地球環境制御システム、通称『エデン』と名付けられたそのコンピューターシステムに質問をしていくアイラ。そこから得られた回答に対して、アイラはなんらかの疑惑を抱いているようだった。
「そうだね。環境浄化ナノマシンによって発生した問題に対処し、地球環境を壊滅的な破綻から救うために開発されたんだとしたら、地球環境が著しく改善された、ということと矛盾しないかい?」
そのことをハルが問い質すと、アイラはエデンが回答した内容に矛盾が潜んでいるのではないか、と返事をした。
それを聞いたハルは、言われてみれば、確かにその通りかも知れない、と思い始めていた。
地球環境を壊滅的な破綻から救うために開発されたエデン。その発端となったはずの環境浄化ナノマシンの問題点。しかし、その環境浄化ナノマシンは地球環境の改善に成功した、と言っている。
「うーん、そうですね。環境浄化ナノマシンに問題点があったことは事実かも知れませんが、本来の目的は達成されたと言っているのであれば、どうしてエデンが作られたりしたんでしょうかね」
ハルが回答したことは、まさしくアイラが抱いていた疑念に極めて近いものであった。そもそも深刻な環境危機を救うために、環境浄化ナノマシンが開発されたのではなかっただろうか。
その問題が達成されたのであれば、他の問題は薬でいえば副作用のようなものであり、本来の問題とは別の問題として対処しなければならないはずである。
「ハルもそう思うかい? アタシは、どうもこのエデンが、大事な情報を隠しているような気がするんだよ」
アイラは、このエデンが重要な情報を隠蔽している、という疑惑を抱いているようだった。
コンピューターシステムにそのようなことができるのか、とハルは思ったが、プログラム的に情報の機密性をランク付けすることができれば、それも不可能ではないだろう。
「盛り上がっているところ悪いが、二人でなにを話し合っているのかね?」
そこへ、アイラとハルの様子が気になったガルディンが、二人に何事か尋ねてきた。もちろん、その傍らにはアッシュもいる。
「あっ、リーダー。いえ、実は……」
アイラは、ガルディンに先程ハルと話していたことを説明した。それは、アイラにとっても自分が抱いている疑惑の内容を整理する意味合いがあった。
「……なるほど。確かにそれも一理ある話であるな」
「というより、コイツが作られた目的って、本当に名前の通りなんですかね。わざわざエデン、なんて意味ありげな名前付けて」
アイラの説明を聞いたガルディンとアッシュは、それぞれに思うところを述べていった。特にアッシュは、地球環境制御システム、という名前そのものに疑義を唱えようとさえしている雰囲気だった。
「エデン、あなたは今、正常に動いていますか?」
【はい。私は正常に機能しています。全ての系統に、一切のエラーは確認されていません】
どうにもきな臭い感じがする。そう考えたアイラは質問の内容を切り替えた。すでにプログラムエラーが発生していることは、上のフロアにあるコントロールパネルで確認済みである。
しかし、エデンからの返答は、それとは全く正反対の内容だった。自分は正常に機能している。エラーなど全くない、と。
「アイラさん。これ、おかしくないですか? だって、エラーの原因を調べるために、俺たちはここに来たんですよね?」
「あぁ。コイツは、いよいよ雲行きが怪しくなってきたねぇ」
ハルもアイラも、エデンに対する疑惑がさらに募っていくのを感じていた。せっかく怪しい相手が目の前にいるというのに、ここで追及の手を止めるわけにはいかない。
「エデン、あなたは嘘を付いていませんか? あなたのプログラムには、深刻なエラーがあります」
【いいえ。私のシステムにエラーは存在しません。私のシステムは、全て正常です】
アイラが問い詰めるが、エデンは先程の回答の内容を繰り返すだけだった。
「エデン、私たちはあなたのプログラムにエラーがあることを確認した上で、その原因を突き止めるためにここに来たのです。あなたのプログラムを、私たちに調べさせてください」
【いいえ。その必要はありません。私のシステムにエラーは存在しません。私のシステムは、全て正常です。私のセルフチェックプログラムは、連日オールグリーンを返しています】
