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エピローグ

 魔法少女連盟が生まれ、そして魔王を打倒してから…世界は、少しだけ変化しつつあった。


 *


「おお、来たな勇者。ちょうどきかん坊の相手で疲れていたんだ、今お茶を入れよう」

「やめてくださいよその呼び方…ただでさえ武闘派はそう呼んでくる人が多いのに」

 私とカナデは『分校見学』の名目で武闘派たちの拠点に訪れていて、今はかなり賑やかになった校舎にいた。そして職員室に向かうとヨシノ先生が穏やかに笑って立ち上がって、それ以外の教師…かつては矯正施設の教員として働いていた人、さらには外部顧問としてサクラ先生も訪れていて、私を見るとみんなが暖かな微笑みを向けてくれた。

 …でも、勇者って呼び方は本当に勘弁してほしい。『魔王を倒した人』という意味では適切と言えなくもないのだけれど、それだとあの場にいた魔法少女全員がそうであるといえて、いくら発起人の私であってもその呼称を一人で受け止めるのには抵抗感があった。

「サクラ先生もお元気そうで何よりです。あの、ルミとアヤカ…まあ、あいつらは元気だろうけど、ミオはどうですか?」

「うふふ、カナデちゃんったらすっかりミオちゃんのお姉さんね…心配しなくても、今はミオちゃんも先輩として頑張っているわよ。勉強も訓練も真面目だし、面倒見もいいからすっかり馴染んでいるわ」

 カナデは恩師であるサクラ先生の席に向かって頭を下げ、すぐに元インフラの少女…ミオについて尋ねる。すると先生もその努力について把握しているのか、とても嬉しそうに教えてくれた。

「…それにしても、ここも『魔法少女学園の分校』としてしっかり機能してますね。大丈夫だとは思ってたけど、やっぱりこうして足を運ぶと安心できます」

「ええ、本当に…でもね、それもあなたたちが頑張ったからよ。私がまた教師みたいなことをさせてもらえるのも…いくら感謝しても足りないわ」

「先生、やめてください…私はヒナのために戦っただけで、ここまで事態がよくなるとは思ってなかったんです。でも、その…つらい目に遭わされる魔法少女が減ったのは、嬉しい…ですけど」

 魔法少女連盟に所属する派閥は全員が魔王討伐に尽力したと評価されて、定期的にそれぞれの代表者が集まって会合を開く機会が設けられた。

 そんな中で比較的早く実現したもの、それは『矯正施設の廃止』だった。かねてよりこの施設から魔法少女を救助していた武闘派は即時の廃止を要求、改革派も当然ながらそれに賛同、現体制派は抵抗した…かに見えて、施設の維持を求めていた急進勢力が力を失ったこともあり、比較的穏便な形で実現した。

 それでは『これまで収容していた問題児たちはどうするのか?』という問題が持ち上がったけれど、その点については武闘派がすぐに受け入れの姿勢を表明したのだ。

「ヒナが来てるってマジか!…おっ、本当にいたな! よっしゃ、早速訓練場に行くぞ! 今日こそ決着を付けようぜ!」

「…いや、私が戦う…完膚なきまでにボコボコにして、分校所属にして、一生パシりにしてやる…」

「お、お二人とも、まだ訓練の途中です!…あっ、ご無沙汰しています勇者様!」

 それまでは比較的穏やかに時間が流れていた職員室だけれど、問題児コンビとそれに振り回される苦労人──ヨシノ先生の人物評だ──が訪れたことで、急速に賑やかになった。

 そう、武闘派は魔法少女学園にて素行に問題があると判断された生徒を引き取って育て直すという名目で、非人道的な矯正システムの是正に貢献してくれたのだ。

 それは聞こえの悪い表現をすると『新たなる矯正施設』とも言えるのだけれど、ここで過ごした私はそんな心配は一切ないと思っていて、現に魔法少女学園からこちらに転入してきた生徒は往々にしてこちらのほうが性に合うと話していた。

 自由で、だけど全員がそれぞれにできることをして分校の運営に携わって、毎日を一生懸命生きられる場所…それは魔法少女学園とは異なる、一つの学校のあり方だと思えたのだ。

