■その331 春休みの美術室5■
床に転がっていたカエルの土鈴を拾う主に、百田さんが問いかけます。
「それにしても、なんで鈴、落ちちゃったんですかね?」
「きっと、助けてくれたんだと思うよ。これくれたの、購買の小さなおばちゃんだったでしょ? この鈴を見た後にシスター・クレアレンツの態度も柔らかくなったから、知り合いなんじゃないかな?」
主は拾った土鈴をカロカロ鳴らして、これをくれた小さなおばちゃんを思い出しました。別れ際に投げキスをくれた、可愛いおばちゃんでしたね。
「… 夜の学校ですね」
瀬田君の言葉が、妙に説得力がありますね。
「じゃぁ、やっぱり昼の学校の私達は帰らなきゃダメだね。でも、その前に…」
お片付けを済ませた主は、つかつかと黒板の方へと歩いていきます。目的は、黒板横のドアの向こう。迷うことなくドアノブを握って一気に引きます。そこは、美術準備室で、絵の具類やイーゼル、や描きかけや真新しいキャンパス、石膏像などが所狭しと仕舞われています。
「皆さん、これからもよろしくお願いします」
主は棚にお行儀よく並べられた石膏像達の前で、ペコリとお辞儀をしました。さっき、美術室中に充満したヒソヒソ声は、石膏像達のものだったんですね。
主は怯え切った百田さんを支えて、
「今度はなぁに~」
「シスター・クレアレンツの言っていた、小さき者じゃないかな? つまり、シスター・クレアレンツの生徒」
泣きだした百田さんのマッシュルームヘアーをナデナデしながら、主は声を押さえることなく普通に言います。
「じゃぁ、早く学校から出ないと、またあのシスターが来るじゃないですか!」
百田さんはアワアワしながら、主に抱き着きます。
「そうだね。見つかったら、きっと怒られるだろうね」
クスクス笑いながら、主は「急ごうか」と、歩くスピードを上げました。
職員室のある校舎を出て、渡り廊下を歩いていた時です。渡り廊下の左側、3方を校舎に囲まれた中庭は、緑生い茂る木々や色とりどりのプランターで埋め尽くされています。太陽の輝きとは違って、月の輝きは優しく静かに辺りを照らしています。その光を浴びた青白い中庭は、まるで1枚の絵の様でした。そんな中庭にも、何人もの子ども達の楽しそうな声が響いています。
「あら…」
その姿は半透明だったり、消えたり現れたり、とっても小さかったり、大きかったり… 目立つのは、兎の様に長い耳や大きく尖がった耳、狼みたいに尖ったお鼻やゾウさんみたいに長いお鼻… チラチラ見えるその姿は、パッと見は人間の様に見えますが、ちゃんと見ると人間とは異なる姿でした。それらが、中庭で鬼ごっこをしていたり、お花のベンチに座ってお月見をしていたり、輪になって遊んでいたりと、なんだか皆楽しそうですね。あ、喧嘩をしている子もいますね。
「これは…」
「我が校の怪奇現象の1つ、『夜中に校庭で遊ぶ精霊』… 夜中でも、校庭でもないけれど」
瀬田君の言葉に、百田さんが主に抱き着いたままウンウンと頷きます。
「さすが白川先輩。先輩についていれば、学校の怪異には事欠かないですね」
瀬田君は言いながらスマートフォンを取り出して、撮影をしようと構えるんですけれど、手が震えて上手く行かないようです。
「先輩、やっぱり『オカ研』に入ってくださいよ~」
「私、卒業しちゃったから、もう生徒じゃないよ。それに、早く帰らないと、お夕飯の時間になっちゃうよ。シスター・クレアレンツも見回りしてるから、今度こそ百田さん達も注意されちゃうよ」
主は百田さんのラブコールを「残念だね~」と、笑いながら流して歩き出します。
「シスターは怖いですけれど~… 先輩~、入部してくださいよ~」
主に引きずられるように、百田さんも歩きます。
「瀬田、行くぞ」
瀬田君は、ようやくスマートフォンの動画を起動出来て、「さぁ、中庭の光景を撮るぞ!!」と興奮していた所を、三鷹さんにスマートフォンを取り上げられて、がっしりと襟首を掴まれて、主達の後ろを引きずられるように歩いて行きました。
そんな主達を、2階のまどから眺めているシスター姿の影がありました。黒く落ちくぼんだ2つの穴が、しっかりと見ていました。