群青の紫煙が、投げられた手斧を縋り付く様に覆い翼の生えた狼の額へと辿り着く。
『――!?』
「おぉ、凄い」
瞬間、狼の様に形状を変化させたそれは獲物を喰らうようにその首筋へと噛みつき始めた。
【狼煙】による、初行動へのボーナス付与。
どういった形でそれが成されるかをしっかりと観たのはこれが初ではあるが、中々に格好が良いじゃないか。
そして嬉しくも、音もなく分裂した手斧にもその効果は現れており……程なくして、1体のマノレコは地へと堕ちていく。
だが、感動だけをしている余裕はない。
こちらへと向かって飛んできているのは後2体程残っているのだから。
再度、1体の突撃を躱し。
2体目が私の身体へと喰らいつこうとしているのを確認してから、右腕に群青の紫煙を纏う。
「これならどうなるか、なッ!」
『ギャッ!?』
半身で避け、すれ違う瞬間に胴体へと向けて腕を叩きつける。
すると、だ。
纏っていた量にも寄るのだろうか、先程までの投擲とは違い狼の頭だけが形成され、マノレコの胴体に喰らいついた。
……結構使えるな、コレ。
私自身の腕によるダメージはそこまでHPを削れたわけではない。しかしながら【狼煙】によって形成された狼のダメージは、今の一瞬だけで相手のHPを1割程度も削ってくれた。
まともにステータス強化をしていない状態でこれなのだ。
先程の投擲で1体落とせたのも納得できる程度には強い。
「さて……じゃあもう終わりにしようか」
知りたかった、【狼煙】が戦闘中どのような挙動をするのかは知れた。
【怨煙変化】も使っても良かったが……どうせ使うのならば、この後会えるであろう鹿などに対して使った方が効果が分かりやすいだろう。
飛んでいる相手に何かを当てるというのは、それなりに技術が要るのだから。
その点、私は投擲をスキルによって補助しているのだが。
手斧を呼び戻し、紫煙駆動を起動させると共に昇華煙を下半身……特に両足中心に纏う事で一部人狼化した上で。
私は両脇に出現した紫煙の斧達を、【魔煙操作】によって1本ずつマノレコ達へと射出する。
軌道が一直線になりがちな投擲と違い、思考操作で形までもを操る事が出来るこちらを避けるのは難しい。
「はい、バチバチー」
2つの紫煙の斧がマノレコ達の身体の何処かへと触れた瞬間、紫の稲光が【峡谷】を照らす。
更にそのままアメーバかのように形状を変化させたかと思えば……身体全体を包み込み、紫電を纏いながら中身を圧縮していく。
……うーん、私がやってるとは言え中々酷いな。コレ。
最初は抵抗していたのだろう。
紫煙の形状が少しだけ変に歪む部分があったのだが……徐々に静かに、綺麗に球体状となっていき。
最終的に野球ボール程度の大きさまで小さくなった上で、風船のように弾けて消えてしまった。
【マノレコを討伐しました】
【ドロップ:
「あ、名前はそのままなんだやっぱり」
ログが流れた為、戦闘は終了したのだろう。
地上へと降りながら、インベントリ内からST回復用の煙草を取り出しつつ紫煙駆動を解除して、先……2層へと繋がるであろう暗闇へと視線を向けた。
一応移動する為に足を人狼化しているわけだが、ここで一度引き返したり、何ならまたマノレコが襲ってくるまで待っていたって良い。
「昇華や具現のアップグレードできるしなぁ……」
昇華煙、そして具現煙に使っている素材は、どちらも最初期から手に入るものであり……今ではもうその性能が戦闘内容についてこれていない場面もある。
『切裂者』との戦闘ではそれが如実に出ていただろう。
だからこそ、そこのアップグレードをする為に素材回収をしてもいいのだが……それをするならば、【地下室】の方にも行かねばならないのが頭の痛い所だ。
何せ、【峡谷】では具現煙しか作れない魔結晶しか手に入らないのだから。
「一旦、2層から開始出来るようにはしておくかなぁ」
どちらにしても、ダンジョンの攻略自体は進めておいた方が良いのは確実。
ならば、考えながらでも良いから前へと進んでおこう。
今は役に立つか分からないにしても、今後役に立つ可能性がある素材だってあるのだから。
それこそ、今メウラに預けている大量のボス素材の様に。
足に力を込め、そのままの勢いで走りだす。
暗闇に目が慣れたとはいえ、気を付けないとそこらにある岩などに足を引っかけて転んでしまいそうだが……そこは紫煙で体勢を無理矢理に直して進んで行くと。
何やら前方に、青色の光が一瞬だけ見えた。
……なんだ、アレ?
一度止まり目を凝らして観てみたものの。
遠いのか、音は聞こえずHPの表示もない。だが、青色の光は断続的に続いているのはわかった。
「……紫煙駆動、しておくか?」
手斧を握り、警戒を強めていると……それは来た。
断続的に続いていた青色の光が徐々にこちらへと近付くと同時、HPバーが観える。
それは、会いたいとは思っていたモノ。しかしながら、私が知っている姿とはかけ離れたモノ。
青い雷を身に纏い、何故か尻尾が炎へと変わっている鹿は、血走った眼をこちらへと向けたまま向かってきていたのだ。
「――君も変わってるねぇ、フュル!」