「東京へ下ります」
「……」
鮮やかな青い羽織の中年男性がスッと口を開いた。
そばにいるもうひとりの男性、年の頃は少し下であるが、その男は茶せんを動かす手を止め、言葉に耳をそば立てる。
京都府京都市左京区、土地の名門・三千院家の屋敷。
桜に囲まれていることから通称「
奥屋敷の上座に座っている
打ち身は2メートルに届く長身、年齢は50歳近くであるが、眉目秀麗なその顔立ちは、実年齢よりもゆうに20歳は若い印象を与える。
「静香さま、本当によろしいのですか? お体に障ることは明白でございますぞ?」
控えて座っている濃緑の羽織の男は、主人が茶を飲み終えるのを待って顔を上げた。
その眼光は
三千院静香は器を置くと、おもむろに語り出した。
「重々承知しております。しかし、わが友・
「しかしながら静香さま、そのお体では……」
「このことを知っているのは
話を聴くその男、名は
三千院静香に幼い頃からつかえており、主人には勝るとも劣らない剣豪である。
しかし過去に、実践の場において負傷し、光を失っている。
三千院静香はそっと、胸もとに手を当てた。
「わたしはもう、長くはない。後生です霊光さん、最期を迎えるそのときが来る前に、わが友・龍聖、そして壱騎くんの無念を晴らしてあげたいのです」
「静香さま……」
百鬼院霊光は覚悟を決めた。
「
障子の向こうに複数の影。
大きいものから小さいものまで、計6体ある。
三千院静家の
「霊光さん、お願いがあります」
「は、なんでございましょう?」
三千院静香はかしこまって申し立てをした。
「かの地、
障子の奥の影たちは代わる代わる顔を見合わせた。
「なんと、遥香さまを……? それはまた、なぜゆえにございますか?」
百鬼院霊光は顔を傾けた。
「よい勉強になると思うのです。それに、わたしが遥香といっしょにいられる時間も、おそらく残り多くはない」
「なるほど……静香さまのお気持ち、深くお察し申し上げます。心得ました、周囲を固める者たちの選別も含め、すぐに手配いたします」
「申し訳ありません、わがままを言ってしまって」
「何をおっしゃいますか。遥香さまも鍛錬を重ね、日に日に腕を上げておられます。必ずや心強い存在となるでしょう」
百鬼院霊光をはじめとする七本桜は退室し、あとには当主・三千院静香だけが残された。
「ぐ……!」
ずっとこらえていたが、ついに抑えきれなくなって、口に手を当てた。
「ごふっ……」
鮮血が手のひらを赤く染め上げる。
「ふう、ふう……」
そばに忍ばせてあった布地で、彼は吐血をぬぐった。
着物をはだけ、胸もとをのぞく。
めりこんだ
しかもその傷跡は、なにやらもぞもぞとうごめいているのだ。
「
三千院静香は着物を直し、呼吸を整える。
「
彼は深く息を吸い、目を閉じた。
「しかし何よりも、何よりも……わが奥義・
カッと見開いた目、その凛とした姿は、剣神の名に恥じることのない決然たるものである。
「とにかく、時間がない。早く、しなければ……」
桜の舞い散る庭園、宿命を背負った男は眼光鋭く、しばらくその光景を目に焼きつけていた。