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自分を大事にしてほしい

倒れたコップから、こたつテーブルにチョコミントココアがみるみる広がっていった。

「ちょ、千歳大丈夫!? びっくりした? ふ、ふきん……」

『お、お前なんてこと言うんだ!!』

怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)はこたつから飛び出して、こたつを飛び越えて俺の肩をつかんだ。

『子どももまだ作ってないのに何死んだあとのこととか考えてるんだ! お前まだ二十八だろ!』

「い、いや、もしも何かあった場合だよ」

『車にひかれそうになったら助けてやるって前言っただろ!』

「で、でも、人生何が起こるかわからないし、転んで頭打って打ちどころが悪いとか、病気とかもありうるしさ……」

『転ぶな! 病気するな!』

千歳は俺をガンガン揺さぶりながら言った。無茶をおっしゃる。

「いや、ごめん、こんなこといきなり話してびっくりしたとは思うけどさ」

『びっくりしたどころじゃない! バカなこと言うな!』

いや、でもさ、俺に何かあった時、多少なりともプラスになるなら千歳にもらってほしいのは本当なんだよ。

「あの……千歳。俺、千歳に本当に世話になってて、ありがたいと思っててさ」

『それがどうしたんだ!』

千歳は噛みつくように吠えた。

「でね、もし俺に何かあったら、そのままなら貯金とか全部両親に行くって知ってさ、それは嫌だなって思ってさ、で、じゃあ誰にもらってほしいだろうって思った時、千歳が一番に浮かんだんだよ、いつもすごく感謝してるんだよ」

『…………』

千歳は、やっと怒鳴るのをやめて、俺をじっと見た。

「あのさ、俺、別に死ぬような病気してないし、転んで頭打ちたくもないけど、もし何かあった時千歳が全部もらってくれるって決まってたら、なんていうか安心するんだ、だから、もらってくれるって約束してくれたら、うれしいんだ……」

『…………』

千歳は、俺の肩を放した。

『……死ぬようなこと、ないんだな? 安心したいだけだな?』

かなり不信な顔で聞いてくる。俺は千歳を安心させたかった。

「俺が安心したいだけ! 死ぬような予定ないから!」

『本当だな?』

「本当だよ」

『結婚して子孫繋ぐな?』

「ど、努力はします」

『絶対するって言え!』

「うう、相手のあることなんで、努力しますとしか……」

『…………』

千歳はため息をついた。

『……ふきん取ってくる』

千歳は台所に行って、ふきんを取って戻ってきた。こたつテーブルの上に広がったチョコミントココアを拭き始める。

『もったいないことした……こたつ布団にギリこぼさなくてよかったが』

「ごめん、びっくりさせて。本当にごめん」

『びっくりしたどころじゃないぞ!』

千歳はぷりぷり怒りながら言った。

「いや、万が一が起きないようにするからさ。ちゃんと寝て、できる範囲で運動して、ご飯ちゃんと食べて、調子悪かったらすぐ病院行って、あと足元も気をつけるからさ」

『ケガも病気もするな! お前、ただでさえ弱っちいんだから、ちょっとしたことが命取りだぞ』

「気をつけます」

千歳がこんなに動揺するとは思わなかった。まったりタイムを邪魔してごめん。でも、これだといつ切り出しても同じことになってた気もする……。

俺は、善は急げと南さんに概要をまとめてLINEして、「そういうわけなので、行政書士さんや弁護士さんに伝手があったら紹介していただけませんか?」と頼んだ。別に俺は死ぬような予定はなく、本当に万が一のときのためだとちゃんと添えた。

すぐ返事がきて、「そういうことならこちらで費用は負担できると思います」と言われた。ありがたいことだ。

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