早送りをしてきた縁達は、一本槍が桜野学園へと戻ってくる所まで来た。
映像としては、まだ朝一番の桜野学園は誰も来ていない、一本槍が来る前の様だ。
『あれから一本槍はグリムアルで、あの猫娘の情報を集めた』
『どんな奴なんだ?』
『レポートに書いてあったのは、小さい頃から力を奮って、好き勝手してたらしい、あ、名前は
『ふむ……え? 両親とかは?』
『あまりにも手に余るので、縁を切ったらしい』
『つまりあの年まで好き勝手に生きてきたのか』
『ちなみに、両親を超える力を持っていたらしいよ』
『ああ……抑止力が無かったのか』
『可哀そうだけど……知ったこっちゃないよね』
悪事を働いて怒られる、至極当たりの事だ。
だが幼少の頃より、わがままを続けた人物にソレは通用しない。
自分のしたい事を押し通す、気に食わなければ力で押し通す。
そんな奴と一緒に居るのは、その奮っている力で利益を得ようとする者だろう。
言わば、悪い子を操る悪人だ。
このまま行けばそうなるだろうが、縁達にも一本槍に関係ない事だ。
『お、一本槍が来たね』
『……む!?』
縁は思わず声を上げた、普段見る一本槍とはかけ離れていたからだ。
殺意をむき出しにして、服装は風月のような界牙流の服装をしていた。
顔は何度も涙をぬぐった様な後がある、そしてそれはただの涙ではない。
血の涙の後だった、まさにこれから誰かを殺しに行くか、始末した後か。
結びは平然としていたが、縁は同様を隠し切れない。
『……一本槍君は人を殺めたのか?』
『いや、それは大丈夫、この時はギリギリの所で踏みとどまっているね』
『俺達に連絡し――』
『私達なら間違いなく相手を殺してたよ? 殺さずともそれに近い状態にしただろうさ』
『……ああ、そうだな』
『てな訳で、私達よりちゃんと先生している、シーナに相談するのさ』
『なるほど』
一本槍は桜野学園の教師用の出入口で、シーナを待っている。
しばらくして、出勤してきたシーナと出会った。
シーナはあまりの変わりように、ビックリしながら一本槍に話しかけた。
「お! お前! 一本槍か!?」
「お久しぶりです、サンディ先生」
「……よし、一本槍、今のお前は普通じゃないな? そして、私にお願い事があるのだろう?」
「はい」
「だったら付いて来い、私のいう事聞けば、叶えてやるかは知らんが」
シーナが一本槍を連れて行ったのは、桜野学園にある合宿所。
衣食住がそろっていて、住み込みで修行したい者、補習授業を受ける者。
色々と用途がある合宿所だ、部活をしている生徒達も使ったりもしている。
シーナは一本槍を台所の椅子に座らせた後、冷蔵庫から飲み物と茶菓子を出す。
そして風呂掃除をささっと済ませて、お湯を入れる。
一本槍はその間も動こうとはしない、出された物にも手を付けていない。
次にシーナはご飯の支度を始め、しばらくして風呂が入れる様になったら一本槍を入れる。
下着類の替えは無いが、合宿所にあるフリーサイズのジャージを渡した。
しばらくして一本槍が風呂から出で来る、多少スッキリとした顔で椅子に座った。
シーナはテーブルに、ご飯、味噌汁、お漬物、焼き魚、肉入りの野菜炒めを出した。
「まずは食え」
「……いただきます」
一本槍は最初の一口機械的に運んだ。
「……!」
一本槍の目が変わった、死んでいた魚の目が少しだけ、生きる希望を見出した様だった。
シーナは何も言わず、自分の作った料理を一心不乱食べる一本槍を見ていた。
しばらくして、一本槍は出された料理を完食した。
「ごちそうさまでした!」
「よし、心身共に疲労した時は、寝る、食う、身を清めるだ」
「すみませんシーナ先生」
「お、呼び方も戻ったな」
「え?」
「お前さっき私を名字呼びしてたぞ?」
「え? あ、ああ……そうですね」
「よし、片付けるから待ってろ」
「あ、手伝います」
「いいよ、座ってろ」
シーナは食器類をささっと洗った。
「よし、お前が普通に近くなった所で、何があったか話してみろ」
「……はい」
一本槍はゆっくりと語りだした。
担任の先生から、
