ハルとリーヴが一緒に巨大なディスプレイに視線を凝らしていた頃、アイラとアッシュ、そしてガルディンはハルが発見した新たなメモリーチップの調査を続けていた。
「リーダー、このメモリーチップ、こんな表示になってしまうんですけど、これ、どう思います?」
アッシュが携帯端末のディスプレイを見せながら、ガルディンにどうすべきかアドバイスを求めた。ファイルシステムがサポートされていないということは、そもそもこの携帯端末は役に立たない、ということになる。
「うーむ、私もこのような表示は見たことがない。とはいえ、このままではメモリーチップの内容を確かめることもできんな……」
ガルディンは若干首を傾げながら、それとは別になにか他に方法はないかどうか思案していた。
「そういえば、リーダー。ここへ出発する時に、別の端末を持っていっていませんでしたっけ?」
ふと、アイラがなにかを思い出したかのようにガルディンに問い質した。その端末とは、この地下シェルターの詳細を調べるためにガルディンが使っていた、あの高性能端末のことだった。
「んっ? あぁ、確かにあれを使えば、もしかしたら上手くいくかも知れん。一つ、試してみるか」
ガルディンはそう応えながら、その高性能端末を取り出して広げてみせた。そして、例のメモリーチップを携帯端末からその高性能端末に差し替えた。
幸い、メモリーチップの挿入口は形状が一致していたらしく、挿入することそのものに大きな問題は発生しなかった。しかし、ガルディンがその端末を操作していた時、ふとその手が止まった。
「どうですか、リーダー? なにか分かりましたか?」
「いや、ダメだ。さっきと同じダイアログが表示された。どうやら、この端末でも、このメモリーチップの中身にはアクセスできないらしい」
アイラが状況を尋ねると、ガルディンはすぐさま力なく首を横に振って応えた。それもそのはず、高性能端末のディスプレイには、先程の携帯端末と同じダイアログが表示されていたからだ。
それは、この端末を使っても、メモリーチップの中身を知ることができない、ということを意味する。そうなると、彼らとしては八方塞がりの状況になってしまう。
「それは困りましたねぇ。やっぱり、古い時代のメモリーチップですから、そこに入っているファイルのフォーマットも、この時代にはもう使われていないのかも知れませんねぇ」
これまでの経緯を整理しようとするかのように、アッシュが言葉を連ねていった。その口調は一見して冷静を保っているようでありながら、困り果てている様相を同時に映し出していた。
「……ふぅん、せっかくハルが見つけてきてくれたものだけど、今回ばかりは使えなさそうだね。重要な情報が隠されているとしても、中身が分からないんじゃ、アタシらにはどうしようもないさ」
そう言いながら、アイラはハルとリーヴの働きに報いることができないことに対して、申し訳ない思いを募らせていった。
もう一度ハルとリーヴにあの資料室に行かせて、他に情報源になりそうなものはないか探してもらうという方法も取れないわけではなかった。
しかし、それで別の情報が入手できるという保証はない。なにより、この部屋にある巨大なコントロールパネルのこともほとんど分かっていない、というのが現状なのだ。
「どうします、リーダー? 他に情報が隠されていそうな部屋を探してみますか? それとも、このメモリーチップが使えるようにする方法を調べてみますか?」
アッシュが今後の自分たちの行動方針についてガルディンに尋ねてきた。しかし、尋ねたアッシュ自身も、これという次善策を持っているというわけではなかった。
一旦この部屋を出て、再度手分けをして情報を探してみる、というのは確かに定石といえば定石になるだろう。
だが、偶然的に回復させることができたとはいえ、いつまでも電力系統が機能し続けているとは限らない。また電力系統が停止してしまえば、このコントロールパネルも無用の長物に成り下がってしまうだろう。
「うむ。さて、どうしたものか……。んっ? もしや、これは……?」
アッシュに対応策を求められたものの、さすがのガルディンも今回ばかりはどうしようもない、と思うしかなかった。しかし、ふと巨大なコントロールパネルに視線を向けた時、あることが彼の脳裏をよぎった。
「どうしたんですか、リーダー? 向こうに、なにか変なものでも見つけたんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが……。もしかしたら、このメモリーチップ、あのコントロールパネルでアクセスできないだろうか……?」
ガルディンが脳裏によぎらせた一つのアイディア。それは、例のコントロールパネルを使い、メモリーチップの中身にアクセスすることができるかどうか試してみることだった。
「あのコントロールパネルに、ですか? 確かに、それは一つ考えられることだろうとは思いますけど、それで本当に上手くいくんですかね……?」
「確かに、上手くいく保証はないだろう。だが、今我々の目の前にあるコンピューター端末で、使えそうなものはあのコントロールパネルぐらいのものだ」
アッシュが怪訝そうな表情を浮かべて返事をすると、ガルディンも上手くいく可能性は低いだろう、ということは認めていた。
しかし、自分たちの目の前に使えそうな装置があるのであれば、そういうものを最大限利用しない理由などあろうはずもなかった。
「それはいい方法だと思います、リーダー。まぁ、今のアタシらにはそれ以外に取れる方法がない、というのが実際のところでしょうけどね」
アイラも自分たちが置かれている状況が、決して良い方向を向いているものではない、ということは重々承知していた。だが、だからといってここで自暴自棄になったところで、なにも解決などしない。
あるいは、このメモリーチップに、あのコントロールパネルの秘密が隠されてるかも知れない。それを思うと、アイラはどうしてもガルディンの思いを簡単に否定することはできなかった。
「……ねぇ、ハル……。これ、押しても、いいの、かな……」
