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第251話 『兄』の恋愛事情

■その251 『兄』の恋愛事情■


「クリスマスは、恋人のためのイベントではありません」


 って、厳粛なクリスチャンで有名だった、大学の教授が言ってたなぁ… けれど、今の日本ではイベント色が強いよなぁ…


 と、嘆きつつ、職場のディスクであまりつけないネクタイをいじってみたりする。シルクのネクタイはフランスのブランド物で、落ち着いたワインレッド色。柄といえば、下にブランドロゴがラインで入れられているだけの、シンプルな一品。


… きっと、一生懸命選んでくれたんだろうなぁ。


 なんて思ったら、気持ちが重くなりすぎて、ペンを持つ手も重くなって、書類書きなんて無理だよね~。… ハァ、仕事、進まない。


「あら、東条先生、今日出勤でした? しかも、こんな日にス-ツなんて珍しいですね。あ、こんな日だから、ス-ツなのかしら? お似合いですよ、そのネクタイ。とても素敵。妹さん達が選んでくれたのかしら? 仲、良いですものね。今夜はデートですか? 若いって、羨ましいですね~」


 定年を来春に控えた家庭科の芝先生は、こちらの返しを一切入れさせない勢いで話ながら、職員室を出ていった。毎回、舌や口の周りに油でも塗ってるんじゃないか? 呼吸、してる?って思う。それぐらい、回転が速い。


 冬休み1日目の職員室は、人がまばらすぎて、暖房が入っていても寒い。部活顧問と3年の受験対策の先生達は、それぞれの場所で頑張っているので、ディスクワ-クしている先生は、ほぼ2年生の先生。


「あら、東条先生、本当にお似合い。どなたからのプレゼントですか? その、ネクタイ」


 芝先生の口ぶりを真似して、後ろから聞き覚えがあるふざけた声が俺をイラっとさせる。貰った時、お前も居ただろう! と、野暮な突っ込みをしたくなる。


「俺に似合うなら、小暮先生にもお似合いですよ。着けてみます?」


 あまり認めたくないが、この調子の良い男と俺は、良く似ているらしく… まぁ、従兄弟だから似るか。


 振り返ると、2人分の缶珈琲… じゃない。甘酒だ。


「プレゼントの主、怒るとスッゴクしつこいから、遠慮します」


 情けない顔をして見せた小暮先生は、後ろの椅子に座った。


「しつこいの? 平常時より?」


 思わず、聞いてしまった。まぁ、最近はベタベタ触ってこなくなっただけ、まだ進歩なのか?


「しつこい。平常時より。泣きながら、グズグズ言ってくる」


 あ、それは勘弁してほしい。


 そして、まさかとは思ったけれど、2つある甘酒の缶を俺にくれた。なぜに甘酒? 好きなのか?


「でも、受け取るなんて、珍しいじゃないですか?」


 調子良く聞きながら、小暮先生は甘酒を一気飲みした。これ、一気飲みするモノか?


「東条先生は、答えられない気持ちには、あやふやな態度はとらないと認識していましたけど。僕の認識違い?」


 人の恋愛観を、知ったように言うなよ。合っているけどね。


「小暮先生には、関係ないんじゃないですか? それとも、三島先生に気持ちが?」


 空けてない甘酒の缶を、小暮先生に向ける。


「『幼馴染み』なんて、響きは良いですけどね、ようは尻拭い。なぐさめ役。毎回毎回、面倒くさい。こっちに恋人がいてもお構い無しだから、恋人に邪推じゃすいされてフラれるのがパターンなんですよ。ほおって置くと、おじさんが出てきてもっと面倒くさいです。息子ばかりで、諦めた頃に生まれた娘だから、可愛いらしいですよ。お兄さん達にはメチャクチャ厳しいんですけどね」


 あ、これは、三島先生に恋愛感情はないな。って分かるぐらい、感情が顔に出てる。でも、まぁ、恋愛感情はないけれど、しょうがない妹とは思ってるな。


「だから、変な気まぐれは起こさないでくださいよ、お願いしますから。本当に、大変なんですから」


 少し、同情。


「ん-… 変な気まぐれではないけれど、泣かしちゃったらごめんね」


 気まぐれ… ではないけれど、じゃあ、彼女の気持ちに答えてあげられるのかと聞かれたら、俺にも分からない。


「いや、本気のお願いです」


 俺と似た顔で、情けない表情はやめてほしい。腕時計がアラームで、11時になったのを教えてくれた。


もてあそぶことはしないから。じゃあ、お疲れ様~」


 まったく進まなかった書類の束を、右側の机にスライドさせて立ち上がる。コートと鞄を持って…


「いいですか、東条先生! アイツが今回泣いたら、絶対、100%、最初っから、おじさん出てきますからね!」


 お、力強く言い切ったな、小暮先生。でも、顔が情けない。まるで、親に怒られるのを怖がっている子どもだな。


「その時は、頼りにしますよ、小暮先生」


「だからー、僕は嫌ですよ」


 あの専務かぁ~。ネチネチ加減は、笠原といい勝負だろうな。


 小暮先生の泣き言を聞きながら職員室を後にして、職員玄関へと向かった。音楽室から聞こえる、桃華ももかの歌声に後ろ髪は惹かれるけれど。



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