目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

第234話 動物好きってこんなもん

 翌月曜日、朝活の学校5周を終えた後、私は自分の机で伸びていた。


「珍しいー。槍が降る?」

「いや、精神的な疲れだよ。槍は降らないよ」


 かれんちゃんが酷いツッコミをしてきたから、ちょっと力ない声で返事した。

 昨日は……疲れたなあ。

 精神的に疲れたのと、アカシックレコードと接続してる関係で体力もなんか減りやすい気がする。

 なんていうかな……PCでスペックの限界寸前まで稼働させてるときに、冷却ファンがガーって回らなきゃいけないくらい蓄熱しちゃってる感じ。


 あと、「うわあああ、蓮とキスしちゃったよ!」っていうのが後から来て、みんなが帰った後ひとりで何回かバタバタと身悶えしたりしたせいもあるかも。

 何故、恥ずかしいのは後から来るんでしょうね……。


 昨日LIMEで長田先輩と打ち合わせをして、今日はヤマトをくるっくさんの大学に連れて行くことになってる。

 抜け毛でも持って行けばいいのかなと思ってたけど、DNAの抽出成功率は血液が一番高いらしくて、不確実性のある抜け毛じゃなくて採血をすることになったんだよね。


 DNAか……不思議だなあ。ダンジョン産のモンスターもDNAがちゃんとあるんだよね。アルミラージなんかは結構飼ってる人もいるから繁殖実験とかもされてて、それは成功しなかったらしいんだけど。

 ただ、既存の生物のDNAにない情報部分とかがモンスターには共通であるらしくて、そこが今研究されてる。


 ……まあ、この辺もアカシックレコードに接続すればちょちょいっとわかるんだけど、やりたくはないね。その研究をしている人の技術の発展とかを妨げる行為だしさ、公表できないんだから私だけわかってても特に意味はないし。


 いつもより多めにチョコを食べたりしてまめに回復を心がける。ふう、これ、時間が経てば慣れるのかなあ。

 午後の授業を無事終えて、長田先輩と合流。既にママもヤマトを連れて車で迎えに来てた。


「車出してもらってすみません、ありがとうございます。3年の長田です」

「長田先輩は文化祭実行委員長やってて、その時にうちのクラスはすっごいお世話になったんだよ。あと、体育祭の時のシンデレラ役」


 車から降りたママに長田先輩が挨拶したので、横で補足を入れる。長田先輩は普通科だから五十嵐先輩みたいな繋がりはないんだけど、気持ち的には恩がたくさんあるんだよね。


「えーっ、あのシンデレラなの!? 凄い良かったわよ! 寧々ちゃんもだけど、長田さんも眼鏡を掛けてると雰囲気変わるのねえ」


 シンデレラ役と聞いてママが興奮してる。ママの中でもあれは評価高かったんだね。長田先輩はちょっと照れながらえへへと笑った。


「私お祭り大好きで……体育祭とかすっごいテンション上がっちゃって。メイクも笑顔も舞踏会のダンスもどんと来い! になっちゃうんですよー」


 車に乗り込んだらヤマトが長田先輩をふんふんと嗅いで、ニコッとしてた。なんかわからないけど合格らしい。


「わー、生ヤマトだー! 本当に可愛い! 育った豆柴みたい!」

「確かに……仔犬じゃないし中犬にしても小さいし、『育った豆柴』ですよねえ」


 そんなことを喋りながら、目的地のくるっくさんの大学へは割とあっさり着いた。近いんだもん。

 車を駐車場に駐めて、ヤマトは一応ケージに入れて連れていく。最初は案内板を見てたんだけど、途中で長田先輩がくるっくさんに電話入れて呼び出してた。


「お兄ちゃん、自分で呼び出したんだから迎えに来るくらいしてよ! 現在地? そんなもん知らん! 探しに来い!」


 スマホに向かって怒ってる長田先輩に私は思わず目を丸くしていた……優しくてにこやかな長田先輩が怒ってるというのがまず想定外だし、お兄さんに対する雑さもびっくり。

 ママが横から「獣医学科棟の前の植え込みのところよー」と声を入れててナイスアシストだ。


 そして、5分くらいしたとき黒縁眼鏡の男性が猛ダッシュでこっちに走ってくるのが見えた。


「ゆ~かちゃん! わざわざヤマトを連れてきてくれてありがとう!」

「妹に謝るのが先では!?」

「いでででで……蘭、悪かった……後で何か奢るから」


 来た瞬間長田先輩に耳を引っ張られて謝ってる人……この人がくるっくさんか。

 見覚えあるようなないような……中肉中背で特に目立った特徴もないし、あの日のサザンビーチダンジョンは人が多くて混乱を極めてたし、その後は配信越しにしゃべっただけだからわからないなあ。


