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第57話 ローズ

第57話 ローズ





 かつて、男には妻が居た。娘が存在する以上、当然の話なのだが。それは遠い昔の話。ラグナロクよりも遥か前。娘のツバキが、まだ物心付く前に、妻、ローズは亡くなった。

 その時代においては珍しくもないこと。魔法少女でもあったローズは、魔獣によって殺された。その事実、結果だけは夫の彼にも知らされていた。


 心臓を魔獣に貫かれた。それも事実である。だがしかし、他の魔法少女とは明らかに異なる現象が、ローズの心臓では起きていた。




――魔獣の因子に侵されつつも、魔力が生きている?




 その異常に気づいたのは、彼女の解剖を行った1人の科学者。ローズの親友であり、その夫とも親交があった、プリシラという女である。

 死んだ魔法少女の心臓は、おもに2つに分類される。魔力炉として機能するものと、機能しないもの。常識的に考えて、損傷を負った心臓は魔力炉として機能することはない。ゆえに、基本的には処分される。しかし、ローズの心臓だけは、全くのイレギュラーともいえる状況となっていた。




――あなたが不思議な人なのは知ってるけど。流石にこれは、予想外ね。




 プリシラも戸惑った。なにせ、損傷した魔法少女の心臓が、魔獣の因子によって修復、なおかつ機能を再生させたのだ。流石に、すでに死んでしまったローズが生き返ることはないが、それでも異常事態である。

 科学者としては、この心臓は非常に興味のそそられる存在であった。なにせ、決して交わらないはずの2つの力、魔法少女と魔獣の力が、こうして奇跡のように動いている。これの仕組みを解明すれば、今までの常識を超えた、新しい魔法少女の時代がやってくるかも知れない。