「はぁ…まったく、大事な話もあるのにまたうるさい連中が来たのか。ヒナ、洗脳を使っていいから静かにしてやってくれないか?」

「あっ、先生それは反則だって! あの力を使ったら誰も勝てないじゃん!」

「あ、あはは、いくら何でもそんなことには使えませんよ…三人とも、後でちゃんと訓練場に行くから、それまで待っててくれる?」

「…ふん、来るならいい…すっぽかしたら、学園まで乗り込んでボコボコにする…」

「あ、アヤカさん、それだけはダメですからね…あ、でも、私も是非戦い方を教えてもらえたら…」

 そう、今日は多少大事な話もあるのでこうして訪れたのだから、いきなり訓練に付き合うことはできない。かといって今や戦友と評してもいいルミとアヤカ、そしてミオをほっといて帰るのも気後れするから、私はあの三人と手合わせするしかないんだろうな。

 もちろん、いやじゃない。隣にいるカナデは「ったく、お人好しなんだから…」と呆れているけれど、その口元は優しく微笑んでいた。

「すまんな、いつも騒がしくて…さて、待たせるとあいつらがぶーたれるから早速始めよう。まずは魔法少女発電所の過酷なローテーションの改善状況からだが──」

 私たちも席に着くと、ヨシノ先生は今回の重要な報告内容…魔法少女発電所における負担緩和の報告について始めた。

 こういうのは本来改革派や現体制派の人たちが受け取るべきなのだろうけれど、名指しで呼ばれては行かないわけも行かなくて、私とカナデは姿勢を正してその話に集中する。

 矯正施設はなくなってもさほど問題ないけれど、魔法少女発電所はそうもいかない。サクラ先生もそれを理解しているのか、ヨシノ先生の補助をするために隣に立っていて、私たちはこの二人がいればきっといつかは上手くいくと信じつつ、ひたすらに耳を傾けていた。


 *


「…なるほど、まあその改善案については賛同できる部分も多いですが、現体制派としては待ったをかける部分もあります。それにつきましては、後日きちんと書簡で伝えますわ」

「了解です…あの、直接皆さんが向かってもいいと思うのですが」

「無茶を言うな…我々は学園の意向が第一なのは同じなのだ、昨日今日で武闘派と完全に和解するなど不可能に決まっている」

「…その昨日今日が結構続いている気がするんだけど」

 武闘派で受け取った改善案を持ち帰り、私とカナデはインペリウム・ホールの応接間に訪れていた。相変わらず豪華な設備はやっぱり私には馴染んでくれなくて、カナデもその気持ちは同じなのか、私の隣に座りつつも小さな身じろぎを繰り返しつつ、とても控えめな不満を漏らした。

 実際のところ、その言葉に同意できる部分は多い。魔法少女連盟が生まれた以上は武闘派との協力も表になっているというのに、それでも三つの勢力が集まるとほぼ毎回交渉という名の論争が繰り広げられていて、今も残る溝がすべて埋まる様子はなかった。

「ですが、現体制派の中でも融和志向は増えています。おかげで監視網の緩和、過剰な弾圧の是正も進んでおりますし、我々が何もしていないと思われるのは心外ですわ」

「姉様のおっしゃるとおりだ。我々はより良い派閥のあり方を考えながら、それでも魔法少女による理想的な統治を目指している。そうなった場合はほかの派閥の奴らにも多少の協力をしてもらう可能性がなくもないから、こうして派閥内の調整をだな…」

「ああもう、悪かったわよ…あんたらが頑張ってるの、まあその、わかっているつもりよ…言っておくけど、アンタたち二人以外の現体制派は信用してないけど」

 ハルカさんが涼しい顔でさらりと抗議してきたように、現体制派のあり方もずいぶんと変わってきていた。

 かつては『逆らえばすぐさま拘束してくる影奴よりも怖い権力者』みたいな扱いだったけれど、矯正施設の廃止により過度の監視や弾圧が不要になり、結果的に存在そのものがマイルドになってきたと言える。無論、露骨な反逆行為や風紀違反はすぐに取り締まってくるけれど。

 それもこれも魔法少女連盟の誕生が関係していると同時に、やっぱり一時的にインフラの少女たちを預かったことが関係しているのだろう。あの現状を見てしまえば絶対的な正義が揺らぐのも当然で、そこに矯正施設の廃止も加われば、心ある人ならば見直しを求めるだろうな…今ここにいる、二人のように。

 現体制派を忌み嫌うカナデもその辺は理解してくれているのか、今はハルカさんとマナミさん相手限定で警戒を解いていた。ただ、「ヒナを拘束したことは一生忘れない」とのことだ。

「し、失礼いたしますっ。お茶、お持ちしましたっ…あっ、今日はヒナカナにハルマナ…二大カップリング空間に入って申し訳ありません、お茶を置いたらすぐに出ていきますので!」