「いつも動画見てくださってありがとうございます。長田先輩にもお世話になってます」

「くるっくこと長田順平おさだじゆんぺいです。文化祭の写真見せてもらったよ。俺も行きたかったー……っと、うちの研究室で準備万端でみんな待ってるから、行こうか」


 くるっくさんの先導で、獣医学科棟の横を通ってその奥の生物学科棟へ。動物入れて平気なのかなと思ったけど、校舎に入る直前道にヤギがいるのが見えて気にしないことにした。

 ヤギがいる大学……楽しそうだな。生物学科も進路に考えてるし、ここの大学は難関校じゃないから進路候補に入れておこう。


 生物学科棟に入り、エレベーターで4階へ。廊下にはいろんな研究室の名前が貼られたドアがあって、そのうちのひとつをくるっくさんが開けた。


「おかえりー、おお、噂の妹ちゃんとゆ~かちゃんだ!」

「ヤマトはー? 見せて見せて」


 10人くらい人がいるけど……どう見てもただの動物好きの集まりですね! 中にはパパより歳上の多分偉いであろう先生とかもいるのに、ケージを開けてヤマトを出したらみんなが押すな押すなでデレデレになってる。


「簡単に説明するよ。昨日の配信俺もリアタイしてて、マナ溜まりに飛び込んだヤマトの姿が変わったのを見た。正直驚いたよ。俺にとっては凄く見慣れた動物だったからね。その後のいつもの姿に戻ったのも驚いたけど。

 それで、ヤマトの種族が【柴犬?】になってるからには、ヤマトは柴犬じゃなくて他のモンスターだと言うことは既知のことなんだけど、その正体に心当たりがあるんだ」

「それで、長田くんの説を確かめるために、ヤマトのDNAを採取してその動物と比較しようという事だね。じゃあ、採血させてもらうよ。ヤーマト、ちっくんするけどちょっと我慢しようねえ」


 白衣を着た先生がヤマトの前足の毛を剃って、そこに注射針を刺した。ヤマトはママの「ステイ、ステイよヤマト。後でご褒美あげるからね」って言葉と、先生の言葉をきっちり理解してるらしくて、おとなしく採血されてた。


「紹介するよ。獣医学科の山縣やまがた先生。テイマーのジョブも持ってて、採血のために来てもらったんだ。俺たちだと無資格で採血できないから」

「うーん、ヤマト~偉かったでちゅねー! んー、可愛い可愛い。いやあ、普段患畜ばっかり見てると元気な動物には癒やされるね!」


 アラフィフに見える髭に白髪が混じった白衣のおじさんが、ヤマトに赤ちゃん言葉でしゃべり掛けてスリスリしている……。

 虚無顔になってしまいそうになるけど、かかりつけの動物病院の先生もこんななんだよね。

 思う存分ヤマトにスリスリし終わったのか、山縣先生はヤマトの血の入った採血管をもうひとりの先生らしき人に渡して帰って行った。

 獣医さんでテイマー取ってる人もいるのか。確かに動物が言うこと聞きやすくなるって、凄いメリットだよね。


「DNA抽出は割と簡単にできるんだけど、その後の比較にちょっと時間が掛かるかも知れない……まあ、徹夜でやるけどね!」

「頑張れ長田!」


 頼もしい宣言をしたくるっくさんを、周りの人がはやし立てている。


「あれ? くる……長田さんひとりでやるんですか? たくさん人がいるからみんなでやるもんだと……」

「ううん、私たちは単にヤマトを愛でに来ました!」


 くるっくさんと先生以外の全員が、やけににこやかに宣言してヤマトをモフり倒している。

 そうか……動物好きじゃなかったら生物学科なんて進学しないもんね……。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?