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第139話 再起

 その後、天宮は中央刑務所をエリア別に細かく列挙していった。すべては、桂木芙蓉と御影安吾の居場所を万丈から引き出すため。天宮は尋問しながら、万丈の瞳孔の揺れや呼吸の変化、顔の強張りを見逃さず、反応を観察していく。


 一通り質問を終えると、天宮は万丈を拘束してSPTの別隊に連絡を入れた。そしてようやく、私たちに静かに告げる。


「わかったよ。二人は工場棟の地下にいる」


 その瞬間、ヤトが羽を広げてぴょんっと跳ねた。


「さっすが天宮!」


 その声に天宮は小さく口元を緩め、無線を握る。


「焔にも連絡を入れる。現地で落ち合おう」


 私とヤト、上木は一斉に頷いた。天宮はゆっくり私の元に歩み寄ると、優しく微笑む。


「よく頑張ったね、凪さん。飛石も手に入れたし、焔と合流すればこれで過去に行けるよ」

「いえ…飛石を奪ったのは私じゃなくて…」


 私は前方に目をやる。視線の先には、カプセルの前でうなだれる財前がいた。その背中は微かに震えている。私は財前を見つめ、押し黙った。彼にかける言葉が見つからない。なんて無力なんだろう。


 すると、隼人の手当てを終えた花丸が、ゆっくりと財前に歩み寄る。彼は何も言わず、財前の背中を力強く抱きしめた。その瞬間、財前の震えがさらに大きくなる。まるで怒りや哀しみをまとった彼の心が、花丸の優しさを受けてそっと溶けていくかのように。その様子を見て、天宮が静かに呟いた。


「……不思議な人だね、花丸さんは。この場ではきっと、あの人が一番強い」


 天宮はそれだけ言うと、柔らかく微笑んで背を向けた。


 一方の私はゆっくりと花丸と財前に向き直り、足音を消して歩み寄る。

 すると──。


「ああ~情けねえ。こいつらの前で泣きべそかいちまった」


 財前は花丸の服の袖で豪快に涙を拭った。花丸は少し驚きつつも、すぐに微笑んで財前の肩に手を添える。


 鼻をすすった財前がふと顔を上げた時、私とばっちり目が合った。財前は目を逸らすことなく、こちらへ歩いてくる。さっきのやり取りが頭をよぎり、私は思わず後ずさりして目を伏せた。


「あの…さっきは…靴投げて…ごめ……」


 ──むぎゅっ。


 唐突な感触に全身が硬直する私。

 財前のデカい右手が、なんの迷いもなく私の胸を鷲掴みにしていたのだ。

 数秒後、私の顔は爆ぜるように熱くなる。


「ぴ……ぴやあああああッ!!」


 叫びとともに繰り出した正拳が、財前のみぞおちにドスンと炸裂。財前は「ぐえっ」とうめきながら、その場にうずくまった。


「ざ、財前さん!ごめんなさいごめんなさい!」


 慌ててしゃがみ込むと、財前は腹を押さえながら私を見た。

 見慣れた、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべて。


「…悪かったな、凪」


 思いがけない言葉に、私は目を丸くする。


「すべての元凶、桂木芙蓉をぶっ飛ばす。…そのために俺を止めたんだろ?」


 財前はカプセルに向き直ると、そっと手を添えた。新たな決意を、彼らに伝えるように。


「俺も行く。こいつらも…それを望んでいるはずだ」


 そう呟くと、財前は花丸へ歩み寄り、肩をガシッと掴んだ。


「耕太、あの巨乳の姉ちゃんにお前のことオススメしといたぜ」

「え…えええ!?」

「あの姉ちゃん、かなり強情だけどよ。ま、いい感じにプッシュしといたからな」

「そ…それは一体どういう…?」


 アタフタと動揺する花丸を見て、私は小さく笑った。

 そして、カプセルを見ながらひとり静かに拳を握りしめた。財前と同じ、決意を込めて。


*  *  *


 その後、SPTの別隊が到着。万丈は連行され、隼人は無事に保護された。花丸の話では、命に別状はないらしい。その言葉に安堵しつつ、私たちは工場棟の地下に足を踏み入れる。


