「ここが【霊脈】…すごいね、入り口からすでに強大な魔力を感じる…」
「ええ…たしかにここならあなたも私も力を発揮できそうね」
神託を受けた直後、私は神託派の箱たちから指示を受けた。
『委細は承知しています。我々は始まりの魔法少女の神託に殉じ、あなたに魔法少女たちの未来を託しましょう。この国にはびこる影奴のすべてを操るのであれば、【霊脈】へ行くといいでしょう』
『霊脈は【日本中の魔力が集まりそして広がっていく、自然が生み出した奇跡】。そこで魔法を使うことで、日本中の標的に影響を及ぼせるだろうね。一応釘を刺しておくけど、悪用はしないように』
『神託の内容は【予言者】によって学園中の魔法少女に伝え、決戦に備えて取りまとめるようにしておく。霊脈からさほど遠くない場所には有史以降噴火していない火山が、その火口付近には広大な草原がある…そこを決戦の地とすればよかろう』
別段喜んでいるようにも讃えるようにも感じられないけれど、それでも始まりの魔法少女とのやりとりは本当に把握されていたようで、エピックリライターから出てきた直後には淡々と今後の段取りについて教えてくれた。
…正直に言うと感謝すべき相手なのかどうかはすごく複雑で、今も敵なのか味方なのかはわからない。始まりの魔法少女は仲間だと言えるのだけれど、神託派も機智派もこれまでカナデを苦しめた学園の代表なのだから、私が素直になれないのは仕方ないのだろう。
それでもあの人たちは『学生がやろうとしていることを見守り、そして送り出した』とも表現できて、今回限りかもしれないと思いつつ私は「ありがとうございました」とだけ伝えた。もちろん神託派も機智派も返事はしなかった。
「霊脈…通称【裏大社】か。日本中の神が集まる大社が表側だとしたら、ここは裏側の私たちが集うにはぴったりかもしれないね」
「てっきり私は学園のことだから『自分たちこそが神に成り代わる』なんて傲慢さで表を乗っ取ろうとしていると思ったけれど。連中にも神話に対する敬意があるのかしらね」
そして私たちが訪れた場所、それは…日本に伝わる神話において神々が集まり、同時に人々の縁を司る神を祀っているとされる『大社』の付近。
そこは山間にある洞窟で、鳥居も注連縄もない、祀る神もいないであろう…魔力の坩堝になっている場所だった。入り口付近は特殊な結界を発生させる装置が路傍の岩のように偽装されており、一般人はおろか魔力を持つ人ですら事前に教えられないと発見できない。
同時に、ここは表の大社に敬意を払ったのか、あるいは神々の怒りを買わないように配慮したのか、テクノロジーを重んじる魔法少女学園には珍しく【裏大社】なんて呼称も使われていて、おそらくは今もこの付近にいるであろう神からお目こぼしを受けているのかもしれない。
「…お邪魔します? 一応神社と同じ作法がいるのかな…」
「魔法少女が神様を信じるってのもよくわからないけれど…無作法よりはマシでしょう」
これまで神の存在を意識したことがない私たちだけれど、それでも古来から伝わる日本の神社参拝に関する礼儀作法も多少は知っていて、裏とはいえ大社と呼ばれるここでも必要なのだろうかと気になる。
しかし鳥居がない洞窟に入るのに礼儀がいるのかどうかもまた微妙なところで、結局私たちは妥協点として『洞窟の入り口で一礼する』という行動に至った。私のぎこちないお辞儀と異なり、隣にいるカナデはなめらかな動きで頭を下げていて、これからすべきことの緊張も忘れた私は少しだけ見入ってしまう。
そしてお互い頭を上げると視線を交わし、無言で頷き合ってから暗闇に足を踏み入れた。
「…あ、明かりがついた。やっぱりここに満ちている魔力が動力なのかな」
「頻繁なメンテナンスがされている様子もないし、ほかにないでしょうね。それよりも私はなんでこんな場所があるのか、何に使うために学園が管理しているのかがわからないけれど」
「なんでも『始まりの魔法少女とその仲間たちが祈ることで生まれた最後にして最大の奇跡』らしいけど…学園がプロパガンダに使いやすいように脚色しているかもしれないし、こんなことなら本人に聞けばよかったかな」
「そうね…でもあなた以外の人間はそう簡単には会えないでしょうし、気軽に踏み入れる場所でもないみたいだし、今はその奇跡とやらを信じてみましょうか」
