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第64話 溶岩龍


「忍法! 口寄せの術!」


 そんな声が響いたかと思えば、目の前の景色が一変。

 つい一秒前には目の前にいた溶岩龍は、姿を消して――代わり映えのない岩肌と溶岩だけが視界に映る。「すんでのところで間に合って良かったでござる」そんな声が背後から聞こえてきた。


「びっくりした……転移魔法? 随分高度なことを……」


 周囲の景色を一瞥して、チヒロは半分感心、半分呆れたような表情で素直な心情を表した。それに対して、忍者の格好をした集団は俺たちの前方に飛び移る。


「違うでござる! 今のは忍法口寄せの術! 魔法ではなく忍術でござるよ」

「そういうごっこ遊びでしょ? 忍術なんてダンジョンじゃ使用できないわけだし」

「む、むぅ! 窮地を救った恩人にその言葉、さてはお主――不義理者でござるな!」


 彼らのリーダーであろう白い忍び装束を羽織った男が猛烈な抗議を行っていた。「そ、そうだよチーちゃん……助けてくれたんだから、そういうことにしておこうよ……」「じゃあ、何よ。ユウちゃんはこいつらが変人じゃないって言いたいわけ?」「え、え-、そ……それは」


「何か論点がズレてはござらぬか? 拙者たちが変人かどうかではなくさっきのは魔法ではなく忍術であるということを――」

「一緒よ、魔法を忍術だって言い張る変人かどうかなんだから」

「え、えぇ……」


 白忍者が明らかにドン引きしてる様子で肩を落としている。

 流石に可哀想なので介入しておこう。「申し訳ない、ちょっと気が強いんだ。それよりも助けてくれてありがとう」チヒロと白忍者の間に立って俺は可能な限り礼儀正しく挨拶。

 俺をじろりと眺める白忍者。

 その顔は真っ白な装束で伺いしれないが、俺を値踏みしていることは分かった。


「ようやく、話が通じそうな人が出てきたでござるな……」

「何よ、私じゃ話が通じないって?」

「ノーコメントでござる。忍びの心は秋の水面が如く凪いでいるので」


 俺の背後から飛ぶチヒロの野次を白忍者はまるで聞こえていないかのように振る舞っていた。


「それで、俺たちを助けたのは……ただの善意ってわけじゃなさそうだな?」


 ここはダンジョンだ。

 オマケに俺たちは試験を受けているライバル同士。そんなライバルを助ける必要はない。もし助けたというのなら、それは何か目的があってのこと。その目的を通すために俺たちに恩を売りつけるのが目的だ。

 なら、腹芸は時間の無駄だ。単刀直入にでもいいから、彼らが何を求めているか俺は知りたかった。


「ふむ、話が早くて助かるでござる。主らを助けたのは……共同戦線を築きたいからでござる」

「共同戦線?」


 その通り、と言わんばかりに白忍者が頷いた。「溶岩龍に襲われているということは、主らも出会ったのでござろう? あの妖術師と」人差し指をピンと立てて、白忍者は語った。

 イマイチ、妖術師という言葉にピンとこない俺。

 俺が振り返ってユウリとチヒロに助けを求めるが――彼女たちもピンと来ていないようだった。白忍者が一体何を伝えているのか、苦心していたところにソウジが「潜水服のことじゃないですかね?」と助け船を出してくれた。


「そうでござる。水遁の術が得意そうな見目の妖術師でござった」

「わっかりにくいわね! 忍者ごっこは暇な時にやってなさいよ」

「ごっこではござらん! 拙者たちの魂でござるよ!」


 秋の水面が如く凪いだ心はどうしたんだろう。

 俺の目の前で白忍者とチヒロの口撃が続いた。俺が咳払いをして、二人の間を取り持つ。「確かに俺たちは、あの潜水服――貴方たちが言うところの妖術師と出会った。それがどうかしたのか?」俺の言葉を聞いて、白忍者も本題を思い出したらしい。


「どうにも、あの妖術師は特定の探索者たちを付け狙っているようでござる。拙者たちだけかと思ったところ――主らも狙われていることが分かった次第」

「狙うっていうのは?」

「次の階層へ進めないように、溶岩龍をぶつけてくるのでござる。どうにも妖術師は溶岩を自由に移動できる術を持っているようで――溶岩龍をトレインしてくるのでござるよ」


 白忍者の言葉は不可解なものだった。

 あの潜水服は水流ギミックを無視するだけじゃなくて、溶岩のギミックも無視しているだって?

 一体どういうことなんだろうか。あいつのスキルは未来予知。それは確定しているはずだ。でもギミック無視もできるとなると話が少し変わってくる。ここはゆっくり考えたいところだけど、白忍者の話もまだ終わっていない。


「そこで、拙者たちと主らで共同戦線を築いて溶岩龍の討伐、もしくは撃退を行いたいでござる」

「なるほど……」


 白忍者たちの提案は理に叶っている。

 木陰集会も、俺たちも、潜水服によって進路を妨害されてしまうのなら――いっそ、ここで協力してケリをつけた方がいい。それに、木陰集落の背後にいる組織について知りたいと思っていた。

 一体彼らが誰に依頼されて動いているのか――直接聞いても教えてくれないだろうから、それを探るためにも共同戦線は丁度良い。「俺はこの誘いを受けようと思うんだけど、みんなはどう思う?」


 俺の気持ちはかなり提案を呑むことに傾いていた。断るメリットがまるでない提案でもあるので、十中八九賛成するだろうと思うが一応確認。


「まぁいいんじゃない。変人だけど実力は確かだろうし」

「私も異存ありません! ぜひ力を貸してほしいくらいですっ」

「僕も大丈夫ですよ」


 と、三者三様の肯定を貰った。「ということだ。じゃあよろしく頼むよ」と、俺は白忍者に握手を求めた。「仕事柄、握手は遠慮しておくでござる。拙者はゴエモン。アサヒ殿、チヒロ殿、ユウリ殿、ソウジ殿。よろしくお願いするでござるよ」

 俺たちの顔を順に眺めていって、淡々と白忍者改めゴエモンはそう告げる。

 俺たちの名前を当たり前のように話したゴエモンにチヒロは怪訝そうな表情を見せた。


「どうして知っているの? と言わんばかりの表情でござるな。拙者たちは忍者でござるよ? 情報収集くらい訳のないことでござる。特に、アサヒ殿は探索者たちの間では有名人でござる」

「えー!? このおっさんが?!」

「おい」


 思わずチヒロに突っ込んでしまった。

 しかし、俺にとって不都合なのは俺が有名になることだ。

 俺が目立てば目立つほど……サナカに真実が知られるリスクが増えるということ。それどころか、ユウリやチヒロに知られるだけでも不味いっていうのに。このまま会話が続けば、ポロリとゴエモンが不都合な事実を零す可能性がある。


「よし、俺のことはともかく――作戦について話し合おうじゃないか」


 手を叩いて、注意を引きつけて俺は会話を切り上げた。「それもそうでござるな。今は試験中……緩くても制限時間が設けられている。急ぐにこしたことはないでござる」

 ゴエモンも俺に賛同。「どういう風に有名なのか、ちょっと気になるんだけど……」と、チヒロは不満気だったが、ユウリに彼女を窘めて貰いつつ……俺たちは溶岩龍を退けるための作戦を考えて行く。


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