 だがしかし、プリシラは結局、ローズの心臓を封印することに決めた。


 科学者としての先輩にして、かけがえのない友人。その心臓を研究の材料にすることは、プリシラには不可能であった。




 それから先は、運命か、あるいは必然か。




 ラグナロクの前夜、無惨にも死んだ1人の兵士の死体。

 そして、秘匿され続けていた1つの心臓。


 どういう意図があったのか。その2つは、まるでペアのように保管されており。

 プリシラの失踪後、謎の遺体と、謎の心臓という形で世に姿を現した。




『あの子なりに、この未来を予測していたのかしら。こうして、わたし達は奇跡とも呼べる存在になったわ』




 どこまでも続く草原。クロバラの精神世界が、一気に色付き始める。

 それは、無数の花たち。世界を覆うように、一面が美しい花畑へと姿を変えた。




「……君が特別だから。君の心臓が魔獣を受け入れたから、共存できているのか」




 どうして、自分は生き返ったのか。

 成功事例のないリインカーネーション計画で、なぜ自分だけが蘇生に成功したのか。


 夫婦という特別な繋がりが、そこにあったから。




『わたしだけが頑張ったわけじゃないのよ? 共存しているこの子も、わたしを受け入れてくれたんだから』


「この魔獣と、意思の疎通が出来ているのか?」


『まぁ、ね。ずっと一緒に居たら、それくらい出来るようになるわ』




 クロバラの中に眠る魔獣。

 それが意思を示すかのように、周囲の花々が輝きを放つ。


 それは、澄み渡るような青。

 クロバラの瞳と同じ、穏やかな色であった。




「そういえば、わたしの左目は青色だな。他の魔獣は、全て真っ赤だというのに」


『魔獣はね、心の色が瞳に表れるの。穏やかな時は青く、そうでない時は赤く』


「つまり、基本的に彼らは、人類に憎しみを抱いているわけか」


『そうね。悲しいけど、そういうことになるわ』




 あくまでも、これは奇跡。

 ローズの心臓が魔獣と適合したのは、その心のあり方と、偶然が味方をしただけなのだろう。


 そうでなければ、人類と魔獣の戦いは、とっくの昔に終わっている。




『でも、可能性はゼロじゃない。現にわたし達は、こうしてお互いを認め合って、共存することが出来ている。魔獣だって、ただ人間を殺したいわけじゃないの』




 ローズが語るのは、今まで人類が知ることのなかった、魔獣の意思。




『彼らは人類を恐れている。そしてその恐怖心が、際限のない殺意へと変わっている』


「魔獣が人類を? 馬鹿な。その逆なら分かるが、奴らに人間を恐れる感情なんてないだろう」




 他の生物とは根本的に違う。意思の疎通が不可能で、ただひたすらに人類を殺すことに特化した存在。それこそが、魔獣というものである。




『わたしにも、その起源は分からない。ただ確かなのは、根っ子に染み付いた人間への恐怖と、ある一つの命令だけ』


『命令?』


『ええ。おそらくそれは、魔獣がこの世に誕生して、最初に抱いた感情』




――踏み潰す者。人間たちを、排除する。




 それが、魔獣の持っているただ1つの意思。

 その意思に従って、何百年も人類と戦い続け。


 そして今、再び人類を滅ぼそうと動き出した。




『わたしと共存してるこの子も、もはや最初の理由なんて覚えてないわ。ただ、遺伝子にそう組み込まれているから。人間を殺すことしか知らない、興味がない』




 無理もないこと。始まりは、何百年も昔。それは魔獣だけでなく、魔法少女にも言えることである。

 始まりの魔獣、始まりの魔法少女。彼らがなぜ誕生して、なぜ戦う運命にあるのか。


 今の世代を生きる彼らには、知る由もない。





『――決して忘れないで。この星の未来。それを唯一変えられるとしたら、あなただけなんだから』





 その身より溢れる、美しくも儚い花びら。

 それを戦いの火に焚べるのか、それとも別の形に変えるのか。


 刹那とも、無限ともいえる時の中で。

 クロバラは、託された。











 とても温かい。とても美しい。そんな夢の中から、クロバラは目を覚ます。

 この姿となってから、もっとも心地の良い目覚めであった。


 しばらく、そのまま微睡んでいたい気分だったが。




「……」




 このホープの医務室で。

 仲間の1人、アイリに見つめられているので、そうも言っていられなくなる。




「目が覚めましたか、隊長」


「やあ、アイリ」




 ゆっくりと、クロバラは体を起こす。

 特に体に異常はないのか、違和感は感じない。


 なぜ自分が、医務室のベッドで寝ているのか。

 思い返してみると、あの空での競争がすぐに記憶に戻る。




「そうか。わたしの負けか」




 最後の記憶は、離れていくアイリの後ろ姿。それにどうにかして追いつこうと、魔力を限界まで引き出して。

 そして、クロバラは自分自身と直面した。


 けれども、現実は少々異なるようで。




「何を言っているのですか? 勝負は、あなたの圧勝でしたよ」


「はぁ?」




 困惑するクロバラに対して、アイリは事情を説明した。

 超高速の世界で競争し、確かにアイリのほうが速いかと思われた。


 だがしかし、どういう力を使ったのか。

 先にホープに帰還したのは、クロバラの方であった。


 隕石のように、地上に墜落していたが。




「追い抜かれたことに、わたしは気づくことすら出来ませんでした。ゆえに、わたしはあなたを教官としてお慕いします。あれだけの力を見せられては、もはや疑う余地はありません」


「……そうか」




 勝負に勝ったという事実は、正直理解が出来ないものの。アイリが納得してくれたのなら、変に否定することもないだろう。

 それに、その可能性もゼロではない。


 胸の鼓動に、手を合わせる。

 今までと何も変わらない。けれども、対する印象は変わった。




『――だったらあなたは、どんな力なら納得したの?』




 なぜ、自分の魔法が花なのか。

 クロバラ自身が、それを受け入れることが出来た。






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