まるで赤外線センサーに反応する電灯のように、私たちが洞窟に入ってまもなく左右の壁、突き出した岩の一部がぱっと薄緑の光を放ち、それは行き先を示すようにぱっぱっぱっと奥へ向かって転倒していく。
発光量は控えめであるものの地形を把握するには十分で、岩が光ること以外は普通の洞窟に見える。けれどその普通ではない要素のおかげで、ここが魔法少女たちのような人知を超えた存在であることを理解し、私たちは足を滑らせないように手をつないで堅実に歩みを進めた。
「…にしても、今でも信じられないわ。まさかあなたとここまで来ることになって、これから決戦が待っているだなんて」
「それは私も同じかな…自分がこんなにも大きな戦いに参加するだなんて、ましてや首謀者みたいな立ち位置になるなんて思ってなかったよ」
洞窟内の地面は足を踏み出すたびに『こつん』といった音を立てていて、その反響具合からそれなりには広いことを理解する。もしかしたら目的地まで時間がかかるかもしれないため、私たちはなんとなく無音にはならないように言葉を紡いだ。
「私はどんな結果が待っていたとしても、あなたを支えるつもりよ。それこそ…もしも今からすべてを投げ出してどこかへ行きたいのなら、それにだって付き合うわ」
「ありがとう…ふふっ、それもいいかもね。魔法少女であることを放棄して、知らない街まで走って行って…そこでパン屋でも開いて、一緒に働くっていうのも。だけど」
私は一歩だけ先導し、前を見ながらカナデの魅力的な提案に笑みがこぼれる。
実際に逃げられるかどうかは別として、そういう未来も決して悪くないと思えた。私たちを支えてくれた人たちは失望するだろうけど、それでもカナデだけは残ってくれるのであれば…多分私は、そこまで後悔しないだろう。
残された人たちへの罪悪感も時間が解決してくれて、いつかは魔法少女であったことすらも忘れて…ああ、そんな選択肢もあったのだろうか?
だけど私は、自分の選択…戦いの宿命を受け入れたことを、後悔はしていない。
「私は戦うよ。カナデを守るために、そして…そんな私に力を貸してくれたみんなのため、目の前の戦いから逃げない。そして戦い続けて、いつか魔法少女じゃなくなったら…そのときこそ魔法少女じゃなくて、『ヒナ』としてやりたいことを見つけて、いつか『こんなこともあったな』って笑ってやれたらいいなって」
「…ふふ、ヒナならそう言うわよね。わかっていたけれど、あなたの口から聞けて…嬉しいわ」
「…だから、さ。何もかもが終わったら、カナデ、私と…あれ、もう奥についた…?」
戦いたいわけじゃないけれど、戦いから逃げたいわけでもない。
それは全部カナデがいるからこそで、そしてそんなカナデを守るために力を貸してくれた人たちがいるからだ。
だから…戦わなくてよくなってからも、あなたがいてくれたのなら。
そんな気持ちを伝えようとしたところで、おそらくは最奥と思わしき場所に到着した。どうやらそんなに距離があったわけでもないらしい。
「…あの鍾乳石、すごく大きくて…ここまで続いていた明かりとおんなじ色の光を放ってる」
「ちょうどあの石の足下に祭壇みたいなのがあるわね。あそこから一番強い魔力を感じるし、ここで魔法を使えば上手くいく…ってところかしら。ゲームみたいなわかりやすさね」
狭い道を抜けたところには比較的広大な空間があって、その真ん中にはカナデの言うように祭壇が存在していた。やはり裏大社を名乗るだけあってか、祭壇は8畳分ほどの板張りで作られていて、鍾乳石のほぼ真下にあるような格好だった。
近づいて祭壇の中心に立って上を見上げると、やっぱり鍾乳石の先端が頭上にある。そして先端から水滴のように魔力の光が祭壇に落ちて、弾けると粒子状となって空間内に消えていった。
消えていった魔力の流れはまた鍾乳石へと集まり、延々と出ては戻りを繰り返す。それはまるで、貯め込んだ魔力が解放されるのを待ち望んでいるように見えた。
「…カナデ。これから私たちは、きっと類を見ないほど大規模な魔法を使うことになると思う。ここに満ちている魔力を使うから倒れるようなことはないだろうけど、何が起こるかわからない。それでも」