その頃。リーヴは目の前にある巨大なコントロールパネルに興味津々、という態度を表明していた。眼前に広がる、無機質な印象を匂わせるボタンの数々は、それだけでリーヴの中にある好奇心を次々と駆り立てていった。
「んっ? いや、ダメだと思うよ。もしうっかりボタンを押しちゃって、使わなくてもいい機能が動き出しちゃったりしたら、色々大変なことになってしまうからね」
ハルはやんわりとした口調でリーヴをリーヴをたしなめようとした。こういうコンピューターに関することは、その分野に関して一定以上の知識を有する者たちに任せてしまうのがよい。
いかに巨大なディスプレイにはなにも表示されていないからといって、電力系統が回復している現状において、このコントロールパネルがなにも機能していないわけではないだろう。
「……そう、なの、ハル……? でも、ハルが、そう、言うなら……、ワタシ、言う通りに、する、よ……?」
リーヴはその表情に一瞬疑問の色を浮上させたが、すぐにこれは不用意にいじってはいけないものだという結論を導き出していた。
もとより、リーヴにとってはハルの言うことに従うことの方がよほど重要だった。それは、今の自分がハルの世話を受けなければ生きていくことすらできないという現実を、リーヴなりに受け止めていることのなによりの証だった。
「ハル、ちょっとゴメンよ」
と、そこにアイラがハルとリーヴを脇に押しのけるようにしながら、ハルたちに代わって巨大なコントロールパネルの前に立った。
「あっ、アイラさん。どうしたんですか? なにか分かったんですか?」
ハルはとっさにリーヴを抱き上げながら、アイラたちの邪魔にならないように若干距離を取った。こういう時のアイラは、よくなにか良いアイディアを思い付いたということの方が多い。恐らくは、今回もその類になるだろうということを、ハルは内心期待していた。
「いや、まだそこまでじゃないんだけど、さっきのメモリーチップのことで、少し気になることがあってね」
「気になること? なにか、問題でもあったんですか?」
どうやら、先程ハルが渡したメモリーチップに関することらしい。その扱いをどうするか、ということが問題なのかとハルは思ったが、アイラは首を横に振ってそれを明確に否定した。
「いや、問題があるかどうかを確かめるために、このコントロールパネルを使いたいんだ」
アイラの返事を聞いて、なるほど、とハルは得心した。どうやら、事態は自分たちの思う通りにはまだ進展していないらしい。そこで、その打開策としてこのコントロールパネルを使うつもりなのだ。
「あっ、そうなんですね。分かりました。……じゃあ、リーヴ。俺たちはちょっとだけ離れていようか」
「……うん、分かった……」
事情を聞いたハルは、アイラたちの作業の邪魔になることのないよう、リーヴと共にコントロールパネルから少し離れていった。アイラたちがなにをしようとしているのかを確かめることができる程度の距離を保ちながら、ハルはリーヴと一緒に事態の行方を見守るつもりだった。
「おっ。アイラ。そっちの用意はできたようだな」
「はい、リーダー。多分、ここに例のメモリーチップを挿し込むんだと思います」
ハルたちと入れ替わる格好で、ガルディンとアッシュがアイラと再度合流した。アイラがコントロールパネルの一角を指差すと、そこには確かにメモリーチップの挿し込み口と思われるものが確認できた。
「なるほど。それじゃ、ちょいとやってみましょうかね。……それ、と」
アッシュがおもむろにその挿し込み口に例のメモリーチップを挿入した。相変わらず飄々とした態度を崩すことはなかったが、こういう手合いの男性というのは、得てしてその心の奥底でどういうことを考えているか、読みにくい部分がある。
アッシュがメモリーチップを挿入した後、一同は揃って巨大なディスプレイに視線を移していた。しかし、しばらく待ってもディスプレイになにかが表示される様子は認められなかった。
「……うーん、これでもダメみたいですねぇ。そうなると、このメモリーチップって、なんのために使われていたんですかねぇ」
アッシュが腕組みをしながら、一向に変化しないディスプレイに対して疑問を呈していた。同じ時代に使われていたものであれば、ファイルシステムがサポートされていてもおかしくはないはずであるのに。
「うーむ、我々の方で、なにか見落としていることがあるのかも知れん。もう一度、このコントロールパネルを徹底的に調べてみよう」
「分かりました、リーダー。こういう草の根作業っていうのも、政府にいた頃には日常茶飯事でしたからね」
アッシュがメモリーチップを挿し込み口から引き抜くと、アイラたちは一斉にコントロールパネルの周囲を調べ始めた。
どうやら、ここに至ってもなも、事態は思い通りに進展する気配を見せないようである。ハルは自分たちにもなにか手伝えることはないか、アイラに尋ねてみようと思った。
「あの、アイラさん。俺たちにも、なにか手伝えることはありませんか?」
「んっ? うーん、そうだね……。もう一度、隣の資料室を調べてみてくれないかい? あのメモリーチップの使い方が、その資料室に記録されているかも知れないからさ」
ハルが手伝いを志願すると、アイラは少し考えた後、ハルに資料室の再調査を頼んだ。もしかしたら、あのメモリーチップに記録されているデータは、通常の方法ではアクセスすることができない特殊なもので、その使い方を記したマニュアルに相当するものがあるのかも知れない。
「分かりました。それじゃ、そっちの方はお願いします。……リーヴ、行くよ」
「……うん……、いいよ……」
ハルはリーヴと共に資料室に向かっていった。コントロールパネルの調査については引き続きアイラたちに任せることにし、今は自分たちができることで、彼女たちの力になってあげなければならない。
今後の調査次第では、自分たちが思いもよらなかった事実が判明するかも知れない。それが地上の秘密になんらかの影響を与えることになったとしても、その時ははっきりと覚悟を決めなければならなかった。