「なあ、その『ハルマナ』とはなんだ? いつも気になっているんだが、お前の言うことはわからないものが多すぎるぞ…」

「マナミ、その知識はあなたには不要です。トミコ、この子にあまり変なことを教えないでください…もしも変なことを仕込んだらわたくしの個人的な尋問がありますので、そのつもりで」

「ひいっ…で、でも、妹にだけ感情的になるハルカさん、すごく素敵ですっ…カップリング妄想、捗っちゃうっ…」

「トミコ、変わんないね…」

「…ヒナって変人に好かれる素質があるのかしら…?」

 そんな緊張感と安心感が半々くらいの空間に、お茶とお菓子を持ったトミコが入ってくる…のだけど、彼女は私たちの姿を認めるとぱあっと顔を輝かせて、急速に荒くなった鼻息を隠さず『いつもの』をのたまい、その直後には卑屈になって逃げようとした。

 なお、ハルカさんは妹分に変なことを教えられるのだけは耐えられないのか、普段は決して私情を出さないのに、こればかりは例外であるかのようにじろっと睨んで釘を刺した。マナミさんは終始きょとんと首をかしげていて、この人は良くも悪くも純粋なのだろうと乾いた笑いが漏れそうになる。

 …ちなみに、カナデは微妙に失礼なことを言ってきた。それだとカナデも変人になるんだけど、いいのだろうか…いや、カナデも私の脱いだ服の匂いとか嗅いでたし…まあいいか。よくないよね。

「…はあ、あなたたちがいると疲れますわ…今日はもう仕事の話は終わりです、お茶とお菓子を楽しんだらお開きにしましょう…トミコ、あなたも変なことを言わないのなら同席を許可します」

「えっ、私ごときがこのカップリング空間にですか?!」

「なあ、カップリングとはなんなのだ? 姉様は教えてくれないから、お前らが教えてくれないか?」

「…マナミさんとハルカさんはすごく仲良しってことですよ」

 ハルカさんもやっぱり普段は忙しいようで、すっかりぼやけた空気に従うようにソファに深く腰掛け、そしてお茶とお菓子を楽しむべくやっと口元を緩めた。

 なお、トミコは早速ルール違反を犯すように変なことを速攻でのたまい、マナミさんは子犬のように首をかしげたまま私たちに質問してきたので、ギリギリで的外れではない回答だけをしておいた。マナミさんは「そ、そうか! そういうことなら全然いいぞ!」とすぐに顔を輝かせた。

 ちなみにカナデは「ヒナカナ…私とヒナも仲良しってことでいいのかしら…」なんてちょっとだけ嬉しそうだった…カナデにも変なことを教えないでほしかったよ…。


 *


「ヒナさん、疲れているのにわざわざ来てくれてありがとう。発電所の改善案、たしかに受け取ったよ。今もかなり良くなってきたけれど、すべての魔法少女の負担が公平になるように今後も全力で協力する」

「ええ、前みたいな過酷なローテーションは組まないようにしているみたいだし…私たち改革派も監査に入れるようになったから、少しはプレッシャーもあるでしょうしね」

 現体制派とのお茶会を終えたら、私たちは改革派の拠点に訪れていた。そこは今も空き教室…ではなくて、魔法少女連盟におけるキャスティングボートとしての活躍を評価されたのか、持て余されていた旧校舎をそのまま拠点として与えられたらしい。

 おかげで大きく人員が増えた改革派のメンバーが容易に収容できるようになったとのことで、多少古めかしい建物内を自分たちの手で修繕しつつ、喜んで再利用していた。ちなみに今の私たちは、ソファと大きなモニターがある談話室にいる…あ、アケビも少し離れた場所でクレイモアの手入れしてる…。

「ありがとうございます、二人とも…その、変な質問になるんですけど。『魔法少女による統治』って、本当に実現するんでしょうか? 反対とか賛成とかじゃなくて、今でもあんまり実現性を感じられなくて…」

「うん、その気持ちはわかる。けどね、私は訪れると思っているよ…少なくとも、政治家や官僚たちが今のレベルならね」

「そうねぇ、私たち魔法少女はずいぶんと団結が進んで勢力を強めているけれど…表のほうは相変わらず足の引っ張り合い、利権の拡張、汚職の見逃し…これが続くようなら、遅かれ早かれ拡大する魔法少女学園が飲み込むでしょうね」

