◇◆◇
「今回のアルマ・タスク優勝は、サソリ二機のアーム破壊に成功したベル選手です! 前回に続いて二連覇だー!」
ラトレーグヌの首都ステリストでは、アルマ・タスクの大会が終了していた。優勝者は人気の若手プロゲーマー、ベル・セルコだ。賞金の一万インフォルモを手にして笑顔で観客に手を振る。
「今回は久しぶりにスコーピオンが敵でしたね。どうでしたか?」
インタビュアーにマイクを向けられたベルは肩をすくめ、笑顔を歪めた。
「敵機のパラメータがずいぶん強化されていたね。まさか全員がかりで一機も落とせないとは」
「今回は防衛任務でしたからね。敵を退けるのが目的ですから、あえて強くしていたのかもしれません。そんな相手でも四機中二機の部位破壊を成し遂げたのはさすがでした」
「ありがとう」
ステリストの中央広場では多くの観客がゲーマー達の戦いに熱狂し、優勝者を称える拍手がいつまでも鳴り響いていた。
◇◆◇
空を飛んで逃げるフレスヴェルグとロキだが、行き先を特に決めていない。リベルタが衝動的にブラックを拒絶した結果なので、一旦彼女の気持ちが落ち着くまではあてどなく空を飛んでいくことにした。
「どうしよう、人前で変形して空を飛んじゃった」
今更になって、リベルタは自分がやったことの重大さに頭を抱えていた。空を飛ぶ機械は存在せず、各国は血眼になって探している。それが世間知らずのリベルタでも知っているほどの常識である。
『そこはあまり気にしなくても大丈夫ですよ。カエリテッラの機兵団長がスカウトしに来たのが、まさに私の能力目当てですから。少なくとも彼に命令をした人物は私が空を飛べることを最初から知っています』
フレスヴェルグがリベルタをなだめるように解説をした。ブラックがわざわざラトレーグヌの領土内に侵入してまでリベルタに協力を依頼してきたのだ、言われてみればそれだけの理由があるということ。エーテルナというアーティファクトはとんでもない機能を持っているのでどこの国も欲しがるのは当然だが、カエリテッラの動きとあの国の目的を考えればフレスヴェルグの言葉を疑う余地はないだろう。
「それよりも、ブラックの協力依頼を拒否して良かったのかい? どこの国だって多かれ少なかれ後ろ暗いことはある。自国民の虐殺はさすがに酷すぎるけど、それを偉そうに批判できる国もそうはないよ」
リベルタの表情が落ち着いたのをモニターで確認したジャンが、改めてリベルタの意思を問う。今ならまだ引き返すことも可能だろうし、自分はロキのようになんとしても彼女がカエリテッラの保護下に入ることを妨害しようとは思っていないのだから。しかしリベルタは別のことに思いを向けていた。
「……楽園って、植物が沢山あるんだよね?」
植物の危険性は大天回教が特に強く主張しているが、最近のニュースで世界中の人間が植物を恐ろしいと感じるようになっていた。クラーラの件がなくとも、メルセナリアで発見された寄生樹アンゼリカはそれだけで全人類が恐怖するほどである。おかげで緑化運動をしていた団体も最近は息をひそめるように活動を抑制している。
『そういう噂ですね』
リベルタの質問に答えたのはロキだった。ロキは楽園で生まれたと自認している。そこは緑であふれていると言われている。ジャンやリベルタのような人間をそこに連れていくのが正しいことかはロキやフレスヴェルグにも分からなかった。
『この星の原生植物が地球人類にとって恐ろしい敵なのは間違いありませんが、全ての植物が人間の敵というわけではありません。砂漠のサボテンや町中に生えるサクロ、そして生産プラントで栽培されている野菜や穀物は人間に害をなすことはないですから』
フレスヴェルグの言葉にもリベルタは大きな反応を見せず、相変わらず思考を巡らせている。大天回教が敵視する植物、それに対する人類の結束を図るためなら、自国民を無惨に殺すことすら厭わない。メルセナリアでは数えきれないほどのエクスカベーターがアンゼリカの餌食になったという。その一方で、楽園は
「――楽園に行こう」
もとよりそのつもりだった。理由は自分を助けてくれた紳士的な男性に会うためだったが、新たな理由が生まれた。それははっきりと言葉にできるものではないが、多くの出来事に関わっている〝植物〟という存在についてもっと知りたいという感情によるものだ。
ブラックについては、彼個人を認められなかった。リベルタにとって、他者の自由を奪う究極の行いである殺人は許し難い罪であり、それを最初から命をかけている軍人ではなく民間人相手に行ったことはとても受け入れられない。それに加えて、彼がそんな暴挙を行ったのが上からの命令であるという点がどうにも気に入らなかった。それはつまり、彼の自由意思によるものではないからだ。
自分の意思によらず、他者の自由を奪う。それも大量に。単純な倫理観や正義感ではなく、リベルタの中にやっと芽生えた自由を尊重する信念が、ブラックの行いを決して許すことができない。
結局のところ、一種の八つ当たりなのだろうと思う。自分は今まで何の信念も持たずにただ流されて生きてきた。それなのに環境に合わせて享楽的に生きる友人達と自分の間に勝手な線引きをして、何とも思い上がった態度で不真面目な人生を送っていた。そんなどうしようもない自分がやっと見つけた、譲れない理屈。人の自由を奪ってはならないという気持ち。それが自分の心の中で見つけた、たった一つの宝物なのだ。だからその信念に反するブラックの行いを許してしまったら、せっかくの宝物が傷ついてしまう。どこまでも利己的な理由で、まるで聖人君子にでもなったかのように、あるいは潔癖症のように、他人の罪に対する嫌悪感を示しているのがリベルタという人間なのだ。
『それでいいと思います、リベルタ様』
フレスヴェルグは主の内心を読み取った上で、全てを肯定する言葉を投げかけるのだった。