「そうか。じゃあさ、未来から来た人に弱点ってあるの?」
「弱点? 私に弱点などないわ。この美貌にかかればどんな男もイチコロですわよ」
「……ではなくて、一般的な話。草吹とか」
「うーん……何とも言えないわね。ただ、よっぽどのことがない限り死ぬことはないと思う」
「じゃあこれからあなたも草吹もずっとこの世界に居続けるわけ?」
「相手さんの事はわからないけど、私はこの時代が安定するまでは監視を続けることになるわね」
「ずっと? 期限とか定められてないの?」
「滞在時間には限界があるけど、まだまだ先の話よ。極力未来に影響を与えないよう、注意しなきゃならないから難しいんだけどね」
「それについても聞きたいんだけどさ、前に『博士の遺品は隠滅する』とか言ってたじゃない? でもその一方で博士の意志を継ぐって、なんかおかしくない?」
「あなたがまさにその典型例よ」
「わたしが?」
「あなたは先生が未来から来た、ということを信じてしまった」
「まあ、そうね」
「そういったものは基本的に存在してはならないの」
「げ……」
「だけど、あなたには先生、つまり未来への意志もまた、宿っている」
「…………」
「だからセーフ」
「セーフって……」
「もしもあなたが博士の意向に沿って動かなければ、隠滅対象ってこと。あなたに絶望は許されない」
「どういうこと?」
「『自分の意志に従いなさい』って言われたんでしょ? あなたが強い意志を持ってるってことよ。運命に抗おうとする強い意志を」
「天邪鬼ってこと?」
「まさにそうね。普通に考えてみてよ。今回の地震の予兆に直前で気がついて、被害を食い止めるなんて、よっぽどひねくれた天邪鬼じゃなきゃできないわ」
(それはわたしじゃない気がするんですけど……)
「それにあなた、私のこと嫌いなんだろうけどさ、なんだかんだで話を聞きに来てるじゃない。それなりに信用してくれてるんでしょ?」
「そりゃまあ、さすがに信用せざるを得ないというか……ただそうなると結局、わたしは草吹と勝負しなければならないってことかしら?」
「すでに敵とみなされてると思うけど? あちら側の仕掛けをことごとく潰してるわけだし。あちらがしっぽを出すかどうかはわからないけどね」
「でも証拠がなかったら動けないよ。それにどうやって死ぬことがない相手を倒せばいいの?」
「それはあなたが考えて」
「え?」
「私だってわかんないもの。同業者としての基本的なスタンスは一緒だとしても、違う時空から来てるから。私とは違うところもいっぱいあるだろうし、下手なことは言えないわ」
「だけどさ、自分が気づかない間にいきなりコントロールされちゃ、手出しできないよ」
「それもそうね」
「手堅く勝てる方法ないかしら?」
「自分で考えて」
「……さっきから冷たくない?」
「だって、私が教えたらあなたの意志を阻害することになるじゃない?」
「…………」
「本当よ。あなたのためを思うからこそ――」
「めんどくさくなったんでしょ?」
「…………」
「…………」
「……しょうがないなあ。ヒントね」
「うんうん」
「答えはすぐ近くにあるわ」
「どういうこと?」
「少しは考えなさいよ。相手はなんのために地震のアラートを止めたのか?」
「……大惨事を引き起こしたかった」
「何のために?」
「さあ? なんでだろ?」
「事故が起きたら病院に行く人が増えるでしょ? その人たちがコントロールされたら、この世界の趨勢は決まるわ」
「……あ! そういうことか。草吹は本気でこの世界を壊すつもりだったの?」
「そうかもね」
「だけどそれと草吹の弱点がどう――」
「ちょっと待って! 明日から私、ここにはいないから」
翔子が突然、目を輝かせて言った。
「なんで?」
「たった今わかったんだけど、大学にかっこいい男が来るみたいなのよ! 警察のお偉いさんみたいな。ダンディなおじさまなの!」
「あのさ、これまでの話、すごく感傷的でまじめで大事なことだったと思うんだけど、気のせい? というか本当にそれが理由なの? それ以前にあなた、そんなことに予知能力使ってるの?」
「そうよ。常にアンテナ張ってるの。だから私に会いたければ夜にしてね!」
「その前にさっきの答えを教えてよ!」
「ヒントは出してあげたじゃない。あとは自分で考えなさい」
「……わかったわよ」
◆◇◆
大学からの帰り道、霞が走りながら京子に連絡する。
「お母さん、忙しいところごめん。ちょっと調べておいてほしいことがあるの」
『どうしたの?』
「今地震の被害の激しい中で、傷一つついていない場所があるはず。例えば、博士の家、大学、そしておそらく大学病院。ほかにそういったところがないか調べてほしいの。そしてそれぞれの共通点があれば、それも。『来訪者』の存在する場所の目印になるかも」
『今じゃないとできないわね。わかったわ』
「ありがとう」
霞は連絡を切った。
(そういえば京子さんは草吹についても何か調べているかも。地震が落ち着いたら聞いてみよう)
そんなことを考えながら、霞は走り続けた。境井翔子の言葉を思い返しながら。
――結局はまねっこだからよ。オリジナルを越えられない
(『来訪者』だかなんだか知らないけど、負けるもんですか!)
――あなたに絶望は許されない
(絶望なんかして、たまるもんですか!)
――大学にかっこいい男が来るみたいなのよ! 警察のお偉いさんみたいな。ダンディなおじさまなの
(かっこいい男なんて! ……あれ?)
霞の足が止まる。
(警察のお偉いさん? ダンディなおじさま? まさか、署……いやいやいやいや……)