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貴方の、会社の、ためになるなら(9)

「ん?」

 メールチェックをしていたら、タイミング良く新しいメールが届いた。差出人は月城君で、件名は依頼品の確認お願いとなっている。これは、もしかして。

 そんな事を考えながら本文を開けると、やはりネットCM用の動画が完成したので確認してほしいという内容だった。本文内にファイル転送サービスのURLが掲載されていたので、早速該当ページに飛んでパスワードを打ち込みデータをダウンロードする。ファイルを解凍してパソコン内に保存した後、イヤホンをつけて動画を再生した。

(……すごい)

 本当に、私の歌が動画のBGMになっている。音声のメインはプロの商品ナレーションの方なんだけれども、それを邪魔しない程度の音量で、それでもはっきり音楽が流れていると分かる音量で、確かに私が歌った歌が流れていた。それに感動しつつ使用写真やスライドショーの順番、ナレーションの文言を確認するために更に何度か再生してみたが、その辺も特に問題なさそうだ。

「真中さん、今良いですか?」

「どうしたの?」

「例の動画が出来たんです。真中さんにも確認して頂きたくて」

「ああ、そうなの。ちょっと待ってね」

 そう言った真中さんは、一旦作業の手を止めて椅子ごと私の隣に来てくれた。イヤホンを手渡し、装着されたのを確認してから動画を再生する。もう一回流すように言われたので、再びボタンを押して再生を開始した。

「良いんじゃない? 使われてる写真の間違いも無さそうだし、ナレーションも問題無さそう」

「ありがとうございます!」

「後は羽柴さんと課長にも確認してもらって、問題なければこのまま進めて良いと思うわ」

「分かりました!」

 返事をして頭を下げると、真中さんは自分の作業に戻っていった。次いで羽柴さんの様子を確認すると、彼女も自分の席で作業をしている所だった。そっと席を立って近づき、タイミングを見て声を掛ける。

「どうしたの?」

「ネットCM用の動画が完成したので、羽柴さんにも確認して頂けたらと思いまして」

「うん、分かった」

 快諾してくれた羽柴さんと一緒に私の席に戻り、イヤホンを渡して動画を再生する。二、三回再生を繰り返した後で、羽柴さんが口を開いた。

「内容は大丈夫と思うよ」

「他に何か気になる点がございましたか?」

「何個かの言葉のアクセントが、そこだっけ? って思って」

「なるほど……一応オンライン辞典で確認してみますね。結果によっては修正もお願いしておきます」

「ありがとう。宜しくね」

 そう言った羽柴さんは、にっこり笑って手を振りながら自分の席に戻っていった。さて、課長は……北方さんと話しているみたいだから、会話が終わったタイミングで突撃するか。

(……そうだ)

 もう一人見て欲しい人がいたのを思い出したので、動画データをコピーして持ち出し可の会社用個人USBメモリに保存する。それ以外の、既に社内フォルダに保存し直したものや古いデータは削除して中身を最低限にしてから、メモリを外して筆箱に仕舞った。

 彼は、一体どんな反応をするのだろう。そう思うと、わくわくするようなそわそわするような。落ち着かないと言えば落ち着かないのだけども、決して不快な感情では無くて……待ち遠しいような気すらする。

 浮き立つ心地で指摘された単語をオンライン辞典で調べていると、北方さんが自分の席に帰っているのが見えた。他に席を立っている人はいないので、急いで課長の元へと向かう。課長はデータそのものもご所望だったので、月城君からのメールをそのまま転送した。

「ほう、ほう。スライドショー中心ならプレゼンの延長のようなものだから、シンプル過ぎやしないかと思っていたんだが……存外ちゃんとしたCMじゃないか」

「アニメーションやイラストを多用すれば、もっとカジュアルでポップな感じにも出来ましたけどね。でも、ターゲット層が二十代から三十代の女性ですし、子供っぽいかなと思いまして。制作経費も時間も掛かりますし」

「なるほど。ターゲット層を踏まえてという事か」

「はい。商品がストレス起因の敏感肌向けというのも踏まえると、シンプルで洗練された感じの方がイメージに合うと思ったというのもあります」

「ストレスを癒す物、という意味では可愛らしい感じでも合いそうな気はするが?」

「ストレス緩和に関しては、背景に青系と緑系の色を使う事で表現しています。商品は水のような使用感の導入液ですし、可愛らしい表現よりは落ち着いた表現にした方が向いていると判断しました」

 真中さんや羽柴さんには逐一確認をしてもらっていたが、課長には概要や進捗を報告するだけだったので色々聞かれるだろうなとは思っていた。なので『どうしてその選択をしたのか』という部分を明確にして説明出来るようにしてしたのだけども、正解だったようだ。

「ふむ。コンセプトや狙いも分かったし、他の問題もなさそうだからこれで行きなさい」

「ありがとうございます!」

「それと……今回のネット広告展開に関して、どのように制作を進めていったとか広告をどのように入れていくのかとかの具体案を別途纏めておいてくれ。上手くいけば、ネット広告を別のチームの広報活動にも活用していくから」

「分かりました。いつまでに作れば良いですか?」

「急がなくても大丈夫だ。それこそ、発売開始されて落ち着いてからでも良い」

「フォーマットはありますか?」

「時系列で纏めてくれれば大丈夫だ。必要であれば、表形式等の別の方法にしてくれても構わない」

「はい、分かりました」

 返事をして一礼し、自分の席に戻る。つまり、今回の分を前例として記録しておくように、という事か。自分が先駆者になった……なんて言ってしまうと大それた言い方になってしまうが、企画課初の試みだった事には違いない。責任重大だ。

 スケジュール帳のフリーページを開いて、課長からの指示をメモする。課長はああ言っていたが、早いに越した事はないだろうから隙間時間に少しずつ進めていこう。

 次いでウィークリー欄を確認して、現在進行中の作業をチェックしていく。それが終わってカレンダー欄を開いた瞬間、週末の欄に貼っているシールが目に入った。

(……この時に、彼にも見てもらおう)

 二人で出掛ける予定がある時に、貼っているシール。文字で予定を書くのは何となく恥ずかしかったからシールを採用したが……シールを見るだけで頑張ろうと思えるので、私には良かったのだろう。

 手帳を閉じて、一つ深呼吸をする。まずはアクセントチェックを終わらせようと思って、もう一度パソコンに向かった。

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