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砂の海に浮かぶ島

◇◆◇


 一方その頃、広大な砂漠の一角を進む巨大な要塞の中で、覆面の男が机の上に置かれた球状の機械を見ながら、手にしたグラスの中にある液体を揺らしている。覆面をしたまま酒を飲むことはないだろうと部下が好奇心で彼の飲酒シーンを覗いたりもするが、その素顔を拝めた者はいない。見た者が殺される、というような物騒な話でもなく、本当にどうやっているのかは謎だが彼が酒を飲んでいる瞬間を見ることができないのだ。それでいてグラスの中の酒はしっかりと減っていく。実に不思議だ。


 その男、世界に悪名を轟かす砂海賊『スコーピオン』の頭領は他に誰もいない部屋で一人笑い声を上げていた。


「フフフフ……ハハハハハ!!」


 その声を聞きつけた髭面のヴィクトールが部屋を覗いて声をかける。


「どうしたんですかい、おかしら。何か楽しいことでもありやしたか?」


 実際のところ最近の世界情勢はスコーピオンにとって楽しいことばかりだが、頭領が大笑いをしているのだからまた何か大きなニュースがあったのだろうと期待に目を輝かせている髭面の中年男性である。


「エーテルナが共鳴している。他のエーテルナが目覚めたんだ」


「はあ、そんじゃ奪いに行きやすかい?」


 エーテルナは奇跡のお宝だとは聞いているが、具体的に何ができるのかはよく分かっていない。分からなくても、自分達にできることは奪うことだけだと理解して、無駄なことはしようとしないのがヴィクトールという男だ。常に単刀直入、信頼関係が構築されている仲では実に小気味いい。


「そうだな……うるさい蛇の相手にも飽きてきたし、軽くちょっかいをかけに行ってみるか」


 男は要塞の進路をラトレーグヌへ変更するよう指示し、またグラスを揺らしはじめた。ヴィクトールは黙って頷き部屋を出ていく。またひと暴れできると頬を緩めながら。


◇◆◇


「ねえ、フレスヴェルグ。人型アルマに乗って一人旅してる男の人を探すことはできる?」


 リベルタが自分を空に連れていくアルマに話しかける。考えなければいけないことはいくつもある。だがこうして飛び出してしまったからには、一番の目的を追わなくては。他のことは後で考えればいい。


『ネットワークから探すのは難しいですが、こうして空を飛んでいるのです。周辺を見回してみましょう』


 世界の地図を調べることのできるフレスヴェルグでも、そこを旅する人間を個別に把握することはできない。そもそも多くのアルマは暗号化通信を使っているので個人識別は難しい。


「こうして空から見ると、本当にどこまでも砂漠が広がっているのね」


 リベルタが初めて見る外の世界は、どこまでも砂に覆われた黄色い世界だった。地平線まで続く砂漠に、ところどころ岩山があったりささやかなオアシスがあったりする。少し先には人間の町が見えるが、まるで砂の海に浮かぶ島のようにポツンと存在している。


『あそこの町で補給をする予定です。この姿で近づけば大騒ぎになるでしょうから、一旦地上に降りて変形をしていきます』


「変形?」


 アルマが変形するなんて、聞いたこともない。だがよく考えればリベルタは世の中のことをほとんど知らない。こんなにも広い世界なのだから、どこかに変形するアルマがあってもおかしくないだろうと納得した。実際に存在するので彼女の考えは間違っていないのだが、世間一般の認識とは大きなずれが生まれてしまっている。


『利便性を考え、移動用のトリ型と戦闘用の人型の二つの形態を使い分けます。人型アルマは苦手なようですが、ご心配なく。あなたが思っているよりずっと楽に操作できますよ』


 フレスヴェルグの言葉になんだか不穏なものを感じるが、特別区を飛び出したリベルタには何もできることがない。行くあてすらない。まずはこのよく分からない太古の機械の言葉に従って、この世界で生きていくための基盤を作らなくてはと思うリベルタだった。




「どうしたロキ? 何か見つけたのか」


 少し離れた砂漠の上で、自分の乗るアルマに話しかける男がいた。薄い色の肌にグレーの目を持つ男は、茶色い髪を短く切り揃え、白いスーツに身を包んだ清潔な印象の若者である。


『どうやら私と同種のアルマが近くにいるようです』


 ロキと呼ばれたそのアルマは、人型をしている。人型アルマはその特殊な使用感から各国軍の最精鋭部隊である機兵団に所属し、胸の辺りに所属国家のエンブレムを刻印しているものだが、このアルマにはそれがない。ホワイトの愛機であるシヴァも同じだが、このロキのシルエットはスマートな人型で、機体が左右非対称アシンメトリーの形をしている。右半分が黒くゴツゴツとした重装の機械であるのに対し、左半分は白く滑らかで、生物のような印象を与える。かなり不思議な姿をしているのだが、そもそも多くの人は人型であるということに強い印象を持つため、その奇異な姿が話題に上ることはほとんどなかった。


「同種のアルマだって? ならお前の故郷を知ってるかもしれねぇな」


 男は楽し気に笑うと、そのアルマに接触しようと考えた。すぐにロキがモニターを開き、地図を見せる。


『そのアルマはレンコントの町に向かっているようです』


「なんだ、やたらと移動が速いな。人型じゃないのか?」


『飛行タイプのようです。そのまま人前に姿を表せば、とんでもない騒ぎになるでしょう』


「へーえ、まさにお前と同じってわけだ。変形するのか?」


『間違いなくするでしょうね。私と同種ですから』


 ロキの口調にも、面白がっているような響きが加わっている。一人と一機は談笑しながら、レンコントの町を目指して進むのだった。

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