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〈49〉ブラック家族

 ――ガチャ


 霞が応接間のドアを開けると、すでに玲と涼音と良助が来ていた。


「あ、みんな、おはよう」


「お、大丈夫かよ、昨日いきなり倒れた時はびっくりしたぜ!」


「わたしは平気よ。あれから何か進展あったかしら?」


 良助に答えながらソファに座る。サーバーの騒音は消えていた。


「……博士の……データの復旧……完了した」


 端末をいじっていた涼音が言った。


「あれ? 雅也くんは?」


「ソフトの解析を自宅で進めている。たぶん昨日遅くまでやってたはずだ。きっとまだ寝てるんだろう」


 玲の言葉で、霞は涼音が記憶データを、雅也がソフトの解析を担当していたことを思い出した。


「じゃあとりあえずその復旧データ、見てみましょうか? まなみん、いいかしら?」


「もちろん!」


 涼音もうなずき、端末モニターを起動させる。


 映し出された映像には、倒壊した家屋の続く街並みが広がっていた。


「いつの時代かしら? 災害にみまわれた後のようだけど」


「相当古い時代っぽいな」


 見慣れない光景にとまどいながら答えた良助の、その言葉を打ち消すように玲が言った。


「いや、違う! 現代だ。巡回ロボットが今、ちらっと見えたぞ」


「え? あ、本当だ!」


 玲の横で反応した真奈美が画面に映った巡回ロボット指さす。


「どういうことかしら?」


 霞がつぶやいたところで画面の表示が切り替わり、次の動画に移る。




 そこにはさらに荒廃した土地が広がっていた。


 動画というよりも静止画。

 何もない世界。




「これって時間的にさっきの動画よりも後の時代ってこと……よね?」


 霞が涼音にたずねた。


「……うん」


 そのまましばらく静止画を見つめる五人。


「やっぱりこれ、さっきと同じだ。おじいちゃんの部屋からの風景だ」


「何?」


 真奈美の言葉に今度は玲が目を凝らす。


「つまり、将来この近辺はこうなる、ってことかしら?」


「は? どういうことだよ?」

「博士は『未来の光景』を見ている、ということか?」


 良助と玲が同時に聞き返し、顔を見合わせた。


「で、でもよ、取り出せるのは視覚記憶だけなんだろ? 想像は掘り起こせねーんじゃね?」


「そうよね。雅也の話だとそうだったわよね」


 良助の疑問に真奈美もうなずく。


「じゃあ、ここから考えられることって、何かしら?」


 そう言って霞が玲に顔を向けた。


「『このデータを始末したい奴がいた』ということを前提とすれば、博士はこの動画を俺たちに見せようとしていて、始末したい奴はそれを阻止したかった、という構図が浮かび上がる。そいつが博士を消した犯人、という可能性が高い」


「ということは、わたしたちは今後、どうすれば良いのかしら?」


「これだけじゃ情報が足りない。霞、昨日手掛かりになるようなもの、本当に何もなかったのか?」


 玲の言葉に霞が頭をかきながら答える。


「それが……昨日の犯人だけど、脳が破壊されていたの」


「は?」


 黙って聞いていた良助の目が点になった。


「自分で壊したのか、他人から壊されたのか、わからない。詳細は警察もまだ解析中らしいけど、玲の言う通り、黒幕に操られていた可能性があるわ」


「その黒幕が真犯人ってこと? 組織的な犯行なの?」


「そこまではわからないわ。警察には博士のことも含めて事情を説明したんだけど――」


 そこまで真奈美に答えたとき、霞の端末が鳴った。聡からだ。


「もしもし」


『霞か、昨日の件、沢口も大塚も診断担当は草吹医師だった』


「はい……その件でわたしも話があります。これからうかがってもよいでしょうか?」


『ああ、待ってる』


「では後程」


 そう言って霞が連絡を切るとすぐに良助が聞いてきた。


「警察からか?」


「うん。ちょっと行ってくる。すぐ戻ってくるわ」


「大丈夫なの?」


「連絡はいつでもつながる状態にしておくから」


 真奈美にそう答え、霞は立ち上がった。



 ◆◇◆



「霞!」


 外に出た瞬間、後ろから玲に声をかけられた。


「大丈夫か?」


 振り向いて目が合うと、玲は少し躊躇ちゅうちょしながら言った。


「心配してくれてるの? 危険な場所じゃないから大丈夫よ」


 霞は言葉を選んで答えた。


「俺も行くよ」


「あなたにお願いがあるの」


「ん?」


「まなみんのことを守ってあげてほしいの。彼女、やっぱり狙われているみたい」


「…………」


「誰から狙われているのかはまだ、わからない。けど、博士の遺品を狙ってる何者かがいるようなの」


「……わかった」


「じゃ、行ってきます」


 玲に手を振り、霞はタクシーに乗った。



 ◆◇◆



「ただいま」


「おかえりなさい、どう? 調子は」


 実家に戻って来た霞を京子が出迎える。


「うん、昨日一晩ぐっすり寝たから頭はすっきりしてる。お父さんは?」


「呼んでくるね」


 京子に声をかけられ、部屋から出てきた聡と親子三人でテーブルに着く。


「わたしも催眠か何かをかけられていたみたい。草吹に」


 霞が切り出した。


「どうしてわかったんだ?」


「昨日、境井翔子に言われたの。暗示にかかりやすくなってるって」


「それすらも暗示に聞こえるが?」


「そうね。ただ思い返してみると、それまでのわたしの行動にも、確かにおかしなところがあったの。実際に自分に催眠がかけられているかどうか、調べることってできるかしら?」


「それは無理だな。人間誰しもなんらかの暗示の中で生きているからな。ただ――」


「何?」


「どんな催眠をかけられたとしても、自分に対してダメージを与えるようなことは普通拒絶するはずなんだ。自らの脳を破壊するなんて、ありえないはずだ」


「それがね、昨日、こんなことがあったの」



 霞は昨日の体験を二人に話した。



「何よそれ……あんた、時空を超えたの?」


 目を見開いた京子に霞がうなずく。


「でね、お母さんにお願いがあるの。木村博士と境井翔子の共通点、できるだけ調べてほしいのよ。境井翔子、間違いなく『来訪者』だわ。わたしの記憶も見られてるし、組織のこともばれてる。敵かどうかわかんないけどそのあたり、はっきりさせなきゃ」


「わかったわ。けどあまり相手を刺激しないようにね」


「うん。さしあたって現在の境井翔子の住所、調べてもらえるかしら?」


「いいわよ。後でデータ送るわ」


「お願いします」


「だけどそうなると、霞の付き添いで病院に行った私もやばいということかな?」


「前とあんまり変わんない気がするけどな」


 平然と聡が返す。


「それって昔からやばいってこと?」


「そうだな」


「…………」


「君も一度調べてもらったら? 大学病院で」


(高橋家のブラック化に歯止めがかからなくなってきた……)


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