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最終話 刀隠影司

蛮頭寺ばんとうじくん、なにやら騒がしくなってきたようだね」


「は、閣下」


 うしろへまとめた頭髪を傾け、蛮頭寺善継ばんとうじ よしつぐはかしずいた。


 「法曹界の殺し屋」の二つ名を持つ手練れの弁護士、しかしその正体は、秘密結社・龍影会りゅうえいかいの最高幹部のひとり・右丞相うじょうしょうである。


 彼は「黒い部屋」の中で、組織のトップである総帥と会話をしていた。


「毒虫のウツロ、興味深い少年だ。鹿角ろっかく典薬頭てんやくのかみ兵部卿ひょうぶきょうたちとのやり取りだけを見てもな。これほどまでに化けるものなのだな、人間とは」


 喪服を想起させるダブルのスーツを着た総帥は、ロッキングチェアをときおり軋ませながら、物思いにふけっている。


「彼の周りには、次々と人の想いが集まってきているようです。絆、むしずの走る観念ではありますが、あながち存外にもできないもののようで」


「ウツロには人をひきつける何かがあるようだ。それはひょっとすると、王者の器と呼べるものなのかもしれぬ。わたしの息子、柾樹まさきもすっかりと懐柔されているようであるしな」


「ご子息のこと、いかがいたしましょうか? 閣下がお座りの椅子を狙っているよし」


「そうでなくてはむしろ困る。その程度の気概もないようでは、わが一族の名がすたるというものだ。わたしがかつて、実の父を手打ちにしたようにな」


「は……」


 蛮頭寺善継は押し黙って、次に口を開く機会をうかがった。


「あのディオティマが狙っているようだね、ウツロを」


 空気を呼んだ総帥が先に開口する。


「アメリカへ渡っている百色ひゃくしきからの情報によると、ディオティマはウツロを捕らえ、みずからのモルモットにする腹づもりのようですな。バニーハート……見敵必殺および捕獲に特化したアルトラ使い……彼をいっしょに連れてくるようですぞ」


「ふん、こざかしい。死にぞこないの魔女めが。やつのことだ、あわよくばわれらをもと考えているのだろう」


「相手はいやしくも最古のアルトラ使いにして、いまや巨大な能力者の軍団をかかえております。いかがいたしましょう、閣下?」


「そうだね、さしあたり応戦の準備は万全にしておいてくれたまえ。ディオティマめ、長生きしているだけにすぎない年寄り風情が増上しおってからに」


「閣下がその気にさえなれば、いつでも始末は可能であるかと」


「ふむ、よく言ってくれたぞ蛮頭寺くん。およそあらゆるアルトラの中で、わたしのダーク・ファンタジーを越えるものなど、存在しえないであろう」


「この蛮頭寺善継、閣下という存在のおそばにはべられること、まっこと心強く思いますぞ」


「ふふっ、存在、存在か……みんな好きだよね、存在が」


「ふふっ……」


 ロッキングチェアがキシリと鳴った。


「そういえば、森くんもこちらへ向かっているそうではないか。それと呼応するかのように、彼を父の仇とする少年、姫神壱騎ひめがみ いっきも動き出したようだな」


「さすがは閣下、早耳ですな。森はかつて、似嵐鏡月にがらし きょうげつと行動をともにしていた男なれば、すなわち……」


「ウツロとの接触をもくろんでいることは自明であるな。そして彼らが持つ古の宝剣、その名を、桜切さくらぎり


魔王桜まおうざくらを切りつけたという伝承があるということは、やはり……」


「うむ、おそらくディオティマは、そちらのほうにも目をつけているのであろう。彼女にとり、非常に利の多い来日ということになるな。いや、利の多さがあってこそ、来日を決断したと考えるのが妥当か」


「は、おそらくは」


左丞相さじょうしょうである百色くんが不在となると、蛮頭寺くん、よろしく頼むよ?」


「すでに鬼鷺大警視きさぎだいけいし囀大検事さえずりだいけんじ、ならびに七卿しちきょうが動いております。対策はきわめて入念なれば」


鬼堂きどうくんが幻王げんおうによからぬ打診をしたとか」


斑曲輪民部卿ぶちくるわみんぶきょうは十二分に心得ている様子。心配の必要は皆無かと」


「ややこしいことだな。正直疲れるよ、この仕事は」


「おそれながら、心にもないことを。閣下は楽しんでいらっしゃるようにお見受けしますぞ?」


「ふふっ、それでこそ右丞相である。あの鹿角も安易には信用できん。全幅の信頼を置くという意味では、やはり君だな、蛮頭寺くん?」


「もったないお言葉でございます、閣下。この蛮頭寺善継、平伏して閣下の悲願を成就する所存なれば」


「ふふ、いよいよ楽しくなってきたね」


 総帥はロッキングチェアに体重を預けてリラックスした。


「ウツロよ、ディオティマよ、どこからでもかかってくるがよい。わたしがたちどころに、滅ぼしてしんぜよう。この龍影会総帥・刀隠影司とがくし えいじがな」


 眼前の卓上に端末がボヤっと光っている。


 映し出されているのは、ひとりの少年の画像だった。


「早くおまえと会いたいものだな、柾樹? 刀隠の血を継ぐ者よ」


 部屋の側面を支配するスクリーン。


 そこに投影される魔王桜。


 その存在はどこにいて、何を考えているのか。


 あるいはすべて、異形の王の意思によるものなのか……


 魔王桜は何も言わない。


 しかし、語りかけているようにも見える。


 黒い部屋にはいつまでも、大輪の桜花が舞い乱れていた――


(アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二) 了)

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