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第232話 蓮の気持ち

 寧々ちゃんが天之尾羽張あめのおはばりを作れるまで、私はダンジョン出入り禁止になった。

 ……まあ、そりゃそうだよね。私がママの立場でもそう言うわ。


 で、寧々ちゃんは水曜日から学校を休んでライトニング・グロウと一緒にダンジョンに籠もることに。颯姫さんもタイムさんも詳細を語ってはくれないんだけど、「1ヶ月連続でも潜れるダンジョン」だそうだ。まあ、アイテムバッグもあるしね。

 そうそう、ライトニング・グロウで持ってるアイテムバッグは、時間停止効果のある凄い奴だったよ。確かに食料品でも簡易トイレでも持ち込み放題だ。


「……柚香、ちょっと話したいんだけど」


 発言が少なくて少し沈んでるように見える蓮が、私の袖を捕まえて話し掛けてくる。

 LIMEじゃなくて、直接話したいことなんだろうな。私はそれを察して蓮を部屋に案内した。

 ベッドの上にはサツキとメイがくっついて寝ていて「ナンジャワレ!」ってフーシャー言ってたけど、とりあえず猫を避けてふたり並んでベッドに腰掛ける。


「俺さ、さっきはああ言ったけど、正直おまえにこれ以上危ない目に遭って欲しくない」


 肩が触れ合うくらいの距離で、蓮はぎゅっと握りしめた自分の手を見て言った。

 そっか……さっき蓮は撫子を片付けちゃおうって言ったけど、やっぱり本心ではそう思ってるんだ。


「おまえも薄々わかってたんだろ? 今日ダンジョンに行ったら危ない目に遭うって。動画送られてきた時間見て今朝ビビったよ。……何が起きるかわからないから、ダンジョンに行く前に作り上げなきゃって思ったんだろ? 無理するなよ、頼むから」


 蓮の声は最後は涙声になってて、私を抱きしめた腕からは蓮の震えが伝わってくる。

 やっぱり気づいてたか……思考回路が似てるだけあるわ。


「うん……実は、そう思って遅くまでやってたの。心配掛けてごめん」

「俺、おまえへの執着が凄い長谷部の気持ちはわからないって思ってきたけど、おまえがいなくなるかも知れないって思ったらそれだけで凄い怖いんだよ。目の前で死なれたりしたら、それこそ何回生まれ変わっても探すくらいのトラウマになるかも知れねえ」


 ぐすぐすと泣きながら蓮が心中を明かす。

 ああ、そうか。彩花ちゃんのあの執着は何だろうって思ってたけど、愛してた弟橘媛が目の前で入水したからか……それは悪いことをしたなあ――っていやいや、原因は小碓王の方じゃん!


「俺、土曜日誕生日じゃん。誕生日プレゼントくれねえ?」


 顔を上げた蓮は、いつもの俺様気取りの強気顔じゃなかった。眉は下がってるし、鼻は赤くなってるし。……こんな顔を見るのって私くらいなんだろうなあ。


「ものによるけど……なに?」

「おまえの安全」


 蓮の口から出て来た言葉に、私は一瞬言葉を詰まらせた。

 うーん、ここでファーストキスとかあれとかこれとかねだられるんじゃとか思ったけど、そう来たか……。


「そもそもさ、私普通にダンジョン潜ってても危ない目に遭うわけだけど、それはノーカン? 撫子の事だけ?」

「できれば全部って言いたいけど、おまえがその条件でイエスって言うわけないから、撫子の事だけにしとく」

「わかってるじゃん……それだったらいいよ。天之尾羽張あめのおはばりはできあがったら彩花ちゃんに持ってもらう。剣は彩花ちゃんの方が扱い慣れてるからね。撫子をおびき出すためには私が必要だけど、できるだけ距離を取って、ダンジョンも選んで準備万端で臨むよ。――ごめんね、今はここまでしかできない」

「……仕方ないよな。あの撫子を倒すって柚香が決めたんだから。俺は、そういう突っ走るおまえのこと好きになったんだしさ」


 ため息をついて、蓮が私の手に指を絡めてくる。冷たい手だ。蓮にとっては凄いストレスになってるんだろうな……雑に見えるけど繊細だから。


「おまえがマナ溜まりに落ちて、心臓が止まるかと思ったんだ。まさか、体に直接危害加えてくるんじゃなくて、あんな危険があるなんて思ってなくて。

 俺が辿り着く前にヤマトが飛び込んでてくれたから、俺の手でも引き上げられたけど……おまえがしゃべるまで、本当に怖かった。このまま柚香が廃人になったらどうしようって、本気で怖かったんだよ」

「私にとっては凄い長い時間に感じたけど、とにかく無事だよ。心配してくれてありがとう、蓮」


 蓮の手が、私の存在を確かめるように顔の輪郭をなぞる。ちょっとくすぐったいなと思ってたら、頬に手を添えられたまま蓮の顔が近付いてきて、ゆっくり唇が重なった。

 びっくりしてるうちに離れたけど、また蓮が涙をこぼす。そっちが泣くんかい!


「突然悪い。嫌だった?」

「……い、嫌じゃないけど、いきなりで驚いた」

「おまえがここにいるって確かめたくて」

「ここにいるよ。生きてるし、前世の夫だからって彩花ちゃんのことを好きになったりもしない。私は柳川柚香で、弟橘媛じゃないよ。それで――蓮のことが好きだよ」

「俺も好きだよ。……もう一回していい?」


 私は答える代わりに少しだけ上向いて目を閉じた。

 柔らかい唇が私に触れる。凄いなあ、ここまでスキンケア行き届いてるのか……とか感心してる場合じゃなくて。


 多分5秒くらい、ただ触れるだけの優しいキスは続いた。


「蓮の誕生日、土曜日か……聖弥くんの誕生日ってもう過ぎちゃったんだっけ」

「聖弥は6月だから、あの騒動の最中に終わったな」


 6月……ダンジョンで肋骨折って入院して、諸々あって事務所やめたりしてたときか! それはちょっと不憫かも。


「そうだ! どうせ寧々ちゃんが戻ってくるまでできることは限られてるんだから、土曜日遊園地行こうよ! 聖弥くんとあいちゃんと4人で! 前に約束したじゃん!」


 12月だからイルミネーションも始まってるし、いいじゃん!

 そう思っての提案だったけど、蓮は思いっきり顔をしかめた。


「なんで俺の誕生日にふたりでデートじゃなくて4人で遊園地なんだよ……」

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