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第236話 女子高生ですから

「愛莉ってさ、鈍いよね……」

「うん、驚きの鈍さだよね」


 珍しく彩花ちゃんが服が欲しいって言い出してあいちゃんが付き合ってるんだけど、ふたりがお店の中で離れた隙を突いてかれんちゃんがぼそっと私に話し掛けてきた。


 私たちが時々虚無顔になるのは、あいちゃんが聖弥くんからの好意に一切気づいてないからだ。「気づいてないと見せかけてる」じゃない。ガチで気づいてない。

 スゲエ。スゲエ。強さの秘密は鈍感力か。もはやそれしか言えない。

 倉橋くんと蓮から向けられてた恋愛感情に気づかなかった私が言える事じゃないかもしれないけど。


 聖弥くんがあからさまにあいちゃん狙いの行動を取ることについては、多分もうクラスの全員が気づいてると思う。

 事あるごとにアプローチしてるし、文化祭ガチ女装組もあいちゃんが気づいてないことについて「北峰七不思議」呼ばわりしてる有様だし。


 私と蓮が付き合い始めてからは、聖弥くんはふたり組を作るときに蓮に気を遣ってる振りしてあいちゃんと組むようになった。それまではSE-RENの相方同士で組んでたくせに。


 でもさあ!? 私が鈍かったのは蓮も倉橋くんも「仲がいい相手」って思ってたからであって、あいちゃんの場合別に聖弥くんを仲良し認定はしてないと思うんだよね!


「で、どうすんの」

「何を?」

「Wデートの片方は付き合ってる組でさ、そこで聖弥くんが当然のように愛莉と一緒にいるシチュエーションが増えるんだから、ここで押してくるかもしれないじゃん」」

「しれないっていうより、確実に押してくると思うよ。そしてあいちゃんは聖弥くんの意図に気づかずスルーして普通に遊園地を楽しむね」


 その状況が目に見えるようで、私とかれんちゃんは思わず額を押さえた。

 由井聖弥、不憫すぎる男……これに関しては蓮の「恒常的に不憫」より酷いなあ。


「……なんであいちゃんって、そんなに鈍いのかな。乙女心は結構あるのに」

「私は中学からしか見てないけどさー、愛莉って歯に衣着せなさすぎて、男子とよく揉めてたじゃん? 男子といえば喧嘩する相手ってデフォルトで認識してたりしない?」

「もしかして、『自分が男子から好かれる可能性』について一切の考慮がないってこと?」


 自分で口にしたことだけど、かれんちゃんと揃って「うわぁ……」って言っちゃったよね。

 動画越しにはあいちゃんは同年代女子からの人気がある。たまに男子でもファンがいるらしい。猫被りの「アイリ」を「可愛い」って言うファンもいる。猫ごと愛されてて、猫家出させて素のあいちゃんが出ても「いつものことー」って笑ってくれるいいファンの人たちだと思う。


 でも、そこからいくら「好き」って言われても、それは画面の中の「アイリ」に対してだから乙女心に届かないし響かないわけだよね。私は言われたことないけどさ。


「愛莉と聖弥くんの問題だし、口も助け船も出すつもり一切なかったんだけどさ……柚香、ちょっと手助けしてあげなよ。愛莉自身は聖弥くんのこと別に嫌ってないじゃん」

「そうだね……聖弥くんが自分でちゃんと言うまで余計な手出しはしないつもりだったけど、あの聖弥くんの性格から考えて、あいちゃんをもっと囲い込んで自分のことを意識させてからじゃないと告白しなさそうだしね」

「だがしかし、普通の手段じゃ囲い込めないのが愛莉だしさ」

「そんな日は永遠に訪れないかもしれないから、いい加減に助け船出すか……。あいちゃんじゃなくて聖弥くんにね。イエスにしてもノーにしても、あれだけアプローチしててどっちかわからずぬるりぬるりと逃げられてるのは可哀想だもんね」

「暖簾に腕押しとはまさにこの事だよ……」


 今までの聖弥くんの徒労を思って、私たちは思わず深いため息をついた。

 助け船出すって行っても、あいちゃんがどういう反応をするのか全く予想できなくて怖いな。最悪Wデートぶち壊しになるし。


 私が頭を悩ませていると、彩花ちゃんの服を選び終えてふたりが帰ってきた。

 妙ににこやかな彩花ちゃんと、変な顔のあいちゃん。……これはどういう反応だ?


「彩ちゃんがスカート買ったの初めて見たわ」

「そういう気分だったんだー。なんか、さっきアクセ見てたら可愛い服も欲しくなってさ」


 そ、それは確かに大事件だわ……。今まで彩花ちゃんの私服はパンツルックしか見たことなかったもん。

 もしかしてだけど、彩花ちゃんが言うところのレイヤー最上位にある「長谷部彩花」は、ちゃんと女の子としての人格を持ってるのかな。今まで小碓王の意識や記憶が強く影響しすぎてて、女の子らしい振る舞いってあんまりなかったけど……。


 あんまり「女の子らしく」はなかったんだけど、見た目が髪の毛長くて巨乳だし、がさつさに関して言えばあいちゃんという更に上の存在がいたから、「女の子」としての認識を逸脱してなかった。


 ちょっと思うんだ。いつか小碓王の記憶が消えて執着がなくなって、「長谷部彩花」という現代に生まれたひとりの人間として生きていければいいって。

 私は弟橘媛の記憶は本のように保有してる状態で、時々私自身とシンクロはするけど、柳川柚香として生きてきた16年近い歳月を揺るがすようなことはないから。


 過去に囚われすぎるのって不毛にしか思えないしね。私が彩花ちゃんを恋愛対象じゃなく友達としてしか受け入れられない以上、私たちは今世で結ばれることはないんだし。


 その日は楽しい買い物だった。買いたいものは決まってたけど、それ以外の物も友達とわいわいと見て歩くのは楽しいね。

 みなとみらいのライトアップも見れたけど、海風が強くて「寒っ」ってなって、私たちはお互いにおしくらまんじゅうのようにくっつき合って駅まで帰った。


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