前線はこうちゃく状態。
水面下では動いているのだろうが、足軽の俺達の所へ情報が降りてくる事も無い。
ずっと何も無い日々が続いているため、やる気の無い金城軍曹率いるこの班は、部隊の一番安全な最後部で、全員がたるんでいる。
道路のアスファルトに直接座り、ヒザをかかえて、うたた寝が始まった。
「ぐおっ……んっ」
爺さんが、自分のいびきで目を覚まし、まわりをキョロキョロ見回した。安全を確認すると、安心して今度は本気で眠りに入った。
爺さんが高いびきで眠ってしまうと、居眠りしている兵士達に緊張が走った。
「おい、新入り」
急に頭の上で声がした。
「こ、これは、犬飼隊長」
爺さんを起こしてやりたいが、もはや手遅れだ。
「この爺さんは、前線で熟睡か。すげー豪傑だな。酒を飲んで居眠りをする張飛のようだな」
隊長は、爺さんを張飛とまで評した。
いったい、何があった?
「あの、何の用ですか」
「ふむ、お前達、納品の時に山賊に会わなかったか」
なっ、なにーっ!
隊長はあの山に山賊がいるのを知っていたのか。
「あ、会いませんでしたが、山賊なんかいたのですか。そんなところに二人で行かせるとは、隊長も酷い人です」
「いやいや。最初に俺は、班の全員で行くように言ったんだ。だが、爺さんが固辞したんだ。そんな大勢では前線に穴が空きます。二人で良いとな」
爺さんは、もう遊郭のことしか頭になかったな。とんだエロ爺だよ。
俺は爺さんをにらみつけた。
「そうですか。じゃあ、しょうが無いですね」
「うむ。だがな、おかしいんだ。お前達が行ってから、山賊の気配が無くなったと報告を受けている」
ぎゃーーっ、ほぼ、俺達がやったと確信しているぞ、この人。
どうする。
「そう言えば俺が、山道がきつすぎて、ひいひい言っていると『お前はゆっくりついて来るといい』といって、金城班長が先行した時がありました。その時に班長がやったのかもしれません。見ていないのでわかりませんが」
「なるほど、やはりこの爺はとんだ豪傑だったと言う事か」
よし、うまく誤魔化せた。
「ところで、十二番隊のカクと響とカノンの三人が一緒だったと聞いているが、その時は一緒じゃ無かったのか」
ぐはっ!
隊長は悪い笑顔になり、俺をじろりと見た。
目だけは笑っていない。嘘を言うなと言う目だ。
いやー誤魔化そうとして、墓穴を掘ったなー。
やっぱり、嘘を付いてはいけないなー。
「ははは」
「笑って、誤魔化すな。その三人はお前のおかげだと自慢そうに話していたぞ」
おーい!
俺は何にもしていなかったはずだぞ。
カクさん、響子さん、カノンちゃん、めー。
いったい何を、言ったんだー。
「そ、そ、そうですか。俺の記憶では俺は何もしていなかったはずですが……」
「うわあー!!」
その時、喚声が上がった。
「うろたえるなー! 報告しろ、何があったー!」
「お前がうろたえるな。私が来ただけだ!」
「さ、冴子さん」
どうやら、冴子は隊長よりも身分が上のようだ。
「おーー、豚顔のシュウ、ひさしぶりじゃーー!!」
「いやいや、まだ二日しか立っていませんよ」
「遊びに来てやったぞ」
心から嬉しそうな無邪気な笑顔だ。
まいるぜ、かわいすぎる。
「は、はやすぎますよ」
もう会えないと思っていた、この気持ちはどうするんだよ。
「お、おい、新入り。冴子さんとどういう関係なんだ?」
「犬飼! 邪魔だ、どこかへ行ってろ!」
「ちっ!」
隊長は、渋々席を外した。冴子のおかげでうやむやに出来そうだ。助かった。
冴子は、食糧をたっぷり持って来てくれた。
ついでに、カクさんも響子さんもカノンちゃんも呼んでくれて、楽しく昼食を食べることが出来た。
「じゃあ、ノルマがあるからな。帰る! 豚顔のシュウ、死ぬなよ。私の運気が下がる」
結局、自分の事かよ。
「ああ、冴子もな」
「にひひひ」
なんだか、かわいい笑顔で飛んで行った。
だが、何か違和感がある。
そうか、あいつ今日はズボンをはいていた。
スカートなら、ここにいるほとんどの人が喜んだのに、どういう心境の変化だ。
「自由な人ですね」
カクさんがつぶやいた。
戦局はこうちゃく状態のままだ。
そろそろ本格的な冬が始まり、急に寒くなってきた。
冴子は、勝手に来ていることが、隊長から報告されて、来られなくなったようだ。もうずっと来ていない。
また、俺を殺すとでも脅されたのだろうか。
「どけーーっ!!」
最後部の俺達の後ろから声がした。
水面下で動いていた物が、とうとう水面に出て来たようだ。
「おおおー!! すげーー!!」
金城班の皆がうたた寝から目覚め、声の方を見て驚きの声を上げた。
恐らく昨日の夜のうちに来ていたのだろうが、この事は敵にもバレないように、秘密にされていたようだ。
「道を開けろーー、じゃまだーー!!」
ピカピカで銀色の中世ヨーロッパ風の甲冑を着込み、長い剣を装備した部隊があらわれた。
恐らく、ハルラの持って来た異世界の装備だろう。
「二番隊が通る。道を開けるんだーー!!」
とうとう新政府軍の切り札、二番隊のお出ましのようだ。
先頭を身長二メートル近い四角い顔をした隊長が進み、その後ろを甲冑を装備している三百人ほどが進む、全員隊長ほどではないが、体格も良く顔付きもせいかんだ。
四国の制圧が終ったのか、精鋭一連隊を移動させてきたようだ。
二番隊は、俺達の前を通りすぎ十一番隊の前に出た。その数は二千人を大きく超えていそうだ。全員が歴戦の勇者なのだろう。
だが、物資の不足は深刻で、まともな武器の装備は千人程で、それ以外は十一番隊と大差が無かった。
こういうことは、タイミングが何故かあってしまう。
織田軍にも動きがあった。
今までの部隊が左右に開き中央を、一つの部隊が進んできた。
先頭の男が大将なのだろうか、体が一際大きい。
「あっ、あの男は!?」
「どうした、あんちゃん知っているのか?」
知っている!
だが、それは言えない。また、どこから情報が漏れて隊長の耳に入るかわからないからだ。
「爺さん、俺が知る訳が無い。ちょっと強そうだなと思っただけだ」
「そうか、そうじゃな。強そうだ」
先頭の男は、日本の甲冑を装備して手には長くて太い、なぎなたを持っている。
だが、おかしい、装備がどれも新品の様に美しい。
まさか、新品なのか。
良く見たら、着ている服も戦国武将の服だ。
織田軍はどうやら、武器や甲冑、服までも生産しているのでは無いだろうか。いや、生産出来るようになったと言うのが正しいのか。
大将の後ろに続く配下も、新品の日本式の鎧兜、具足を装備している。
その数は、やはり三百人ほど。
手には長い槍、腰には日本刀を装備している。
お互いに戦力は同じ位だ。
まるで、中世の西洋軍対日本軍の戦いが始まる様にみえる。
織田軍の大将は自信満々で、その顔に笑みさえ見える。
両軍の大将が、橋の中央にゆっくり一歩ずつ進みでた。
恐らく一騎打ちが始まるのだろう。
両軍は固唾を飲んで成り行きを見守った。