「付き合うわよ、どこまでも。私の魔法はね、きっと…こうしてあなたと重ねるために存在していて、だから出会うことが許された。やりましょう、ヒナ。世界の果てまで…あなたの魔法を届けて」
「…ありがとう。カナデ、おいで」
鍾乳石の真下に立ち、私はカナデと向かい合って最後の確認をする。それはまるで『結婚式にて決まり切った愛の誓いを確かめる』ようなもので、私はカナデの言葉をすでに予測できたのだけれど。
それでも聞きたかった。大切な人の言葉は、何度だって聞きたいから。
かくしてカナデは神秘的な魔力の光に照らされながら、不敵な笑顔を浮かべる。自分たちの魔法があれば誰にだって立ち向かえる、それこそ…世界にすら反逆ができるとばかりに。
だから私の腹は決まって、両腕を広げてカナデをいざなう。すると彼女もその意図を一瞬で察し、普段の照れ屋な様子はなりを潜め、私に歩み寄って抱きついてくる。
そしてお互い一度だけ大きく呼吸する音が洞窟内に響き、そして。
「ブースト! ヒナに私の力、魔力、そして…命を捧げるわ!」
「魔力…解放! カナデの力、受け取ったよ…そして! 異界から訪れてここを侵略しようとしている愚かな影奴たちよ、私に従え…私の元に集まり、そして出でよ、【魔王】!」
私はカナデにブーストしてもらい、そして強化された洗脳能力でさらにカナデの力を引き出し、もっとブーストしてもらい、洗脳を重ねがけして…それを何度も何度も繰り返してあふれてきた魔法を鍾乳石へとぶつけ、日本中にいるであろう影奴を侵食していく。
すると鍾乳石は私たちの魔力に呼応するように光り輝き始め、空間全体が緑色の光に染められていく。
私たちはその光…圧倒的な魔力に包まれ、やがて身体だけでなく意識までもが光の中に飲み込まれた。
◇
「…ここは…?」
意識が完全に魔力の光に飲み込まれた直後、私はあの日【始まりの魔法少女】と出会ったときのような…銀河の中にいた。
ふと横を見るとカナデもいてくれて安心…したけれど、どういうわけかお互いが衣類を着ていなくて、幸い──別に残念じゃない、本当だ──『大事なところ』は都合よくぼやけていたので、羞恥心は刺激されずに済んだ。
浮遊感に抗ってカナデに腕を伸ばし、その手を握る。するとカナデもすぐに目を開けてくれて、私を見たら「ヒナ、なんで服を着てないのよ!?」なんて突っ込んできた。私が聞きたいよ…。
「ええと、服もそうだけど…ここのことのほうが気にならない?」
「…い、言われてみると、そうね。星っぽい光があるし、もしかしたら宇宙…かしら? いや、なんでここにいるのかがさっぱりだけど…」
「本当にね…あれ? あっちになにか見える…」
カナデの手を握ることで途端に安心した私は、返事をしつつも目のやり場に少し困ってしまって、キョロキョロと首だけ動かして周囲を見る。
だけど広がっているのは星の海だけで、それは非現実的なまでにきれいだけれど、ここがなんなのかを知らせてくれるヒントにはならなかった。
だけど私が右を向くと星たちが集まるようにして真っ白な空間…スクリーンのようなものを作り上げて、そこにはなにかの映像が投影され始めた。
『カナデよ。足手まといにはならないで』
『ヒナです…えっと、よろしく?』
「…あれ? あの人、始まりの魔法少女…でも、私の名前を名乗ってる…?」
「あ、あれは…私? え? でも髪型とか違うし…なんで?」
スクリーンの中には二人の魔法少女…旧式の制服を着た子たちが立っていて、片方は私の名前を名乗っているものの。
その人は栗色の長いロングヘアを持つ、始まりの魔法少女そのものだった。
そして向かい合うように立っていたのはカフェオレ色の長い髪をツインテールにした、カナデと名乗った少女。けれども私が知っている…というよりも今隣にいるカナデとは雰囲気こそ似ているものの、間違いなく別人だった。
「…そういえば、あのカナデって名乗った子…ルミナス・オーディトリウムにある彫像に似ているような…」
「…わけがわからないわ…私たち、どうなるのかしら…」
スクリーンの向こう側で話す二人は私たちが初めて出会ったときの雰囲気に似ているけれど、やっぱりこんな記憶は存在しない。
何よりなぜこんなものを見せられているのか、そしてどうしてここにいるのか、何もかもわからない私はせめてカナデの不安を消すべく握った手に力を込めた。