その人の考え方に共感をして、
師との山籠もりの為に、桜野学園を休学していた事、山籠もりが終わり、師との旅をした事。
師の母校でもあるチーリメ学園の生徒に、巻物を盗まれた事。
そして、後日燃えカスとなった巻物が、自分の元に届いた事。
それから怒り狂い、犯人を徹底的に調べ上げた事。
殺すのは簡単だったが、本当に殺していいのか迷ったから誰かに相談したかった事。
これらをシーナに伝えたのだった。
「……一本槍、お前は正解だ」
「え?」
「縁達に相談していたら、間違いなくお前の拳は修羅の入り口だったろう」
「……はい、我が師から教えられたのは、相手の歩みを止める……つまり、殺す事は禁じ手としています」
「殺す技はあるのか?」
「はい、ですが禁じ手です」
「ふむ……回歴はどんな流派なんだ? 一言で言えば」
「そうですね……旅をする様に人生を歩む……でしょうか」
「その流派は好きか?」
「はい」
「んじゃ、お前の他に弟子はいるのか?」
「いいえ、僕だけです」
「なるほどなるほど」
シーナはうんうんと頷いた後、一本槍がビックリする事を言った。
「ならお前は、回歴流派の二代目逍遥ってなるのか」
「ファ!?」
「いやいや何を驚いてるんだ? 世界でお前しか回歴の技を知らんのだろう?」
「え? あ、あや……しょの……ええ?」
「んで、私から見たらだが、もうお前は達人の領域に片足突っ込んでるよ……そうだな、殺し合いでなければ、風月といい勝負が出来そうだ」
「んん!? 冗談ですよね!?」
「あのなぁ……自分がどれだけ強くなったのかを知ってろよ」
「あ、す、すみません……師匠の事でいっぱいいっぱいで」
「まあ落ち着け落ち着け、当たり前の事を言っただけだ」
「えぇ……」
「んで……話を戻して、そのムカつく相手ってさ、お前の流派の禁じ手使うほどの相手か?」
「つまりは殺して利益があるか……復讐で心はスッキリとしますが……奴は師を殺したも同然ですが……」
シーナに言われた『禁じ手を使うほどの相手か?』
この言葉を一本槍は深く考えていた。
禁じ手は、使っちゃいけないから禁じ手なのだ。
それを破るとなれば、大層な理由や覚悟が必要だろう。
だが、一本槍の想い出になってしまった師匠が、頭をよぎった。
師匠なら『ワシではなく、人生の長い旅をして、助けたい人物に使いなさい』と。
そう言ったに違いないと、考えていたからだ。
とは言え、一発ぶん殴りでもしないと、腹の虫が収まらない。
真剣に悩んでいる一本槍に、シーナは言葉をかけた。
「で、お前は学園以外でいい距離感の親友が居るか?」
「いい距離感ですか?」
「お前のクラスメイトなら、間違いなく復讐だとか言いそうだからな」
「……そうですね」
「だからこそ身近ではなく、ある程度の距離感で、お前を支えてくれる人は居るか? って話だな」
「……居ます」
「んじゃ、そいつらにあって来い、そしてだ、師匠の件は担任の先生と解決しろ、私はそろそろ授業の準備をしたい」
「あ、時間を取らせてしまって申し訳ありません!」
「いやいやいいよ」
「シーナ先生、早速行動に移します! ありがとうございました! このお礼は絶対にします!」
「おう、行ってらっしゃい」
一本槍は気合いの入った顔で、合宿所を出で行った。
シーナは一本槍が居なくなった後に、深いため息をした。
「あのバカップルは何処で何をしているんだ? 大切な生徒ほっぽり出してよ、はぁ……一発ハリセンでぶっ叩いてやるか」
そうぶつくさ文句言いながら、飲み物のコップを洗うシーナだった。
『いやぁ、私達が神様といざこざしている間にこんな事があったんだね』
『ああ、後でシーナに袖の下を渡しておこう』
『なんでワイロみたく言うのさ』
『それより、一本槍君は何処へ行ったんだ?』
『
『ああ、ちょいと昔一本槍君と手合わせしたな、っても忘れかけてる』
『ま、映像見てみましょう、早送り早送り』
『ああ』
シーナの助言に従って、行動を起こした一本槍。
拳を血に染めずに済んだのは、師の残した想い。
自分達では、その導き方は出来ないだろうと思う2人だった。