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第72話 撮影準備

 更衣室で衣装――じゃなくて新しい防具に着替える。

 1着目は私が黄色とオレンジ、蓮くんが青とインディゴの奴ね。

 隠し部屋を使って衣装チェンジをしながら3本動画を撮って、後で私がいい所を選んで繋ぎ直すのだ。だから、多少の失敗もOK。



「わあっ! 似合うー。ゆーちゃんも蓮くんも似合ってる! 凄いぜ私!」


 着替えて出たら、あいちゃんが拳突き上げて大興奮だ。

 うん、アポイタカラ製布防具、トレーニングウェアのような着心地でフィットしてるし、凄くいい!

 昨日ママが服に向かって包丁突き立てるの見たときには悲鳴上げたけど、傷ひとつついてなくて感動した。あれで防御力は実感したね。


 靴はワーキングブーツで、ちょうど足首辺りにごっついベルトが付いてそれがかっこいい。これも爪先が凄い固くて、ベニヤ板に蹴り入れてみたらバリッと割れたけど私の足はノーダメージ!

 防具で攻撃力上がってるって何事かな? って気もするけど、丈夫な防具って素晴らしいね。私が初心者の服を推す理由も「丈夫だから」なので、そういう意味でもこの防具は最高!


「あ、安永蓮です。デザインありがとう」

「どーもどーも、平原愛莉です。蓮くんが売れた暁には私の宣伝もよろしく」


 ちゃっかりしてるよ、あいちゃん。

 蓮くんとあいちゃんが服のデザインについて話してる間に、私は車からヤマトを連れてきた。リード付きで、今日はヤマトはママが連れて歩く予定。ママとあいちゃんの護衛みたいなもんだしね。


「準備いい? 2層に降りる階段から駆け抜けるわよ。メイクとヘアセットは下に着いてからね」


 ママはどっかで見たことあるようなジャージ着てる……と思ったら、あれだ! 胸に漫画に出てくる高校名が書いてある! グッズを実際に着るのかー! 鑑賞用に買ったんじゃないんだー。


「ママ、そのジャージ……」

「いいでしょ!」

「いいでしょじゃなくて、万が一破いたりしたら後悔しない?」


 胸を張ってドヤ顔してるママは、ふっと遠くを見つめて微笑んだ。


「いいの。もし破けたりしたら、マキくんが特訓の末に破いたジャージって設定で飾っておくから。それはそれで美味しいし」

「わあ、オタクの想像力逞しい-」


 むしろ今日はジャージ破けた方が嬉しいのかもな……普通にしててなかなか破ける物じゃないから、ママの中ではレア度が増すかも。


 前に蓮くんたちと初めて会った日は、サザンビーチダンジョンは恐ろしく混んでいた。あれから2週間経って、それは落ち着いたみたいだ。

 まあねえ、あれだけの人数が隠し部屋とか探しまくったらもう見つかっちゃうだろうし、激レア従魔なヤマトだって「どこに出るかわからないから、むしろ一度出たサザンビーチダンジョン以外の初級を当たれ」って言われ始めてるみたいだし。


 私たちはヤマトと一緒にダンジョンの1層に踏み込んだ。あいちゃんに蓮くんのロータスロッドを背負わせ、ママは村雨丸を背負う。そして、私と蓮くんとあいちゃんでアプリ使ってパーティー登録。

 これで、万が一経験値が入っても3分割だから蓮くんのレベルアップのリスクは回避できる。


「ヤマト、いい? これから一直線に最下層へ行くからね。途中でモンスターが出ても戦わないでね」


 私が言い聞かせると、こっちの顔をじっと見るヤマト。理解してるかな? と思ったら口を開けて「てへっ」て感じに首を傾げた。

 か、可愛いー! 可愛いけど、これはちょっと期待できないかも!


「ママ、頑張って着いてきてね」

「大丈夫大丈夫! ヤマト、ユズの後ろを付いて走るのよ。わかったわね。ユズと蓮くんはひたすら先を走って。こっちはそれに付いていくから」


 ママが真剣に言い聞かせたら、ワンっていいお返事をするヤマト。なんでー。くうっ、最初の日もそうだったけど、ママの言うことは結構聞くんだよね。

 やっぱり、ママは「ママ」なのかな。サツキとメイとカンタもママの言うこと聞くし。


「じゃあ、行くよー!」


 私は階段を降りてダッシュした。すぐ後ろを蓮くんが走っていて、あいちゃんとママも遅れずに付いてきてる。ヤマトは――ママにちゃんと併走してる!


「解せぬぅぅぅー!」

「なにこれー、すごいスピード出る! きゃーはははは! 楽しい!」


 あいちゃんは初体験のスピードに大はしゃぎだ。

 前回とは比べものにならない速さで私たちはダンジョンを突っ切り、10層にあっという間に到着した。


 今日は10層には誰もいない。宝箱もボスも、リポップするにはまだ早いみたい。

 隠し部屋を覗いてみたら、鉱床も掘られた後でまだ壁が再生してなかった。


 うーん、確かにこれは、今一番来るメリットがない場所かもしれない。

 なまじあの配信で有名になったから、今一番「うまみがない」と思われてるみたい。


 10層まで来るのに汗も掻かなかったから、そのままメイクに入ることになった。

 アイテムバッグからママのドレッサーをドンと出すと、蓮くんが呆然とし、あいちゃんが爆笑してた。

 だって、ママが「このまま入るでしょ」って言うからさー!


「アイテムバッグ便利じゃーん、私も欲しいなー」

「あいちゃんも冒険者続けたらどっかで拾えるかもよ?」

「じゃあ、次ゆーちゃんが見つけたら売ってよ、容量小さくてもいいからさ。予約ね!」

「いや、私も高校出たら冒険者続けるつもりないけど。テイマーになれたし」

「あ、そうだよねー。待てよ、そうすると私の方がダンジョンに潜る回数は増えそう」

「クラフト大変だってー。あいちゃん頑張れ」


 しゃべってる間もあいちゃんの手は無駄なく動き、私の髪を結い直した。最後までここは悩んだんだけど、結局実際に戦うときは頭部防具付けるからってヘアアクセはなし。前髪だけちょっと指先でワックス付けて流れ整えて、後はみなとみらいの時みたいに顔を作られた。


 その間に蓮くんは自分でメイクして、髪の毛もワックスでナチュラルっぽくくしゃっとさせて、掛かった時間は2人とも同じくらいかな。


「わー、本当だ、なんか違う。どこがどうと具体的には言えないけど」


 蓮くんのメイク、何やってるかは私からは見えなかったんだけど、こう、目力が増して顔が立体的になってるというか?


「ちゃんとノーズシャドウとか入れてるのよね、私ライブでもそこまでやらないわー。蓮くん凄いわねー」


 ママの方は蓮くんのメイクの過程を特等席でバッチリ見てたらしい。凄い真剣な顔してるけど、この人は推しを見るとき笑顔通り越して真顔になるんだよね。


「今日はよく出来てる。特訓の甲斐あった」


 蓮くんも満足げだ。

 ちなみにこの間、何組かのパーティーが来たけどボスがいないのを確認して回れ右している。ボスのいない最下層、居座る意味がないもんね。


 そして、ダンジョンの最下層の海と砂浜をバックに、私たちのMV撮影は始まった。


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