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第67話 帰ってきた招かれざる客

「イージスっ……!」


 ウツロの体が、緑色の光に包まれた。


「は……?」


 大刀をはじき返された星川皐月ほしかわ さつきは、声のした後ろをひょっこりと振り返った。


 真田虎太郎さなだ こたろう


 バリアを張るアルトラを使ったのだ。


「虎太郎くん、いけない……! 逃げるんだ……!」


 ウツロは刀にすがりながら、必死になって叫んだ。


 しかし少年は、実に凛然としている。


「ウツロさん! GPSアプリの動きからこの状況を知り、ここまでやってきたのです! もうすぐみなとさんたちが、特生対のメンバーを率いて応援に来る手はずになっています!」


「虎太郎くん……」


 救助が来るとの知らせに、ウツロはホッとした。


 しかしいっぽうで、危険な状況に変わりはない。


 彼は狂気の女医に立ち向かう少年が心配でならなかった。


 真田虎太郎は例によって目を丸くし、体を震わせながら、星川皐月のほうを見つめている。


「虎太郎く~ん、邪魔しちゃあダメじゃないの。それよりも何よりも、見ちゃったわね? せっかくあなたには、秘密にしてたのにさあ」


「皐月先生、こんなことは、やめてください……!」


「あらあら~、虎太郎くん。あなただけは、殺したくはないわ、ねっ――!」


「――っ!?」


 そう言いながらも、彼女は片方の柳葉刀を、少年のほうへ投げつけた。


「イージス!」


 刀は再び弾かれ、カランと脇のほうへ転がった。


「ふん、軽蔑したかしら? あなたの前では『いい人』を演じていたにすぎないってわけよ」


「そんなことはありません! 皐月先生はすばらしいお医者さんです! だからこそ、こんなことはもう、やめてください!」


「あら、わたしの何がわかるっていうの? 虎太郎くん、あなたも鏡月きょうげつから、さんざんいびられたそうじゃない。まったく、クソだったわよ、あいつは。わが弟ながら、情けないかぎりだわ。虎太郎くん、あなたはさて、どうなのかしらねえ?」


「……」


 以前から気になって思索していたこと、姉と弟の関係。


 星川皐月と似嵐鏡月にがらし きょうげつ姉弟きょうだい、そして真田龍子さなだ りょうこと自分。


 それをどうしても対比して考えてしまう。


 姉さん……


 真田虎太郎は遠目に、「ステージ」の上で気絶している姉を見た。


 いや、自分は違う。


 僕は、姉さんを守る……!」


 それだけは断じて変わらない。


 彼はあらためてそう決意し、目の前にいる「もうひとりの姉」を見つめた。


「は~あ、なんだか興を失ってきたわ。ま、こいつをぶち殺すってことだけは、変わらないけどねっ――!」


 星川皐月はウツロのほうへ向き直り、片方だけになった大刀を勢いよく振り下ろした。


「なんの、イージスっ!」


「くっ……!」


 切っ先がまた弾かれそうになるも、殺意の女医は力技で、緑色のバリアに刀を食い込ませようとする。


「皐月先生、何度でも言います! こんなことはもう、おやめください!」


 決然と言い放つ真田虎太郎に、星川皐月は狂気のまなざしを送った。


「虎太郎くん、あなた、ウツロに出会ってから、ずいぶんと変わったわよね? 蚊トンボが獅子にとは、まさにこれだわよ。いいでしょう、あなたがそう来るのなら、こちらも相応の態度を取るのが礼儀よねえ?」


 彼女は口角をつり上げた。


「ワルプルギスっ!」


 再びおどろおどろしい「手」が姿を現す。


 それはウツロを守っているバリアをつかみ上げた。


「あはは、虎太郎くん! こんなちゃちなもの、握りつぶりしてあげるわ!」


「ぬぬっ……!」


 真田虎太郎はがんばって、アルトラのパワーをアップさせた。


 しかし悲しいかな、これは完全に時間の問題である。


 彼の精神力が尽き果て、結界が破られるのは目に見えていた。


 それこそが星川皐月の狙いであり、真田虎太郎の限界でもあった。


「虎太郎くん、もういい! 君だけでも、逃げるんだ……!」


 ウツロの意識はすでに遠くなってきている。


 かすれるような声をかけるのが精いっぱいだった。


「あはは、ウツロお! あなたとそこのトカゲを始末したら、虎太郎くんもすぐに送ってあげるわよお! あなたの大切なものは、ぜ~んぶ粉々にしてやるんだから! それこそ、あなたのパパがそうしたようにねえ! あはっ、ははは!」


「ぐっ……」


 ウツロは屈辱の極みだったが、もはや抵抗する力など残されてはいない。


 真田虎太郎の能力にすがっているだけにすぎなかった。


「ウツロさん、すみません……! 僕は、もう、ダメです……!」


 バリアがどんどんと薄れていく。


 ウツロも真田虎太郎も、最後を迎えることを覚悟した。


「あははっ、取った! 死ねえ、ウツロおおおおおっ!」


 ワルプルギスの拳が、一気に力を加える。


「そこまでよ、皐月」


 また背後から声。


 今度は中年の女性のようだ。


 ウツロと真田虎太郎、そして星川皐月。


 みなが一様に、倉庫の入口に視線を送った。


「その子の言うとおり、これ以上の無駄な行動は、わたしが許可しないわ」


 すらりとした体形に、黒いスーツを身にまとった女性。


 腕を組み、ナイフのようなまなざしを送っている。


 ウツロと真田虎太郎は同様に思った。


 テレビでよく見る顔、内閣防衛大臣・甍田美吉良いらかだ よしきら、その人である。


 秘密結社・龍影会りゅうえいかいの大幹部・七卿しちきょうの一角・兵部卿ひょうぶきょう


 そして、刀子朱利かたなご しゅりの母。


美吉良よしきらあああああっ……!」


 星川皐月の顔面が、またマグマのようにゆがんだ――

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