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第135話 お付き合い記念


 大声と物音を聞いた受付が、セキュリティに連絡したらしい。


 遠田は、セキュリティに連れて行かれたので、その後よく解らない。


 連れて行かれる時「そいつが全部悪いんだよっ!」「僕は悪くないっ!」と繰り返していた。その頃には、人だかりも出来ていたが、集まった人たちは誰も、遠田を信じていない、冷めた目をして居たのが、印象的だった。


 その後、遠田の上司という人が出てきて、ひとしきり謝ってきたので、改めて凪はソラリスコーポレーションには入る意志はないと明示して、そして先方を辞した。


「遠田には悪いことをしたかも」

 凪は少し落ち込んで居る様子だったが、「お互い、厄介な元カレが居たってことだろ」と言うと、声を上げて笑った。


「たしかに」

 そのまま、達也の家へ帰って、久しぶりに親密な時間を過ごすということになった。


「もしかして、……これ、俺たち、付き合ってるってことになるかな」

「達也さんは俺が好きで、俺は達也さんが好きで……両思いなら、それでいいんじゃないですかね?」


「じゃ、お付き合い記念だな」

 照れくさくてくすぐったい感じだったが、悪くない。


「お付き合い記念……どうする? 食事でも行く?」

「俺、ケーキ食べたいです」


「オッケー。ケーキ食べよう……じゃあ……どこかに入るか」

「テイクアウトして、達也さんの家に行きたいです」


 凪が、達也に身体を、すり、とすり寄せてくる。今までしたことのない仕草だった。それが、妙に可愛く思えて、顔がにやけるのが解って、なんとか、取り繕う。


「……じゃ、そうしよう」

「それと……達也さんが食べたいです」


 伺うような上目遣いに、達也は、ドキっとしつつ「俺も久しぶりに、凪と……したいかな」と答える。


「嬉しいなあ……、彼氏の達也さんと、出来ると思わなかった」

「俺も……、彼氏が出来るとは思わなかったよ。……職場で恋愛も面倒くさかったし、本気で好きって言われても面倒くさかったし」


「今は……?」

「……それより、お前が好きなほうが勝つ」


 ははは、と凪は声を上げて笑う。

 達也も吊られて笑う。


「……凪が……、好きになってくれて良かった」

「俺も、達也さんが好きになってくれて、良かった。本当に嬉しい」

 手を繋いだまま、二人で、歩いて行く。


 二人の良い気分に水を差すように、スマートフォンが、けたたましい着信音を告げていた。メッセージが鬼のように入っている。



『藤高:ソラリスコーポレーションさんが謝罪に来たいって言うけど何したの、水野と瀬守っ!?』

『藤高:状況が解らないからとにかく連絡して!!!』

『藤高:あんな大会社とトラブル起こしたくないから!!』


『興水:藤高さんから連絡行ってると思うけど、ソラリスコーポレーションさんの件って一体何?』

『興水:ちょっと、一回会社に戻って!』


 凪と達也は顔を見合わせる。


「どうする?」

「……めんどくさいですね……」


「まあ……上司二人が胃潰瘍になったら困るから、一回戻るか」

「こういう場合って、勤務はどうなるんですか?」


「えー? そんなの『私用外出』でいいだろ? 一回会社に戻るんだから。で、事情聴取されるんだろ?」

「まあ、そうですね……」


「家に帰りたいのに」

「俺だって、家に帰りたいですよ。せっかく……久しぶりに、達也さんに触れられると思ったのに」


「本当だな……」

 笑い合って、とりあえず、会社に戻る。戻ってきた凪と達也の様子を見て、池田が「良かった。いつもの達也さんと凪だ」と安堵して笑った。


「いつも通りじゃないのにな」

 小さく達也が凪の耳元に耳打ちすると、凪が顔を真っ赤にしていた。





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