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第31話 色付く世話係の学校生活

 文化祭が終わってから一ヶ月ほどが経過した。


 二学期中間テストも終わり、もうすぐ十一月。

 校内の木々はほぼ完全に秋の色に染まり切り、赤や橙、黄色といった鮮やかな色彩で飾られている。


 しかし、色付いたのは景色だけではなかった――――


「――ってことがあってね? いやぁ、遂に私にも春到来かぁ~って思ったんだけど、その男子もう彼女いるんだって聞いてさぁ……はぁ……」

「あはは、それは何と言うか……残念だったね」


 授業間休み。

 私は隣の席の女子――東山とうやま朱莉あかりと談笑していた。


 交友関係を最小限に抑えてきた私が、こういった時間にまさかクラスメイトとお喋りするようになるとは想像も出来なかったが、文化祭期間を通して仲良くなり、今もこうしてよく話している。


 身長は平均的だが私より少し高いくらい。

 身体の線も細いが、悲しいかな私と違って女性らしい凹凸のある肉付きだ。


 少し巻き癖のあるポニーテールにまとめられた赤茶色の髪と、クリッと大きな焦げ茶の瞳が特徴的で、あまり表立った行動はせず目立ちはしないが可愛らしい女の子だ。


 そんな朱莉が「んむぅ~」と不満げに唸りながら机に突っ伏した。


「あぁ、彼氏欲しいなぁ~」

「彼氏ねぇ……」


 もう何度聞いたかわからない朱莉の「彼氏欲しい」発言。

 それとなくやり過ごしていた私だが、ふと自分はどうなのだろうと考えてみる。


 司の世話係としての務めが最優先である以上、恐らく誰かと付き合うことは家が許してはくれないだろうが、それは話の根底が崩れるのでひとまず考えないことにする。


 ほら、高校物理でも“空気抵抗は考えないものとする”とか“紐の重さは考えないものとする”ってよくあるし。


 取り敢えず、私の気持ちの話だ。

 私が彼氏を作りたいか。

 誰かと付き合いたい願望があるのかどうか…………


 腕を組んで教室の天井を見上げながら考えてみるが……やはり、よくわからない。


 特段欲しいとも思わない。

 いや、まぁ……一人「俺と付き合ってくれ」って言われたら考えなくもない相手がいないワケでもないけど…………


 と、そんなことを考えながら無意識のうちに視線を教室の前――教壇周りに集まっているグループに向けていると、


「結ちゃんは欲しくないの、彼氏?」

「えっ、あぁ……」


 朱莉にそう聞かれ、私は頭の中を巡っていた思考を取り払う。


「いや、私は別に良いかな」

「えぇ~、そうなの~?」

「出逢いもないしねぇ」

「ち、ち、ち。甘いね結ちゃん」


 朱莉がニヒルな笑みを浮かべながら顔を上げ、ピンと立てた人差し指を三度横に振る。


「受け身じゃ駄目なんだよ。出逢いってのはね、自ら掴みにいくものなんだから」


 なんだか名言っぽいことを言っているので、私は「おぉ」と声を上げながら小さく拍手した。


「何か、カッコいいね」

「えへへ、どうもどうも」

「で、自ら掴みにいってる朱莉さんは恋人の方は――」

「――出来ないよぉ~! あぁ、良い出逢いないかなぁ~!」


 ダンッ、と朱莉はもう一度机に腕枕をして顔を伏せてしまった。


 恋愛マスターみたいな名言を口にしておいて、結局「良い出逢いないかなぁ」と運頼みなのはツッコミどころでしかない。


 私は思わず苦笑しながら言った。


「まぁまぁ。そう簡単に出逢いがあるなら、恋人いない人なんていないでしょ」


 そうだけどさぁ~、とやはり彼氏が欲しい朱莉は納得いっていない様子だった。


 だが、こればっかりはどうしようもない。

 私に手伝えることがあるなら是非そうしてあげたいところだが、残念ながら恋のキューピットでも何でもない私には、朱莉に彼氏を用意してやれるような力はない。


 今してやれることと言えば、項垂れる朱莉の背中をポンポンと優しく叩いてやることくらいだった。


