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第55話 潜水服

「タロウさんからの返事がきました」


 レナからの報告があった、どうやらタロウも注意はしておくようだ。「でも、中ギルドの情報を知っている人については誰も知らないようです」と、付け加えられた。

 それは予想の範囲内だった。

 さて、ここからどう動くべきか。「レナ、中ギルドから支援を受けていそうなチームの位置を運営側から共有してもらえるか?」「はい、確認しますね」レナに指示を出して、俺たちは待機。


「なんだかキナ臭くなってきましたね……」

「元々権謀術数が張り巡らされていたんだから、こうなることも当り前よ。当り前」


 ユウリとチヒロがそんなやり取りをしていた。「ゴリラのおじさんがどうなったか、ちょっと気になっちゃうね」と、二人の会話が途切れたタイミングでソウジがそう差し込んだ。


「確かに気になるけど、今は雑魚に構ってる暇はないと思うわよ」

「チーちゃん……あの人たち多分私たちと同じCランクだと思うけど……」

「いいのよ、私たちのCランクは特別なCランクなんだから!」

「え、えぇ……」


 なんて漫才じみた会話が繰り広げられる。「いや、構っている暇があるかもしれない」チヒロの言葉に俺は反論をした。「どういうこと?」と、当然のようにチヒロが俺を睨み付ける。

 まぁ、自分の意見とは違う意見を出されたんだ。そりゃ怒りもするだろう。


「簡単だ。二人がはぐれたのは襲撃者に襲われた時……そう、スエズ一家は言っていたよな」「あ、分かりました! 二人を見つけて話を聞くことができれば、襲撃者の招待についてもわかるかもしれないっていうことですね!」

「ああ、その通りだ。とはいえ、こんな広いダンジョンで特定の誰かを何の手がかりもなく探し出すのは困難だろう」


 だから、移動の流れで見つけられればラッキーくらいの感覚でいた方がよい。そんな風に付け加えた。「やることは変わらず、依頼をこなしながら61階層を目指すってことよね」「それに、謎の襲撃者っていうお邪魔キャラが増えた感じだね」チヒロとソウジが結論を述べた。

 考えがまとまったところで「今現在一番近いのは魔労社のようです!」レナから連絡がきた。「今から、合流できるようにナビゲートします!」相変わらず彼女は頼もしかった。


「よし、任せた」

「はい!」


 次の目標は魔労社だ。俺たちはレナの指示に従ってダンジョンの奥へと進んでいく。


 ◆


 魔労社がいるというのは、37階層からさらに1つ階層を下にした38階層だった。たった3階層動いただけでは、エネミーの雰囲気が変わるわけもなく。俺たちの進行を妨害するような相手は皆無だった。

 襲撃者の妨害があるわけでもなく、極めて快適に俺たちは目的地までたどり着くことができたのだった。


「あれが魔労社ですか?」


 ソウジが前方を動く三つの人影を指さして、俺に問いかけた。

 ああ、そうだ。

 という意味を込めて頷いておく。特徴的なツインテールと、狼の獣人、そしてオラついた三人組といえば、俺の知る限りでは魔労社しか存在しない。


 彼女たちの素早い進行を見れば、魔労社というPTがそれなり以上に優れた組織であることが理解できた。同時に、刻々と移動する彼女たちの居所を的確に的中させることのできる、国務庁のメンバーの実力も……。

 翻せば、俺たちの場所だってそのメンバーには筒抜けだということなのだ。

 そんなことを考えながら、彼女たちに接近すると……。


 ダンッ!


 銃声が響いたかと思えば、俺たちが進もうとしていた場所が撃ち抜かれる。


「誰だァ……ってアサヒじゃねぇか。お前らも試験に参加してたのかよ」


 ナルカがぐるりと俺たちの方へと振り返り、舌打ちまじりに睨み付ける。

 だが、相手が俺だと分かった途端……その表情は少しばかり柔らかくなった。「ああ、懐かしい顔が見えたからな」「縁があってばっかりだと思いますけれど?」と、今度は社長のアスミが答えた。

 水中でも、トレードマークのツインテールは元気に跳ね回っており、彼女がかき上げたことでその騒がしさはより一層激しくなっている。


「千客万来。何の用もなく、俺たちの元へ?」

「もちろん。用はある。それも、魔労社にとって大切な話だ」

「どんなことですの?」

「もちろん教えたいが、ただで教えるわけにもいかないっていうのは……優秀な社長であるアスミならわかるだろ?」


 アスミという人間は、こういう言葉に弱いのだ。「え?おーっほっほっほ、ま、まぁ? この優秀な社長であるアスミであれば、当然分かりますわよ!」こんな風にしてすぐに釣れる。

 隣でナルカとジェが、あちゃーというジェスチャーをしているが、当のアスミは気にしていないようだった。

 ならば、一気にここで畳みかけておくとしよう。


「魔労社はどこの中ギルドに資金提供を受けているんだ? それを教えてくれるだけでいい」

「ちょっと、舐めてるんですの? いくら魔労社が金を払えばどんなことをする会社だとしても、軽々しくクライアントの名前を出すわけがありませんわよ」

「当然だな。だが、中ギルドから資金提供を受けているということは否定しないか」

「あ……そ、それはたまたま言葉のアヤで! 別にアタシたちがすごく大きな企業から目がくらむようなお金を受け取っているわけでは」

「失言音頭。社長、これ以上は喋らない方がいい」


 ジェの冷静な突っ込みが、アスミの肩に重くのしかかったようだった。

 がっくりと項垂れた彼女は「……どこかは教えませんけど、まあ資金援助は受けていますわね」と開き直った様子でこくりと頷いた。


 そこまで分かれば後は消去法だ。

 中ギルドは全部で六つ。アマテラス、六英重工業、九道、国務庁、P.S.にハイ・テクノロジーズ。アマテラスはIWATO。九道はスエズ一家。国務庁は関与せず、P.S.は最初から後方支援担当。


 となれば、残る候補は六英重工業かハイ・テクノロジーズかの二択。ここまで絞れれば、必要最低限の仕事は果たしたといえる。


 俺たちの目的が悟られる前の、これくらいが撤退時だ。


「情報としては十分だ」

「どうしてテメェがそんなことを気にするんだ?」

「ああ、それは今から話す情報にも関わってくるからだ。どうにも中ギルドから支援を受けている探索者PTが狙われている」

「何……?」


 ジェが目を細めた。

 そして俺はスエズ一家に起きた出来事や襲撃者の話を伝えた。「つまり、アタシたちの席を狙っている不届きものがいるということですわね!」ひとしきり話を聞き終えたアスミが、元気よくまとめた。


「ああ、気を付けた方がいい。襲撃者はあのスエズ一家を易々と倒すような相手だ。油断すると

「アサヒさんっ!」

「えっ、ぐわ!?」


 ソウジに蹴りを入れられて吹き飛ぶ俺。

 俺が立っていた位置に、銛のようなものが突き刺さっていた。明らかに俺を狙った一撃である。そして、こんな武器を使うエネミーはこの階層には出現しなかったはず。


 つまり……。


 俺はゆっくりと立ち上がって、銛につながれた鎖の先を見定めた。

 そこには、潜水服を身に着けた人間が一人。

 ぽつんと、居座っている。


 銛が勢いよく回収され、推定襲撃者の元へと戻っていった。


「魔労社に、アサヒチームだな……恨みはないが、脱退してもらう」


 と、くぐもった声が響く。

 どうやら相手が襲撃者で間違いはないようだった。


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