「…まさか『魔法少女学園のほうがマシかもしれない』なんて思いかける日が来るなんて、全然思ってなかったわ…」

 ハルカさんとマナミさんは前のめりだけれど、私は今も魔法少女が支配する国が想像できていなくて、魔王を作ったのだって魔法少女たちを一つにできればそれでよくて…つまり、魔法少女が統治するためにそうしたわけじゃなかった。

 だから中庸に近いこの人たちに意見を伺ったのだけれど、カオルさんは穏やかな調子を維持しつつも真顔で、ムツさんはのんびりとしつつもドライに断言した。

 カナデは改革派の言葉であれば概ね信用するようになっているのか、かつて魔法少女学園を毛嫌いしていたとは思えないくらい、とても複雑な同意をしていた。

「だからね、そうなった場合は私たちが現体制派…ううん、そうだね、言うなれば『魔法少女たちの与党』の暴走を止めないといけないかなって思ってるよ」

「与党…ですか? すみません、政治には詳しくなくて」

「うふふ、そんなに難しい話じゃないわ。ざっくり言うと『最大権力者たちの暴走を止められる権限をちらつかせて、いい感じに自分たちの意見を通していく立場』を維持していくってことよ~」

「…前言撤回。やっぱり、魔法少女学園もそんなに変わらないわ…」

 私は口には出さなかったけれど、カナデの意見にはやっぱり同意だった。

 なんと言うか…この人たちは、ある意味で一番したたかだ。権力や思想に縛られている勢力たちの中間に立って、双方の橋渡しをしつつ、自分たちの意見を通して世の中を変えていく。それは悪い言い方をするなら『責任を取らずに自分たちの都合を通す』とも言えて、この人たちの公平さを知らなければドン引きするところだった。

 そして、それが必要とされる魔法少女学園も…結局のところ、表と変わらないのだ。

「あはは、これは手厳しい。でもね、それが許される程度には公平でいるつもり…もしもそうじゃなくなったのなら、そのときはヒナさんがまとめて洗脳してよ。そのほうがいい結果になるだろうから」

「ええ…お二人はそれでいいんですか…?」

「ヒナちゃんなら信頼できるもの~、間違ったまま進むよりよっぽどマシよ?」

「…それには同意見だわ」

 それでも多分、改革派は邪悪にはならない。

 苦笑しつつ私にそんな申し出をしてくる二人の目は本気で、本当にそのときが来たら…それはもう、改革派じゃないのだろう。

 私は真面目に同意するカナデに「勘弁してよ」と伝え、それからは四人で少しだけ魔法少女の政治について語り合った。


 *


「ヒナ、お疲れ様…どうする?」

「ん、ちょっと休んでからお風呂の準備しようか」

 自宅と呼んでもいいくらいには馴染んだ自室に戻り、私はクッションに腰を下ろす。するとカナデもすぐ隣にいそいそと座ってきて、私はくいっと肩を引っ付けた。彼女は笑ってくれた。

「…影奴、いつまで必要なのかしら」

「うーん、もうちょっとはいるんじゃないかな…どの派閥にも過激な人はいるし、それがいなくなるまでは…定期的に魔王を作らないと」

 魔王の存在、そしてその断末魔…それは『魔法少女同士で争っていると足下をすくわれる』というプレッシャーとして今も機能していて、私とカナデは定期的にそれを作ることを求められていた。

 つまり…私たち二人がしていることは、変わらない。

「私ね、思うのよ。このクソッタレな場所でもこれくらいには団結できるのだとしたら、もしかしたらいつかいらなくなるんじゃないか…って」

「うん、私もそう思う。そうなったらさ…いつかは向こう、異世界に行って…二人で影奴の元を絶つ、ってのはどう?」

 今の立場、それに極端な不満があるわけじゃない。

 でも…戦いがある以上、傷つく人は出てくる。あるいは、それを利用する人間もいる。

 そして私の最愛の人は、誰よりもそんな戦いを嫌っていた。

「…ふふ、いいわね。アヤカが読んでいた小説みたいに、異世界転生…転移?してみる?」

「うん、いいよ。カナデがいてくれるなら、どこでも…世界の果てでも行くよ」

 そんなカナデのためならば、私はすべての戦いをこの世から消したい。

 それはきっとここにいても、異世界に行っても変わらないだろうから。

 行き先を決めた私たちはクスクスと笑って、そしてお互い目を閉じて。

 魔法を重ねるように、そっと顔を近づけた。

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