大声と物音を聞いた受付が、セキュリティに連絡したらしい。
遠田は、セキュリティに連れて行かれたので、その後よく解らない。
連れて行かれる時「そいつが全部悪いんだよっ!」「僕は悪くないっ!」と繰り返していた。その頃には、人だかりも出来ていたが、集まった人たちは誰も、遠田を信じていない、冷めた目をして居たのが、印象的だった。
その後、遠田の上司という人が出てきて、ひとしきり謝ってきたので、改めて凪はソラリスコーポレーションには入る意志はないと明示して、そして先方を辞した。
「遠田には悪いことをしたかも」
凪は少し落ち込んで居る様子だったが、「お互い、厄介な元カレが居たってことだろ」と言うと、声を上げて笑った。
「たしかに」
そのまま、達也の家へ帰って、久しぶりに親密な時間を過ごすということになった。
「もしかして、……これ、俺たち、付き合ってるってことになるかな」
「達也さんは俺が好きで、俺は達也さんが好きで……両思いなら、それでいいんじゃないですかね?」
「じゃ、お付き合い記念だな」
照れくさくてくすぐったい感じだったが、悪くない。
「お付き合い記念……どうする? 食事でも行く?」
「俺、ケーキ食べたいです」
「オッケー。ケーキ食べよう……じゃあ……どこかに入るか」
「テイクアウトして、達也さんの家に行きたいです」
凪が、達也に身体を、すり、とすり寄せてくる。今までしたことのない仕草だった。それが、妙に可愛く思えて、顔がにやけるのが解って、なんとか、取り繕う。
「……じゃ、そうしよう」
「それと……達也さんが食べたいです」
伺うような上目遣いに、達也は、ドキっとしつつ「俺も久しぶりに、凪と……したいかな」と答える。
「嬉しいなあ……、彼氏の達也さんと、出来ると思わなかった」
「俺も……、彼氏が出来るとは思わなかったよ。……職場で恋愛も面倒くさかったし、本気で好きって言われても面倒くさかったし」
「今は……?」
「……それより、お前が好きなほうが勝つ」
ははは、と凪は声を上げて笑う。
達也も吊られて笑う。
「……凪が……、好きになってくれて良かった」
「俺も、達也さんが好きになってくれて、良かった。本当に嬉しい」
手を繋いだまま、二人で、歩いて行く。
二人の良い気分に水を差すように、スマートフォンが、けたたましい着信音を告げていた。メッセージが鬼のように入っている。
『藤高:ソラリスコーポレーションさんが謝罪に来たいって言うけど何したの、水野と瀬守っ!?』
『藤高:状況が解らないからとにかく連絡して!!!』
『藤高:あんな大会社とトラブル起こしたくないから!!』
『興水:藤高さんから連絡行ってると思うけど、ソラリスコーポレーションさんの件って一体何?』
『興水:ちょっと、一回会社に戻って!』
凪と達也は顔を見合わせる。
「どうする?」
「……めんどくさいですね……」
「まあ……上司二人が胃潰瘍になったら困るから、一回戻るか」
「こういう場合って、勤務はどうなるんですか?」
「えー? そんなの『私用外出』でいいだろ? 一回会社に戻るんだから。で、事情聴取されるんだろ?」
「まあ、そうですね……」
「家に帰りたいのに」
「俺だって、家に帰りたいですよ。せっかく……久しぶりに、達也さんに触れられると思ったのに」
「本当だな……」
笑い合って、とりあえず、会社に戻る。戻ってきた凪と達也の様子を見て、池田が「良かった。いつもの達也さんと凪だ」と安堵して笑った。
「いつも通りじゃないのにな」
小さく達也が凪の耳元に耳打ちすると、凪が顔を真っ赤にしていた。
了