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第121話 ドMですか

「お、おはよ」

「おはようー」


 合宿最終日、洗面所で顔を洗って出たところで蓮に会った。

 凄いな、さっき中森くんなんか盛大に寝癖付けて歩いてたけど、早起きしてセットしてるのか何なのか、髪型に乱れがないよね。


「片桐先生、凄いよな」


 何故か、私に並んでぼそっと蓮が呟く。


「それは昨日私も思ったけど」

「帰ってきてから風呂に入ったときに一緒になってさ、いろいろ話聞いたんだよ」


 あー、なるほど。確かにあのタイミングなら一緒になるよね。私も西山先輩たちと一緒になったんだし。


「魔法の活用とか教えてもらった。アクアフロウを直接ぶつけるんじゃなくて、床を水浸しにしてから雷魔法で感電させたり、氷魔法で凍らせたりして動きを阻害したりとか」

「ロマンだねー、水魔法と雷魔法のコンボ」

「どんなロマンだよ。おまえは全く……」


 呆れられましたが、これはロマンの極みじゃないの!? 少なくともママとか彩花ちゃんは同意してくれると思うんだけどな!


「今まで俺たち、連携とか余りとらないでバラバラに戦ってたけど、ああいう司令塔がいるとスムーズだよなーって思ってさ」

「うん、私も思った! Y quartetの場合はさ、前衛ふたりだけど私は切り込み隊長じゃん? だから聖弥くんが落ち着いて周囲を見られるようになったら、そういう役目ができると良いかなあって」

「聖弥なら……慣れてくればできると思う。元々冷静なタイプだし。てか、聖弥って昨日何かあったか?」


 蓮は思いっきり眉をしかめてるけど、そんなに聖弥くんの様子がおかしいんだろうか。


「昨日……?」


 昨日は……なんかいろいろありすぎて記憶が散漫だなあ。

 私が首を傾げていると、蓮は洗面所からちょっと離れたところに行って私を手招きした。こっちはあまり人がいないから、人に聞かれたくない話なんだろうか。


「聖弥がおかしい。急にへらへらし始めたり、夜ずっとourtube見てて赤面してたり。あと、やたらアイリの話が出る」

「あ、あー!」


 それか! それなら心当たりがあるよ!

 思わず大きな声を出してしまった私に、蓮が「声がでかい」と注意してきた。


「うん、あった。昨日午前中に聖弥くんが盾持っていちいち攻撃受けてから倒してたから、あいちゃんがキレちゃって」

「うわ、アイリキレさせたのか。こえー」

「この合宿って、1年生の目的はLV10を達成しようってことじゃん? それを超えてる人って、要はサポート要員なんだよね。だからあいちゃんが『あんたは主役じゃない』ってビンタして」


 昨日の午前中に起きたことをダイジェストで説明すると、「それでおかしかったのか!」と蓮はしゃがみ込んで頭を抱えた。


「昨日あいちゃんに怒られてから口数が少なかったのは確かだよ」

「昼休憩の時、なんで俺がアイリを呼び捨てにしてるか聞かれた。最初はそもそもourtuberとして知ってたせいなんだけどさ」


 そこから午後の「アイリちゃん」に繋がったのか……。

 これは……もう……あれですね。

 わかりやすいフォーリンラブ。


 しかしなあ……あいちゃんかー。よりによってあいちゃんかー!

 見た目可愛いけど中身があれだからモテない人の代名詞、あいちゃんかー!

 いや、聖弥くんの場合外見じゃなくて、中身で惚れたみたいだからいいのかな?


「なんだよ、その百面相」


 心の中でいろいろ考えてたら顔に出てたみたいで、口をへの字にした蓮にツッコまれた。


「いやー、『たで食う虫も好き好き』ってことわざがあったなあって」

「まあ、俺も似たようなこと考えてたけど。どう見ても昨日一日でアイリに恋してるよな……」


 すっごい嫌そうに言うなあ。まあ、私も聖弥くんの茨道を考えると、キャッキャして野次馬で楽しむ気にはなれない。


「でもさー、聖弥くんには悪いけどあいちゃんって……」

「僕が何?」

「ぎょわっ!」


 本当に驚くと、人間はナチュラルに変な悲鳴を出せるんですね!

 自動販売機の陰から聖弥くんが笑顔で現れたので、私と蓮は思いっきり悲鳴を上げてしまった。


 ああああー、やばい気まずい!

 噂してたところにその人が来るの、すっごい気まずいよ!


「昨日聖弥がおかしかったから、同じパーティーの柚香に何かあったかって聞いてた」


 うわっ、蓮は平然と事実を言うなあ! 

 目つきすっごい悪いけど!


「あ、うん。ちょっと昨日いろいろあったね。やっぱり蓮にはバレちゃうかー」


 テヘヘと笑う聖弥くんは、照れてはいるけどあんまり誤魔化そうとはしていないっぽい。私は男子とこういう話をしたことがないので、ちょっと態度に困るなあと思っていたら――。


「あのさ……やっぱり、アイリちゃんって可愛いし凄くモテるよね?」

「私の知る限りモテたことはないよ……」


 ちょっともじもじしながらそんなことを聞いてくるから、思わず即座に答えたよね。

 えっ? って聖弥くんは不思議がってるけど、むしろビンタされた人間としてその理由がわからないって何だろうなあ!


「あいちゃんはさ……確かに見た目はいいけど、遠慮が無いしすぐ手とか足とか出るじゃん。中学の間、何度男子と喧嘩してたことか……。もしかしたら密かに好かれたりしてたかもしれないけど、告白されたりしたって話は一度も聞いたことないよ。

 てか、聖弥くんだってあれで引いたりしなかったの?」

「僕、女の子から告白されたことはあっても、あんなに怒られて叩かれたの初めてで……」


 由井聖弥ァー! どうしてそこで顔を赤らめるんだー!

 私と蓮は揃って、「えええええ」って顔で聖弥くんを見つめてしまった。


「誰かを叱れるって、凄いことだと思うよ。相手のことを考えてるって事だもんね。僕だったら、余程好意を持ってる相手じゃなかったら叱ったりしないで放置するから」

「ドMなの?」


 うっかり口から本音が漏れた!

 いやだってさ、ぶったたかれてブチ切れられて、それで「自分のことを考えてくれてる」ってどんだけのポジティブ思考なのよ!?

 あれって人を好きになるようなシチュエーションだった?

 少なくとも私の感覚では否だ!


「あ、でも恥ずかしいから、この事は他の人には言わないようにして」


 手を合わせて私たちを拝む聖弥くん。


 もうね。

 レアなんですよ。人を拝む由井聖弥という存在が。

 腹黒王子って言われるくらい、裏から手を回すタイプだからさ……。

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