

「これはチャンスでしかありません!」



メンバーが若い者達で構成されて慎重派がいなかった事もある。

そしてそのリーダーとして司は伊集院と戦う事を決めたのだ。


「私達は司さんについてきたんです!」

「ただ目標が定まっただけですね!」

「支えますよ、最後まで!もう戦うだけです!」


司が起業してからの日はまだ長くない。

けれど司自身は起業前からプランを考え実行するべく準備は進めていた。

メンバーはそれぞれに声をかけられて覚悟を知っていたし。

生半端な気持ちで司に付いてくることを決めた訳でもない。

彼等の団結力は強かった。

その日伊集院家に対する反逆が開始されたのである。

表向きホテルでの夜は何の問題もなく時間は過ぎていた。

しかしその水面下では劇的に状況を変えるべく事態は動いている。


「ありがとう。君たちの事を誇りに思う」


部下の協力を取り付ける事を成功した司。

彼は絶対に接触しなければいけない相手と対面を果たすべく資料を揃えて、

司はその最たる相手が反応してくれることを待っていたのであった。

面会をしたいと言う報告がありその場に向かった司。

そこにいたのは他でもない伊集院家に祥子を花嫁として送り出す事を決めた、

綾小路夫妻であり現綾小路グループの指揮を取っている人物であった。


深夜の遅い時間。

それであっても持ち込んだ資料を軽く読み込み司と会う事を決めたのである。



「ずいぶんとご機嫌な時間に面会を申し込んでくれたものだね?」

「ええ。綾小路夫妻であればきっとお受けいただけると確信しておりました」

「…嫌味だと言う事は理解しているのだろう」

「勿論です。

ですが既に後戻りできない所に私は立っています。

何の遠慮をする事がありましょうか」

「…食えない奴だな」

「美味しく戴かれる訳には参りませんので。

今はまだ」

「ほう?

では何時かは戴かせてもらおうか?」

「出来るのであれば」

「おもしろい。

…で何ようだ?」

「こちらをご覧いただきたく」


そうして綾小路夫妻に見せたのは集から受け取った資料と。

それを元に作り上げた伊集院家の内部資料と掛け合わせたものであった。

それこそ伊集院家が抱える闇。

不正の明確な証拠だったのである。


「…なるほど。

とても面白い資料だ。

それは認めるがそれを私に見せて何をさせたい?」


ここにきても綾小路夫妻は決して動揺を見せなかった。

この程度の事で動揺していては巨大グループを率いてはいけない。

そもそも司とグループを率いる祥子の父では持っている情報量が違う。

だから司が持ってきた資料など初めから知っているのである。


「ビジネスとは利害関係の綱引きだ。

そして利益になるのであればある程度の毒水など飲み干す事もしよう。

潔白の真っ白でなくともいい。

真っ黒であってもいつか漂白できるのであれば問題はないと考える。

求められているのは現状よりも良い代替案。

他に方法が無いのであれば予定に変更はない。

祥子は庄司君に嫁がせる」


それが祥子の父親としての考え方。

その考えを曲げる事は決してない。


「この灰色の爆弾は発見を遅らせれば遅らせるほど危機的状況になります。

今すぐにでも処置をするべきなのです」

「それをする為のメリットが考えつかないのだよ」

「いいえ。あります」


司は言いきる。

ここで怯むわけにはいかない。

祥子の父は勿論司の事も知っている。

知っていてそれで今まで頭角を現してこなかった事すら。

だからこそ祥子の婚約者候補からも当然外していたのだ。

それが土壇場で今更何を言われても驚かない。


「ほう?それは何だと?