「通路に罠が仕掛けられているかもしれない。無造作に物には触れないように」


 上木が冷静に告げ、一同が頷いたまさにその時──。


「あ…あの…すみません」


 振り返ると、花丸がしゃがみ込んで、冷や汗をかいている。そんな花丸を見て、財前が怪訝な顔を浮かべた。


「あ?どうした?」

「あの…何か四角いものが落ちてて……お財布!?と思って拾おうとしたら…すっごく重くて、お財布じゃなさそうだなって…」


 次の瞬間、全員の血の気がサーっと引く。


「花丸さん、そのまま!」


 天宮が素早く駆け寄ろうとした瞬間、上木の声が飛んだ。


「天宮隊長!後ろ!」


 天宮は瞬時に身を伏せた。ボーガンが天宮の頭上をかすめ、背後の壁に突き刺さる。ふうっと小さく天宮が息を吐いた時…。


 ガタガタガタ…。


 壁が異様な音を立てて揺れ始めた。まるで何かのスイッチが作動したかのように。


「どうやら、連動式の罠みたいだね」


 天宮の冷静な声が響いた直後、上木が叫んだ。


「皆、走れ!」

「え、えっと…わっ!」


 戸惑う花丸を財前が問答無用でひょいっと抱きかかえ、走り出す。

 私と上木、天宮も後に続く形で駆け出すが、程なくして、最後尾を警戒していたヤトが叫ぶ。


「天宮!壁が崩れてきてる!」


 天宮は一瞬振り返ると、走りながら私にこう問いかけた。


「凪さん。ソルブラッドの力、少し出せそう?」


 走りながら私は手を握りしめ、手の感覚を探る。


「いけます!」


 天宮がにっこりと微笑む。


「雷閃刀を握って。ソルブラッドの力を壁に放出できる?あの瓦礫を抑えるように」

「はい!」


 私は振り返ると素早く雷閃刀を抜き、力を集中させた。放たれた光が稲妻のように走り、壁や床、天井に這うように広がる。崩れかけていた瓦礫は、稲妻に支えられながら静止した。


「さっすが凪!」


 ヤトの言葉が響き、思わず頬が緩む。

 だが、壁の一部から「ガタン」と嫌な音が響く。どうやら壁の一部に力が届いていなかったようだ。石材が傾き、倒れかけている。その時、聞き慣れない声が響いた。


「わっ…誰か!助けて!!」


 崩れかけた壁の近くに誰かがいる。SPTの隊員だろうか。私は咄嗟とっさに声の方へ走り出す。が、瓦礫は今にも崩れそうだった。


 すると、黒い影が音もなく滑り込んで来た。影は声の主を軽々と抱きかかえ、華麗に着地する。


 通路の窓から差し込む僅かな照明が、ぼんやりと銀色の髪を照らす。私は頬を赤らめ、口を開いた。


「焔さ──」


 私が彼の名を呼ぶよりも前に、焔に抱きかかえられた人物が叫んだ。


「安吾!?」


 その声が落ちた途端、場が一気に静まり返る。


 声の主は、若い女性だった。彼女は焔を見つめ、大きく目を見開く。そしてしばしの沈黙の後、慌てて顔を逸らし、首を振った。彼女は焔の腕から離れると、早口でこう言葉を続ける。


「…ご…ごめんなさい…似てたから間違えちゃった…」


 その女性は黒髪のロングヘアでパーカーにパンツスタイルという場違いな格好。だが、澄んだ漆黒の瞳がどこか品を感じさせる。


「あなたは?」


 焔が尋ねると、彼女は膝についた土埃を払い、こう名乗った。


「……桂木咲良さくら

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