俺を縛っている狐の尻尾のようなふわふわは、まだ俺を自由にしてくれていない。少し緩んだだけだ、でも緩んだ、お守りの角がふわふわに触れただけで!
九さんは気づいていない。千歳も暴れるのに必死で気づいてない。九さんは岩のような金平糖を傍らに置き、千歳に語りかけた。
「これがなにかわかるか? お前にめちゃくちゃにされて、けれどすぐ死ねなかった者たちから抜いた痛みじゃ。ざっと二十九人分。お主は、自分が何をしたか思い知るべきだと思ってのう」
『……!』
千歳は流石に顔色が変わった。
「この痛みはな、お前に触れるだけで吸収される。存分に味わえ、お前が生み出した苦痛を」
俺が自由になった所で、千歳を縛る縄はほどけない。九さんの考えを変えることもできない。だけど、ひとつできることがある。
ここから立ち上がって走り寄って、あの岩のような金平糖に俺が触れば、千歳の代わりにあの痛みを引き受けられる。
俺は、必死で指先のお守りをふわふわにこすりつけた。
千歳。千歳は悪いことをした、九さんがこんなこと考えても全然おかしくないと思う。でも、俺、千歳がいなかったら生きてたかわかんないんだよ、千歳はさ、俺のことを救い上げてくれたんだよ。
千歳のお陰で助かった人、星野さんだっているんだよ、それに、千歳が鹿沼さんを止めなかったら、もしかしたら死人でてたかもしれないんだよ。
それのことをすごくよく知っている俺が、身を呈せば、もしかしたら九さんは、情状酌量を考えてくれるかもしれない。
俺は、そう思った。
ぶつっと音がして、俺を縛るふわふわが地面に落ちた。俺はバネのように立ち上がって、全力で岩のような金平糖めがけて走った。
『お前!』
「なっ……」
二人の驚く声。俺の手は、岩のような金平糖に届いた。