紫龍司。

君の事は直近であるがよくよく調べさせてもらった。

ここにきて才覚を見せた事は認めよう。

大切なレセプションパーティーの総指揮をとっているのだろうからね。

こうして君との対話を拒否しなかったのも君と喋ってみたかったからだ。

普通であれば気にしなかったが…

目の付け所と君の作った企業の初動が順調だったこと。

成長度合いは気になる所だったからな。

よく紫龍が伊集院の懐に潜り込んだものだ」

「ありがとうございます」


けれどそこから祥子の父の目付きは更にキツくなる。

迫力が増してきたと言っても良い。

そして凄みを増して問い質して来た。


「それ以上にある日突然どうやって資金を調達したのか解らず、

紫龍であれば当然繋がりの有る伊集院から投資を受けると考えていたのに、

至極自然に別の形を使って事業を始めている。

実に興味深い。

だがそこまでだ。

私を信用させ説得しうる力量と材料としてあまりにも薄い。

味気ないのだ。

君は私が納得しうる言葉を用意できるのかね?」


予定の変更はない。

司の用意した資料では説得力に欠ける。

ツゥ…と額から汗が流れ出ていた。

ただの会話でここまで汗をかく事になったのは司にとっても初めてだった。

凄まじいプレッシャーを肌で感じる事なったのだ。

ビジネス的な所で何を言っても説得できるだけの言葉は出て来ない。

司の用意した資料は未来において危険を示す物であったが。

それ以上に未来を見せる可能性は示していなかった。


―庄司は危ないです―


だからと言って司を選ぶ理由にはならないのだ。

司と決定しうる材料が無い。

それを今求められているのである。

司が喰らいついてでも言わなければいけない事は何なのか…

それは自信にとっては考えるまでもない事である。

司がはっきりと言えることはただ一つ。


「…綾小路祥子の幸せです」


ピクリと祥子の父は固まる。


「今何といった?」

「綾小路祥子の幸せと言いました」

「…それは私の考えた婚約が祥子を不幸にするとでもいうのか?」

「その通りです。

このままいけば祥子は伊集院庄司に文字通り使い潰される。

既に伊集院庄司は祥子だけでなくその友達にも毒牙を伸ばそうとしている。

それを黙ってみている事など出来るはすがないでしょう」


回答が感情でしかも娘の幸せだと言われるとは祥子の父は考えていなかった。

そんな事は些細な事でしかない。


「…たかが我が娘を犠牲にするだけで何千人と言う雇用が守られ、

幸せに暮らせるのだ。

そう考えれば安い取引だろう」

「安い?安くはないですね。

これだけ伊集院家とその子息である庄司に対しての不安材料を直視しつつ…

この場で踏みとどまる事が出来ないこと自体が異常だと思いますが?

婚約は未だに決定でなく発表もしていない。

なら確認のためにも踏みとどまるべきだ」

「…生意気な事を言う。

発表こそしてこなかったがその裏では数千人と言う人がそうなる為に、

準備してきたのだ。

それを土壇場で覆せると考えられる?少しは常識を考えろ」

「そうですよ。

私だって知らなければ祝福の言葉もかけられたでしょう。

けれど知ってしまっている。

これは悪夢の進行となる。

解り切っていながら動かない事こそダメでしょう」

「…私に恥をかけと言うのか?」


計画を変更すると言う事は判断を間違えたと認める事になる。

ここで引いてしまっては祥子の父は失望される。

組織のトップとして信用されて綾小路を采配して来た。

その采配が間違いだと認めるのには抵抗がある。

それこそ祥子の父にとっては恥となるだろう。

しかし…


「それこそご自身の恥程度で済むのであればコストに見合った代価では?

あなたの言う数千人の未来が救われるのでしょう?」

「…この資料が語るような未来が来るとは限らんだろう?

祥子だって覚悟を決めてきたのだ。

ここで婚約の破断は望まないだろう」

「それを祥子さん本人に聞いたので?」


反応は無言であった。

しかし会話は止まらない。

何よりも隣に座っていた祥子の母が今度は意見する。


「綾小路家の娘として育ててきました。

グループの礎になれるのならあの子も本望のはず」

「…本望となるのであればどうして情緒不安定気味なのでしょうね?

覚悟を決めているのであれば揺らぐ事はないのでしょう?」

「それはっ…子供だから。

けれど私は祥子を綾小路の令嬢として相応しく育てました。

泣き言は言わせません。

娘の務めを果たさせます」

「どの口がそれを言うのでしょうね?」

「なっなっ何を!」


祥子の母親は動揺せずにはいられなかった。

そして紫龍家の人間だから司は知っている。

それは今後の祥子の母親との関係も考えるならば言うべきではない。

関係は悪化する。

決して言われたくない事と解りながらも説得する為には言わなければいけない。


「ご自身は…自由恋愛の末結ばれたのに?」

「それは!」

「その埋め合わせのために祥子を完璧な令嬢になる様に育てた」

「違います!私の様に恥をかかせない様にする為にした事です!」

「いいや。違わない。

自分自身の負い目を娘を使って解消しようとしている」

「違うわ!違うわよ…」

「…では何故祥子に洋楽器を習わせなかったのです?」

「それはっ…あの子には和楽器の方が似合っているから…」

「それを決めたのは貴女ですよね?

大和撫子には相応しくないとか言って。

習い事一つ自由に決めさせなかったらしいですね。

素晴らしい教育方針はよく耳にしてきましたよ。

…もう諦めてくれますか?」


それ以上祥子の母喋る事は出来なくなっていた。

項垂れ言葉が詰まる。


「だって…」


そう絞り出すようにしか反論が出来ない。

司は更に押し込む。


「考え直しが出来る最後のチャンスだと思います」

「だとしても止まる理由にはなりえないだろう。

可能性だと言うのなら祥子が不幸になるとも限らん。

庄司君の事は知っている。

まだ彼は変わり成長できるかもしれないのだ」

「黒の中心点が白にするのであれば…

それは完全な構築し直しとなるでしょう。

始めから作り直すのと何ら変わらない」


すでに止まるべきだと司から渡された資料で理解している。

けれどそうだと解りつつ祥子の父は止まれない。

止まる理由が娘の幸せと言われても頷けない。

会社と娘を同じ天秤に乗せて娘の為とは決して言えない。


「…現実から逃げている場合ではないでしょう。

ご自身の考えの綻びがどうしてわからないのです?

たった一人の娘も幸せにできない父親が?

数千人の従業員の幸せなど考える事が出来るはずがない!

理屈が通らない!

社員全員を幸せにできる?

娘一人すら救えず地獄に叩き落そうとしているではないですか!」

「何も分かっていない若造が言ったな?言いきりおったな?

ならば伊集院との婚約を見送るだけの価値を見せよ。

そうすれば考えてやる」

「当然ですっ!」


感情に訴えた司の言葉。

けれどその取ってつけたような理屈は祥子の父にとってはある意味で救いだった。

譲歩するためだけの理屈としては弱すぎるが。

司に代替案を示すだけの許可は与えられたのだから。

激しい応酬の先に司は祥子が婚約をしないでもいいと言う逃げ道を作った。

逃げていいと言う確約をもぎ取ったのだ。

これで司は動く事が出来るようになったのだ。


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