目次
ブックマーク
応援する
11
コメント
シェア
通報

第145話 大仏切り通しの戦い

 やられた! 爆竹の音に気を取られて後方の守りが薄くなった!

 聖弥くんですら一瞬浮き足だって前に出てしまったところで、ミレイ先輩を捕らえられた。


 というか、これ前方後方挟まれてるね……。


「こいつの首を掻き切られたくなかったら、その暴走ドッグをおとなしくさせとけよ」


 まず最初に言われることがそれかい!

 妙にもこもこした黒ずくめの服に目出し帽の、男と思わしき人物がミレイ先輩の首筋にナイフを突きつけていた。

 私は仕方なくヤマトの首輪を掴んで押さえる。ヤマトが本気出したら振り切られちゃうけど、ポーズは大事だよね。


 ……ほう、得物はナイフか。これは手慣れてそうだね。人の首を掻き切るのにショートソードなんて要らないもん。

 なんて冷静に分析してる自分がなんか変な感じだなあ。


「変なことは考えるなよ。そこの坊主の体当たりと、俺の手が動くの、どっちが速いだろうな」


 ミレイ先輩のすぐ側にいた聖弥くんが悔しそうに歯がみしながら後ずさった。

 いくらステータスが高くても、さすがに首筋に当てたナイフを動かす方が速いよ。


「武器を全部そこに置け、盾もだ」


 同じような服装の奴らが3人ほどぞろぞろと出てきて、私たちにそう要求する。

 私たちは彼らを睨みながら、各々の武器を地面に置いて両手を挙げ、抵抗の意思がないことを示した。


「服もアポイタカラ製だよなあ。それも脱げよ。命は取らないでやるからさあ」


 左端にいる奴が、だらけた姿勢でこっちに向かって「もっと寄越せ」と言わんばかりに挑発交じりに指を振る。目出し帽越しにも下衆な笑みを浮かべてるのがわかるよ。


「脱ぐからミレイ先輩を離して!」

「ヒュー! ゆ~かちゃん勇気あるねー! ほーら、ストリップショーターイム!」


 わざと大きい声で奴らの注意を引きつつ、一歩前に出てトップスに手を掛ける。

 煽られてるのがむかつくけど、まあアポイタカラセットアップは脱いだっていいんだ。どうせ下にも夏の定番な涼しいブラトップキャミソール着てるし。

 ――それに、私が一番目を惹けるしね。


 女の子の私が服を脱ごうとしてるので、目出し帽の連中の注意が私に一瞬集中した。


「ミラージュ!」

「ブッ!」


 そこに響く、聞き慣れた女の子の声とウサギの声。その瞬間から、悲鳴を上げ始めたのは男たちの方だった。


 か弱そうな振りをして、首筋にナイフを当てられたまま両手を挙げていたミレイ先輩も、エグい威力の肘打ちを叩き込む。肋骨が折れる鈍い音がしたけど、先輩は動揺した様子はない。

 これが! 冒険者科の3年生だよ!


 先輩は男の手を掴んだままで、自分がくるりと回転する。結果的にひねられた男の手は簡単にナイフを取り落とした。それだけではなくて、妙にぷらんとしているから肩も外れたらしい。


 ミレイ先輩、合気道やってるって言ってたんだよね。

 ひねり方に稽古用と実戦用があって、それを変えるだけで相手の関節外したりできるって言ってた。


 肋骨を折って右肩を外した男を、更に容赦なく投げて地面に叩きつける。こういう容赦のないところ、本当に私と似てるなあ!

 ――寧々ちゃんたちが共同で開発した「サポーター用防具」は、蛍光グリーンのメッシュゼッケンベストだったのだ。

 STR65の補正が付いたミレイ先輩は、自分を拘束していた男を投げると素早く後方に退避した。


「プリトウェン!」


 運命の盾を呼ぶ聖弥くんの叫び。プリトウェンは僅かに浮いて聖弥くんの声に応え、自力でこちらに戻ってきた。

 それに飛び乗り、スケボーの要領で滑走していく聖弥くんは凄いスピードだ。あっという間に蓮のロータスロッドを掴んで、それをこっちに放り投げる。


「蓮!」

「ナイス、聖弥! アクアフロウ!」


『どこ狙ってんだ!』

『やっぱりノーコンなのか!?』


 蓮のアクアフロウは男たちを直撃せず、手前の地面に当たって弾けた。

 ノーコンじゃない。これでいいんだ。


『後ろ!』

『後ろにいる!』


「残念ながら予測済み!」


 最初に私たちの前方で爆竹を鳴らして、注意を向けさせた奴らがいる。

 ミレイ先輩を人質に取るグループの方は失敗してるから、そいつらも出てきてまだ装備が完全じゃない私たちを片付けようとしているんだ。


「ライトニング!」

「ぎゃあああああ!」


 蓮の放ったライトニングは、アクアフロウで水浸しになっている場所を直撃した。足下が濡れている男たちは、もれなく感電してばたばたとその場に倒れ込んでいく。


 先輩はこれを想定してゴム底の安全靴を履いてるから大丈夫。それに、思ったより距離取れてる。さすが!


