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第74話 狙撃

「目標は随分と遠いみたいですね」


 だん、という音が響いたかと思えばソウジが刀を上から下へと振るう。カンという甲高い金属音が聞こえて、彼が姿の見えないスナイパーが放った銃弾を斬ったということが理解できた。


「本当――よく斬れるわね、それ」

「そうですか? 相手が手を抜いてるんですよ。銃弾が真っ直ぐ飛んできますし」

「えーっと、普通銃ってそうだと思うんですけど」

「アン様が放つ銃弾は、もっとくねくねと曲がって襲ってきますよ?」


 ソウジの言葉にユウリとチヒロが顔を見合わせた。

 二人が何を考えているかは分かる。それって、アンがただ特別なだけじゃないか? ってとこだろう。答えは正解。アンがただ特別ってだけだ。

 とはいえ、アンに育て上げられたソウジにとってはそれが普通。流石は“英才教育”を受けただけのことはある。ソウジはしっかりと怪物に育った。今はその手腕に感謝をしないとな。


「さてと、ここは僕が受け持ちましょう」

「ソウジが?」


 刀を肩において、そんな提案をソウジは俺に持ちかけた。俺が聞き返すと、ソウジはこくりと首を縦に振る。


「ユウリさんとチヒロさんは銃弾を見切るのは難しそうですし――かといってアサヒさんがここに残るわけにもいかないでしょう? 相手は僕たちの足止めがしたいみたいですから……全員がここに残ってしまうと、相手の思うつぼです」


 理路整然としたソウジの主張に、俺は首を縦に振らざるを得なかった。彼の言っていることは正しい。

 今は一刻を争う事態だ。「分かった、ここは任せる」ソウジにここを任せて俺たちは先を急ぐとしよう。次の階層を目指して駆け出した俺たち、そんな俺たちに追走してソウジが刀を振るえば、銃弾が弾かれる。


「ちょっと速くなりましたね」


 ソウジの言葉通り、発砲音と金属音の感覚がさっきよりも短くなっているような気がした。どうやら、相手も弾速を早めているようだった。でも、ソウジならきっと大丈夫だろうと信じて俺たちは次の階層を目指した。


 ◆


 55階層を超えて、57階層にたどり着いた。

 アスミの話を信じるなら、彼女たちもこの階層にいて合流できるはずだけど――当然ながら彼女たちの姿は見えない。


「う~ん、人型の反応が多くてアスミさんたちの居場所は分かりませんね」

「だよな、ありがとうレナ」


 頼りのレナも今の状況では力を発揮できないみたいだった。「レナはアスミたちに連絡を入れておいてくれるか? 出るかは分からないけど」取りあえず、アスミたちと連絡がつく可能性にかけておこう。


「う~ん、残念だけどアスミちゃんたちは今忙しいかもね」


 前方から、俺とレナの会話に割り込んでくる人が1人。聞き覚えのある声だ、きっとその声の主は。


「ミンセント――また出たのね」


 槍を構えて、その切っ先を彼女に向けたチヒロが彼女の名前を呼んだ。

 相も変わらず軽快な服装の彼女は、サングラスをカチャカチャと動かしてダンスでも踊るみたいに俺たちに歩み寄った。


「そう、さっきぶりだね。元気そうで何よりだよ」

「ああ、お陰様で元気に過ごせてるよ」

「あーっはっはっは! 皮肉たっぷりでいいね、これに関してはボクが悪いから仕方ないか!」


 いつもと変わらない様子で快活な笑みを見せるミンセント。

 あまりにも調子が変わらないので忘れてしまいそうになるが――彼女は、俺たちが急いでいる原因を作った張本人なのだ。その人懐っこい笑みと、ついつい懐に入れてしまいたくなるような朗らかさだけど、油断は絶対にしちゃいけない。

 俺たちの警戒を感じ取ったのか、ただの軽口の一環なのか、こてりと首を傾げたミンセント。


「うーん、その様子だとやっぱり魔労社は君たちに救援を求めたんだよね~。不思議だよなぁ、アサヒ君は。不思議と君の周りには人を集めて、不思議と人の注目を浴びる。大して強くもないのにね」

「おっさんが大して強くもないのは認めるけど、そういうアンタはもっと弱い探索者じゃないの?」

「おい」


 チヒロの買い言葉に俺は一応ツッコミを入れておいた。「勘違いしないで欲しいけど、オマケのオマケには全く興味がないから」チヒロの言葉を意に介さず、ミンセントは冷たく彼女をあしらった。

 ぐるりと、その場でひと回りしたミンセントは不敵な笑みを見せる。


「あの狼君の居所はボクが知っているとしたらどうする?」

「案内して欲しいって言うかな」

「嫌だと言ったら?」

「――力尽くで、できるなら」


 沈黙が俺たちの間に訪れた。

 数秒にも、数分にも、数時間にも思える重い沈黙が続けば――「あーっはっはっは!」と、ミンセントの爆笑が沈黙を打ち破った。

 くるりと俺たちに背を向ければ。


「そんなことする必要ないよ。ついておいで、案内してあげるから。あ、でも」


 案内するという言葉とは裏腹に、俺たちを置いていくほどの速度で駆け出すミンセント。ちらりと俺たちに視線を向ければ「オマケのオマケは必要ないから――ついてこないでね」まるでそれが合図となって、ビルの廃墟から姿を見せるのはエネミーたちだ。

 この階層のエネミーたち。

 人型エネミーで銃を武器にする厄介な相手だ。そんなエネミーが俺たちの行く手を阻む。


「タイミングが良すぎますね……」

「こいつらの相手をしてたら、ミンセントを見失っちゃうじゃない!」

「どうするべきか……」


 思い思いの言葉を口にしながら、俺たちは口だけじゃなく足も動かした。道を阻むエネミーを何とか迎撃していくが、やっぱりまともに相手をするとミンセントに追いつけない。

 ここはソウジがしたみたいに誰かが残った方が――だとすれば、適任は俺か?

 チヒロやユウリじゃ実力的にここのエネミーを相手にするのは少し、いやかなり不足しているように思える。ミンセントの実力は底知れないが、この大量のエネミーを相手にするよりは――俺が追いつくまでなら――そう考えればここで残るべきなのは俺だ。

 そう考えて、俺が足を止めようとした瞬間。


「おっさん! ここは任せなさい」


 俺よりも早くユウリとチヒロが足を止めた。「癪だけど、ミンセントにとって私たちはオマケのオマケみたいじゃない」「道を拓くくらいなら、私たちでもできます。だから! 行ってください!」背後から迫るエネミーを二人で捌く。

 こうなっては、迷っている時間はない。

 俺は二人にここを任せて、ミンセントの背を追うことに集中した。戦場では、判断の速さが全てを別つのだから。

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