「そうは言うけど、彼女は実際にここに来ちゃったんだから手遅れだよ。マナは彼女に事情を説明しちゃったし。それはどうするの?」
「記憶を消せばよいでしょう。ここはあくまで夢の中。目覚めれば夢は夢として忘れ去られる。魔術の力があれば、そういう風に記憶を
「えっ、それは……」
ゾヘドさんの提案に戸惑う。
ここでの記憶を失うのは困る。折角マナちゃんの新たな側面を知る事が出来たのだ。推す者として推しの魅力を忘れるなんて許される筈がない。いや、私が私を許せない。そんなのは何があっても嫌だ。
「だ、誰にも言いません! 協力するなと言うのなら身を引きます! だから、記憶を消すのだけは勘弁して下さい!」
「そういう訳にはいかない。『誰にも言わない』なんて台詞を信じられる程、私達のVtuber歴は浅くない。身を引くというのなら記憶もきちんと消させて貰う」
「そんな……!」
それは分かる。悲しいかな、口約束なんて信用出来る程ネット社会は甘くない。むしろ拡散・誇張・捏造は当たり前にされるものだと考えるべきだ。私の言葉を信じないのは至極当然の対応だ。
となれば、もう身を引く選択肢なんてないじゃないか。
「ど、どうすれば私が協力するのを許して貰えますか……?」
「ふっふっふ、その台詞を待ってたぞ!」
ゾヘドさんが我が意得たりと笑う。跪いていた足を伸ばして立ち、私を指差す。
「私と勝負をしろ、二倉すのこ! 私に勝ったら貴女を共犯者として認めよう!」
「わ、私がゾヘドさんと勝負……うぇええええっ!?」
個人勢木端配信者の私と企業勢一級配信者のゾヘドさんが対決!? そんなの勝負になる訳がない。ていうか、会社の極秘プロジェクトの参加の是非がそんな脳筋的な解決方法で良いのだろうか。もっとこう適正とか考慮しなくて良いのか。
「明日の『ハテグ=クラ祭』は知っているよね?」
ゾヘドさんの言葉におっかなびっくり頷く。
明日で『旧支配者のシンフォニア』テストプレイ開始日から十三日となる。二週間目を目前にして開催されるイベントが『ハテグ=クラ祭』だ。瑞加祷市の中央広場に屋台や露店が並ぶ他、幾つものミニゲームが行われる。そのミニゲームは確か殆どが対戦系だった筈だ。
「そのミニゲームには私達も参加する。貴女は偶然を装って、ちょうど私がいる時に参加して私と戦う。どう? Vtuberらしい提案でしょ?」
確かにVtuberらしいと言えばらしい。Vの活動といえばゲーム実況だ。一人の配信でもコラボ配信でもVtuberはとかくゲームを題材にする。勝負云々は別にして、私とゾヘドさんが交わるのにゲームを介するのは然程不自然ではない。そもそも『旧支配者のシンフォニア』自体がゲームだし。
「勝負は三本。先に二本取った方が勝ち。どう?」
「……いえ、どうと言われましても……」
それを私の一存で決めて良いのか。イエスと答えてもノーと答えても何かしら悪い気がする。視線は彷徨い、この場で最も決定権を持っていそうな人物に向かった。ゾヘドさんもドヤ顔で彼女へと振り返る。
「という感じでどうですかね? マナ様!」