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第10話 侵入計画

「──で、銀騎しらき研究所の身内が一応二人もいる。これを大いに使わせてもらおう」


 仕切り直すように、はるかが机に体重を乗せて前のめりになりながら一同を見回した。

 それにいち早く反応したのは鈴心すずねだった。


「研究所内の詳細が必要ということですね」


「そう。リンは研究所に顔パスなんだろ? 最初に会った時も公開されてない場所にいたしね」


「ああ、あの温室ですね。確かにあそこはお祖父様から特別に許されて出入りしていましたが──」


 鈴心が少し考えている間に、星弥せいやは自嘲するように笑って言った。


「私は役に立たないかも。研究棟の方にはほとんど行ったことがないの」


「まあまあ、それでも僕らよりは情報持ってるでしょ。どんな小さなことでもいいから」


「うん……」


 あまり乗り気ではない星弥の気持ちをわざと無視して、永はカバンから薄い冊子を取り出した。


「で、これが一般に向けて銀騎研究所が出してるパンフレットね。これが表向きの見取り図。実際はどうなんだい? リン」


「ここに書き足してもよろしいですか?」


「もちろん」


 永の承諾を得ると、鈴心はパンフレットを自分の机に引き寄せてボールペンで四角形をいくつか足したり、線で囲ったりして見せる。


「このA棟からF棟の建物は図の通りで間違いありません。研究員だったら自由に出入りできるエリアです。秘されているのはこう……」


 書き加えた四角形をボールペンで指しながら鈴心は説明していく。


「まず、ハル様とライが最初に立ち入ったのはここの温室です。ここには研究途中の植物標本が植えられています」


「なるほど」


 永の視線はパンフレットに注がれているので、星弥もそこを指さして丸くなぞる。


「それから自宅はこの辺かな。薮の中を隔ててね」


 星弥の説明を受けて、鈴心が代わりに自宅の場所を書き加えた。


「そうですね。後は私も場所は知らないのですが、お祖父様専用の研究施設があると聞いたことがあります」


「じゃあ、そこだろ」


 今までの図解が茶番だったとでも言うような鈴心の決定打に、蕾生らいおは反射的につっこんでいた。

 永もそれに賛成して頷く。


「──確かに。他人が往来できる場所に萱獅子刀かんじしとうを保管してるとは思えないし。場所に心当たりは?」


「そこに出入りできるのはお兄様とお祖父様の秘書だけで、お兄様をつけた事も何度かありますがいつも見失ってしまって──」


 鈴心の答えに蕾生は訝しんでまたつっこむ。


「ええ? 広いったって街の中じゃねえんだから」


 すると星弥が真面目な顔で蕾生の疑問に答える。


「結界が張ってあるのかも。兄さんを見失うっていうことは目眩しの術かなんか使ってるんだと思う」


「皓矢を見失うのはどの辺?」


 永が聞くと、鈴心は首を振って申し訳なさそうに答えた。


「それが……いつも場所が違うんです」


「──念が入ってるなあ」


「さすがに敷地内のどこかにはあると思うんですが……」


 言いながら鈴心はパンフレットの地図を睨みながら考えていた。だが星弥が身も蓋もないことを言う。


「結界の中なら多分目視はできないと思うよ」


「じゃあ、やっぱりそこに刀があるのは確定だな」


 蕾生がそう結論づけると、鈴心はまた考えながら控えめに別の可能性を提示する。


「そうも言い切れないかもしれません」


「──というと?」


 永が関心を持ったので、鈴心はまたボールペンを持ってパンフレットに書き加える。


「温室から少し薮の中に入った──この辺りなんですが、大きな倉庫があります」


「あ!」


 思い出したように星弥も声を上げた。


「温室には研究員が入れますが、こちらの倉庫は立ち入り禁止で周りを有刺鉄線が囲んでいます」


「何か重要なものを保管している?」


 永が問うと鈴心は大きく頷いた。


「──という噂が研究員の間では言われています。身の危険があるので確かめようという人はいませんが」


「なるほどね……萱獅子刀がそこにはないとしても、その倉庫も無視できないな」


「なんで?」


 蕾生が聞くと、永は「そもそも」と前置いてから、更に続けた。


「僕らは、未だに鵺の呪いの本質がわかっていない。情けない話だけど、今までの経験から『多分こうだろう』っていう事しかわからないんだ」


「経験則から推測しているので、全くの間違いではないと思いますが、私達の推察が正解であるという証拠がまだありません」


 鈴心が引き継いでそう言うと、星弥は呆れたような顔で溜息を吐く。


「そうなんだ。確かに鵺が自ら『お前達をこうこうこうして呪ってやるからな』とか言うはずないよね。それも含めて苦しめたいのであれば」


「うん、そうだね。鵺としては、僕らにどういう呪いがかかっているのかすらも提示せずに、五里霧中で迷いながら苦しめたいんだろうからさ」


「タチが悪いね……」


 永の心底困ったような反応に、星弥も眉間に皺を寄せて不快感を示した。


「だからさ、銀騎が今までの僕らとのいざこざで、何か鵺の呪いについて掴んでないかなって思うワケ。なにしろあっちの方が呪いとかの専門家だからね」


「つまり、銀騎の情報を盗みに行くってことか?」


 蕾生が聞くと、永は大きく頷いた。


「そう。僕らは何百年も付き纏われてるんだ。鵺の情報くらい還元してもらわなくちゃ、割に合わないよ」


「そういう事なら、刀の事は後に回しても、そっちの倉庫に忍び込む意義はあるな」


 蕾生が納得したように頷いて、鈴心も同意を示す。

 そこで、永は少し考えてから星弥に尋ねた。


「そこは警備のレベル的にはどれくらいだと思う?」


「そうだね……わたしでも存在を知ってるくらいだからお祖父様の研究室程じゃないかも」


「ただ、確実に皓矢こうやの監視下にある、か」


「うん……忍び込むなんてできるかな……」


 星弥が率直に不安を口にすると、永は極めて冷静に言ってのけた。


「まあ、バレずに忍び込めるとは思ってないよ。重要なのはバレてからどれくらい猶予があるか、だね」


「お兄様が駆けつけるまでにハル様とライだけでも逃げることができれば、後は私と星弥でなんとかします」


 鈴心の言葉に蕾生は驚いた。


「いや、お前らも危ないだろ?」


「兄さんはわたし達に危害を加えたりしません! ただ、キッツーイお説教と……お小遣いが減らされるくらい、だと、思う、うん」


 勢いよく否定した星弥も、言いながら段々と声の調子を落とし希望的観測を述べるに至り、最終的には困っていた。


「皓矢は研究所の外に出たりしないの? 出張とかさ」


「あるよ。お祖父様が外出しないから、所長代理でいろんな所に行くの。なんとか省とか、なんとか会社とか」


 星弥の答えに永は膝を叩いて結論を出す。


「じゃ、それだ。皓矢が研究所を留守にする日を狙って、まずはその倉庫を探ってみよう」


「わかった。兄さんのスケジュール調べてみる」


 役目を与えられた星弥は両手を小さく握ってやる気を出した。それを後押しするように鈴心も頷く。


「それが分かり次第決行だな」


「──だね」


 蕾生と永もやっと見えた行動指針に少し気持ちを昂揚させていた。

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