第106話 兆し
「じゃあね〜、クロバラちゃん! 気をつけてね〜」
「ああ。そっちも、島の安全を任せたぞ」
アンラベルの専用機、ホープが。
ステルス機能を起動させながら、空へと消えていく。
本来なら、全員揃って拠点であるハイダ島へと帰るのだが。
諸々の事情を加味して、クロバラはここに残ることを選択した。
ボロボロの古城に。
クロバラと、魔女ミラビリスが残される。
ミラビリスは、英国ワルプルギスの代表でもあるため、イギリスへと戻る必要がある。
ゆえに、残されたのは2人だけ。
「まったく、大した技術だね。透明になる飛行機なんて、たった10年で進歩しすぎじゃない?」
「あの船を造ったのは、ガラテアという天才科学者だ。……この手紙を解読できる、唯一の人間かも知れない」
クロバラが手にするのは、プリシラが残した最後の手紙。
だがしかし、その内容には思わぬ落とし穴が存在していた。
手紙に書かれていたのは、常人には理解の出来ない記号や図形、数式のようなもの。
簡単に解読できないよう、プリシラがわざとこのような書き方をしたのか。あるいは、彼女が素でこのような書き方をしたのか。
彼女の人となりを知るクロバラからしても、どちらか分からなかった。
メンバー随一の知識人であるゼノビアですらも、この手紙の解読は不可能であり。まさに八方塞がり。
けれども、ただ一箇所だけ、理解できる場所があった。
それは、アンラベルのメンバーなら、全員が知っているマーク。
シックスベース。メンバーの専用デバイスに刻まれているマークが、この手紙にも描かれていた。
顔が瓜二つというだけで、プリシラとガラテアに関係はないはず。
だがしかし、現にこの手紙には、その繋がりを示唆していた。
他に、この手紙を解読できる者がいるとしたら、零領域に残ったシェルドンくらいなものだろう。
ここで、もう一度リスクを冒して彼に会いに行くのは自殺行為である。
だからクロバラは1人、メンバーたちと別の道を行くことに。
自分たちの起源とも呼べる場所。
すなわち、北京への帰還である。
ただ北京を目指すのであれば、なにもクロバラ単独である必要はない。ステルス機能を持つホープで、メンバー全員で向かえばいい。
だがしかし、イギリス帝国の事を考えて、クロバラは単独行動を取ることに。
レーツェンは必ず、クロバラを追ってくるだろう。正確には、プリシラの残した手紙を手に入れるために。
追い込まれた彼女は、おそらく手段を選ばない。もしもハイダ島の存在がバレたら、それこそ最悪である。
だからクロバラは、あえて自らの身を晒すことで、帝国の追っ手が自分一人に集中するように画策した。
帝国の追っ手を相手取るのは厄介だが、ハイダ島を守るためには一番の方法である。
それにクロバラ1人であれば、よほど逃げ切ることが出来る。
「……訓練を怠るなよ」
そんなつぶやきが、思わずこぼれ落ちてしまった。
その姿を見て、ミラビリスも思わず笑ってしまう。
「おっと、メンゴ」
「いいや。ミラビリスも、ありがとう。お前の助力がなかったら、こんなにスムーズに事は運ばなかった」
「いやいや、気にしなくていいって。女王とレーツェンの暴走を止めるのに、あんたらの力が必要なのは確かなんだから。こんくらいの助力、なんのそのよ」
ミラビリスだけではない。ワルプルギスの魔女たちは、イギリスという国の未来を思って、クロバラたちに協力した。
結果として、レーツェンに裏切りがバレてしまったことになるが、ミラビリスはあまり気にしていない様子。
「レーツェンが気にしてるのは、女王陛下のことだけ。グランドクロスの一角にヒビが入った以上、しばらくは動けないだろうし。裏切り者のあたしら相手に、わざわざ魔女狩りをする余裕だって無いよ」
「そうか」
「そうそう。だからあんたは、気にせずに前に進みなよ。魔女であるあたしらは、応援するので精一杯だからさ」
そう言いながら。
ミラビリスの表情は、どこか影が感じられた。
「……ただ、まぁ。ほんのちょっと本音を言うと、悔しいかなぁ」
「悔しい? なぜだ」
「そりゃもちろん、あんたと並んで戦えないから」
「はぁ?」
ミラビリスの言っていることが、まるで理解できない。
「正直、あたしたちの世代の魔法少女は、みんなあんたの世話になったからね。当時だって、軍の魔法少女の中だと、めちゃくちゃ人気あったんだけど」
「いや。それは流石に」
「マジよ、マジ。正直、娘さんが近くに居なかったら、アタックしようっていう魔法少女、結構多かったと思う。なんなら、あのシャルロッテだって、絶対その口だよ」
「……」
戦争中。教官時代の自分は、いい歳をしたオジサンだったはず。
ゆえに、まったくもって信じがたい話である。
「あの教官が、今やちっさな魔法少女なんてね。まったく、人生不思議なことがあるもんだよ」
「それは、わたしも同意するよ」
戦って、戦って。
大切なものを守るために、最後には自分の命すらも犠牲にした。
それで終わったはずの物語が、こんな形で続いている。
クロバラ自身、予想もしなかった未来である。
「頑張んなよ、教官。あたしも、陰ながら応援してるからさ」
「ああ。もちろんだ」
希望のチャームを、銃型のデバイスにくくりつけて。
クロバラは1人、新しい道を行く。
目指すは大陸の遥か彼方、北京。
けれども、最初とは違う。
一緒に戦う仲間が、この世界に居るのだから。
クロバラは、大きく一歩を踏み出した。
◆◇
シンギュラリティは、すでに起こっている。
魔法少女と魔獣、人と世界。そのバランスは、もはや誰にも操れない領域へ。
滅び去った東洋の島国では、巨大な黒い剣が不気味に空に浮かび上がり。
人の消えた北京の廃墟では、二足歩行を行う未知なる生物が徘徊する。
そして、月では。
少女のカタチをした何かが、産声を上げていた。