『手伝わなくていいわよ、あんたは休んでなさい』
『ううん、二人でやったほうが早いから…明日も戦いがあるだろうし、すぐに済ませて休もう』
『…あ、ありがとう…』
スクリーンはぱっと切り替わり、新しいやりとりを私たちに見せつける。
次は私たちが暮らしている学生寮の一室、それをさらに無機質にしたような内装で、薄暗い照明に照らされながら二人で洗濯物を畳んでいた。
このやりとりについては実際にやったことがあるような気はしたけれど、それでもやっぱり画面の中にいるのは私たちじゃなくて、だけど…私は少しだけ、ニューロンの中でヒントを見つけた気がする。
「…もしかして、あっちが始まりの魔法少女なら…ツインテールの子はその相棒、大切な人…かもしれない」
「そんな話もしたの? でも、やっぱりこれを私たちに見せる意味がわからないんだけど…」
あのとき、始まりの魔法少女は笑顔で教えてくれた。
【いじっぱりで、素直になれなくて、だけど誰よりも優しくて、私に命を捧げてくれた…その人の名前はね──】
映像の中でもその人は優しくされると顔を赤らめて、それでも素直にお礼も言えなくて、だけど普段から優しくて…。
それはまるで、いいや。
カナデ、そのものだった。
『お願い、諦めないで…こんな怪我、すぐに治る。私があなたを死なせはしないから…』
『ありがとう、カナデは優しいね…大丈夫だよ、私は死なない。もちろん、ほかのみんなも死なせない。私が…みんなを守るから』
画面はまた切り替わり、次も寮の中…だけど、部屋は荒れていて家具は横倒しになり、入り口からは次々に敵が乗り込んでくる。
二人はアサルトライフルやサブマシンガンを模したマジェットで抵抗しているけれど、始まりの魔法少女は負傷して右目を覆うように包帯を巻かれていた。
そして彼女の相棒は涙を流しながらも手当てをしていて、それに応えるように弱々しくも笑い返していて、いつしか私たちは無言でその様子を見守っていた。
だって、これは。多分、私たちの。
『これが最後のお仕事ね…でも、本当に役立つのかしら?』
『わかんない。だけど、私は信じてる…これを必要とする人たちも私たちみたいな【因果】を持っていて、それに従って戦えるような…優しい人たちだって信じている』
『…ふふ、あなたらしいわね。もしかしたら、私たちの子供が使うかもよ?』
『あはは、子供たちはこんな戦いをして欲しくないけれど…私たちの因果も受け継がれていくのなら、なおさら頑張らないとね』
『ええ…大好きよ、ヒナ。もしも生まれ変わったとしても、また私はあなたに会いたい』
『うん…私も大好きだよ、カナデ。たとえ次も魔法少女に生まれても、そうでなかったとしても、私は必ずあなたへ会いに行くから』
「…そうか、私は。カナデと」
「…そうなのね、私は。ヒナと」
スクリーンの向こう、『ここ』が作られた理由。遙か昔の記憶。それは私たちのものじゃない。
だけど、そこにある【因果】は…きっと、私たちに受け継がれた。
だから自然と、口にしていた。たどり着いた先へ当然の答えがあったかのように、見つめ合って。
「「出会い、惹かれ合い、好きになることが…当たり前、だった」」
この胸にある気持ち、それは間違いなく私たちの意思によって生まれた。
だけど。それは何度も何度も繰り返されていて、もはや世界に組み込まれたルールとすら言えて。
その決まり切った運命は、私たちに納得をもたらした。
この人を好きになることが、この人に好きになってもらうことが。
私はとっても、幸せです──。
◇
『ヒナ、応答して! こちらリイナ、魔王と思わしき反応が生まれた! 早く外に出てきて、私が用意した【これ】に乗って!』
光は消え、空間を満たしていた魔力も大半が失われた直後。
チャームから無線が届き、私とカナデは先ほどの光景なんてなかったこととばかりに出口へと駆け出していた。
「…行こう、カナデ! 本当の敵を倒しに!」
「…ええ、任せて! さっさと終わらせて…家事を済ませなきゃね!」
言いたいこと、聞きたいこと、それはたくさんあるけれど。
影奴が出たのなら…倒さないと!
私たちは魔法少女の義務を今になって思い出したかのように、これまでにないほどの戦意でもって決戦へと向かった。