アイラは問い詰める手を一切緩める気配を見せなかった。しかし、エデンからの回答は自分は正常だとの一点張りで、プログラムを閲覧する権限すら与えようとしなかった。
このままでは、押し問答が繰り返されるだけで、なにも情報を入手することができない。コンピューターシステムと押し問答をすることになるとは夢にも思っていなかったが、ここは多少強引な手段を使ってでも、このエデンから情報を聞き出さなければならない。
「どうも、空気が穏やかではなくなってきたようであるな。……よし、アッシュ。我々も別の方向から調べてみよう」
「了解しました。そう言うだろうと思って、僕の方でも用意しておきましたよ」
不穏な空気が、徐々にではあるが濃度を増し始めている。そのことを感じ取ったガルディンは、アッシュに別の切り口から調査を進める指示を出した。
すると、アッシュもやはり嫌な予感を抱いていたのだろう、この地下シェルターの構造を調べるために使っていた高性能端末を取り出し、準備に入っていた。
「これで果たして調べられるだろうか? さすがに、ここのセキュリティを突破するのは並大抵のことではないであろう」
「まぁ、そうでしょうけど。だけど、エデンのプログラムにアクセスできないことには、エラーがあるかどうかも分かりませんからね。できる限り、やってみますよ」
相当厳しい状況であることは、ガルディンもアッシュも承知していた。しかし、エデンが重要な情報を故意に隠匿しているのであれば、自分たちも相応のやり方をするまでである。
とはいえ、上手くエデンのプログラムにアクセスすることができたとしても、そこからどのようにしてエラーの原因を突き止めるのか、という問題は残されている。
「エデン、そのセルフチェックプログラムの結果を見せてください」
【その要望を許可することはできません】
「エデン、私たちが見ることができなければ、本当にエラーがないのか判断することができません。再度要望します。そのセルフチェックプログラムの結果を見せてください」
【その要望を許可することはできません】
ガルディンとアッシュも動き出してくれているのであれば、自分もさらに問い詰めてやろう。アイラはなおもエデンを追及し続けたが、エデンの返答は全くそっけないものだった。
やはりなにかが変だ。ここまで情報を隠匿する必要が本当にあるのだろうか。開発者がそのようにプログラミングしたのだろうか。それとも、エデン自身の独立した判断なのか。
「アイラさん、セルフチェックプログラムの結果を見せられない理由を聞いてみたらどうですか?」
ハルはその判断をするべく、見せられない理由を尋ねることをアイラに提案した。
「そうか、よし。こうなったら、科学者のプライドに懸けて、コイツをトコトンまで追い詰めてやろうじゃないか」
アイラは、ここで諦めるようでは科学者の沽券に関わると思った。ハルの提案が後押ししたことも事実であるが、すでにアイラ個人としても、このエデンと最後まで対決する覚悟だった。
「エデン、セルフチェックプログラムの結果を見せることができない理由を教えてください」
【質問の意味が分かりません。再度質問してください】
「エデン、セルフチェックプログラムそのものに問題がある可能性を、私たちは考えています。ですが、今のままではその可能性を検証することもできません。再度質問します。私たちに結果を見せることができない理由を教えてください」
【質問の意味が分かりません。再度質問してください】
エデンはアイラの質問に対し、今度は意味が分からないという、それこそ意味が分からない返事を繰り返してきた。
アイラは段々とストレスを覚え始めていた。単なるコンピューターシステムの分際で、人間に逆らうつもりか。ふざけるのもいい加減にしろ、と。
しかし、こうしてエデンが回答を避けるということは、それだけアイラが要求している情報が、非常に機密性の高い情報である、ということを意味するものでもある。
「……ねぇ、ハル……」
その時。ハルと一緒にアイラの様子を見守っていたリーヴが、なにやら一言ありそうな表情を浮かべながら、ハルのズボンを小さく引っ張って声を掛けてきた。