 私は振り向きざまに太ももにセットした棒手裏剣を手にした。


「寧々ちゃん! 足止めお願い!」

「OK!」


 見えないけどもすぐ側にいる寧々ちゃんにサポートを頼み、私は半端に脱ぎかけていたトップスを放り投げた。着るか脱ぐかで言ったら、脱ぐ方が速い!

 太ももに手をやって、手に馴染んだ棒手裏剣を短剣替わりに突っ込んでいく。

 斧を振り上げてこちらに向かってくる男の動きが、マユちゃんの幻影魔法で止まった。


 目出し帽越しに、首筋に思いっきり棒手裏剣を突き立てる。目出し帽とはいえ防具越し。だけどかすり傷でもいいんだ。

 これには、「デストードの痺れ毒」が塗ってあるんだから。


 すぐに2本目を手にして、手近にいたふたり目、3人目と「処理」していく。

 幻影に惑わされている男たちは、私の本当の位置を把握することもできないままで次々に無力化されていった。 


 5本目の棒手裏剣を使い切ったのに6人目がいたから、アイテムバッグからイスノキの木刀を取り出して、手加減せずに脛をぶっ叩く。骨の砕ける音と、男の悲鳴に一瞬だけ「やりすぎたかな」なんて思ってしまった。


 ……やりすぎじゃないよ。私は男が魔法職じゃないことを確認した上で、一番効率的に動きを封じる方法を採った。


 聖弥くんが腹黒だとか、ママが策士だとか言うけど、私もこういうことが出来ちゃう人間なんだよね……。


「うらァ!」


 一瞬そんな感想に浸っていたら、背後で聞き慣れた声。

 あ、前田くんも男のふくらはぎを槍でブッスリやっている。

 だよねー。狙うならやっぱり足だよねー。よかったー。私普通だー。


「おまえらは何人だ。正直に言わないと痛い目に遭わせるぞ。ヤマトを使って」


 ドスの効いた声でひとりを尋問するのは片桐先生。

 片桐先生が尋問してる奴以外を、倉橋くんが木刀で殴って気絶させていく。


 そうです。あらかじめ5層には、こっち側の戦力も潜んでいたんですわ。

 マユちゃんの幻影魔法を使って姿を消してね。

 倉橋くんと前田くんは寧々ちゃんの護衛。片桐先生は、うっかり学校で聞かれちゃったから「生徒を守る」という名目の元に助っ人に来てくれた。

 中級で何層になるか分からないから、安達先生は来てくれなかったよ……。


『味方!?』

『何がどうなってる』


 何の説明もなく寧々ちゃんたちが登場したことについて、視聴者さんたちは大混乱している。

 すみません、ちゃんと説明しますから!

 こいつらを再起不能にした上でふん縛ってから!


 ダンジョン法では犯罪行為は地上の法律と同じように裁かれるとあるけど、「正当防衛」の適応範囲が広い。

 まして、私たちみたいな配信をしていないと、何の証拠もなく死体の隠滅までできちゃったりするんだよね。


 片桐先生の尋問の結果、「こいつら」のグループは10人だったと判明。

 ただし、他にも潜んでる別のグループがいると、負け惜しみのように暴露してた。


「おっ、連絡来た」


 蓮のスマホが鳴って着信を知らせる。二言三言話して、すぐに蓮は通話を終えた。


「6層と7層の掃討完了だってよ」

「すっごいね。さすが現役バリバリの冒険者」


 今のはダンジョンの外で中継役をしているママからの通話のはずだ。

 昨日の夜、襲撃に備えて私たちを警護しようと集まってくれたスレ民の人たちは12人もいて、しかもその中にはあの「クラフトしたら角材出てきた」の逸話が有名な「横須賀のじようつい」のパーティーがまるごといたらしい。


 伝説金属でクラフトできるようなパーティーだよ!

 上級ダンジョンで普段活躍してるような人たちだよ……。ひえー、なんでそんな人たちが私たちのスレッドにいるの……。


 それはともかくとして、外部の手助けもあって、鎌倉ダンジョンでの「ミッション」は無事終了した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?