 そんなとき――――


「ねぇ、メイド長~」


 突然声を掛けられた。

 目を向けると、クラスメイトの男子――司グループの一人である三神みかみ俊也しゅんやがこちらに駆け寄ってきていた。


 中背痩躯で、癖っ毛の茶髪と茶色い瞳。

 顔は楚々と整っているが少し童顔なせいもあって、妙に人懐っこい印象を受ける。


 例えるなら犬だ。

 それも柴犬だ。


「シャー芯ちょうだい~!」

「もうメイド長じゃないので、シャー芯はあげられません」


 文化祭が終わってからもう一ヶ月が経つのに、未だにその呼び方をしてくる三神君に、私は不満げな半目を向ける。


 すると、傍まで寄ってきた三神君が慌てて両手を合わせて頭を下げた。


「あぁ~、ごめんごめん。近衛さん!」

「はぁ……何本?」

「一本で良い!」

「はいはい」


 〇.五で良いよね、一言確認してから、私は自分の筆箱からシャープペンシルの芯のケースを取り出して、そこから一本抜き取る。


「はい」

「ありがとっ、めっちゃ助かる~」


 折れないように摘まんで差し出した私の手から、三神君も慎重に受け取った。


 そして、持ってきていた一本のシャープペンシルのノック部分を外して、この場でシャーペンを入れ込んだ。


 カチカチカチ、と数回ノックして、きちんと先端から黒い芯が顔を覗かせるのを確認する。


 そんな様子を見ながら、私はため息混じりに尋ねる。


「というか、別に私じゃなくてもつか――院瀬見君達に貰えばよかったんじゃない?」


 そう。

 三神君は司といっつも一緒にいるメンバーの一人。

 わざわざ私のところまで来なくたって、周りにいる誰かに頼めばいい話なのだ。


 少し不思議に思って聞いたのだが、三神君はちょっと照れくさそうな笑みを浮かべながら答えた。


「ん~、確かにそうなんだけど、やっぱメイドちょ――んじゃなかった! 近衛さん頼りになるし、困ったときは近衛さんかなぁって思って」


 後ろ頭に手をやりながら、あははと笑う三神君。

 まぁ、危うくまた『メイド長』と呼びかけたことは目を瞑っておいてやろう。


「でも安心して! この借りは返すから!」

「いやいや、シャー芯一本で大袈裟な……」

「シャー芯一本の借りは……シャー芯一本で返す!」

「利子は~?」

「えぇ~! じゃあ、二本で!」


 思わぬ得が出来た、と私は満足してコクリと頷く。

 それを見て、三神君も「んじゃ! 助かった~!」ともう一度お礼を言ってから司達の方へ戻っていった。


 そんな背中を見やりながら、私は考えていた。


 やっぱり、文化祭以降私の周りの環境が変わったな、と。


 朱莉は隣の席ということもあってまぁ。

 でも、三神君は特に関わりもなかったのに最近よく話し掛けてくるようになったし、それ以外の生徒ともちょくちょく会話するようになった。


 面倒事を避けるため交友関係を狭めていて、どこか学校生活を退屈に感じていた私だが、最近は色が付いたように感じられる。


 嬉しい、楽しい……というよりは、面白い。

 こういう学校生活も――ごく普通にありふれた学校生活が、良いものだと思った。


「ちょいちょい、結ちゃんや」

「ん?」


 先程まで机に付していた朱莉が、ちょんちょんと私の腕を突いてきたので、そちらに顔を向ける。


 すると、不満げに唇を尖らせているのが見える。


「なんか、良い感じじゃないですか~」

「え、何が?」

「出逢いだよ出逢い! 出逢いあるじゃん~」

「どこに?」

「はぁ……鈍いですなぁ、結ちゃんは」


 何かよくわからないけど、勝手に呆れられてしまった。

 隣で朱莉がやれやれと肩をすくめて首を横に振っている。


 出逢い?

 私が? 誰と?


 頭を捻ってみたが、結局朱莉が何のことを、誰のことを言っているのかはわからなかった――――

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