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6月8日 ラッキーナンバー

「星の今日のラッキーナンバーは一〇〇だって!」


 朝起きたら、ユリからそんなメッセージが届いていた。

 送信時間は朝の五時。

 そんな時間に何をしてるんだと思ったけど、あいつは基本的に早寝早起きするやつだった。

 今ごろはもう学校に登校していて、朝練の準備に励んでいるところだろう。

 対する私はゆっくりと身支度を整えて、始業に遅れない程度に優雅に登校する毎日だ。


 と思ったけど家を出てから無性にコーヒーが飲みたくなってしまった。

 朝食のフレンチトーストがちょっと甘かったかな。

 ウチのフレンチトーストは、漬け液自体は甘くしないで、後掛けのはちみつで甘さを調節するスタイルだ。

 家族それぞれ好みの甘さに違いがありすぎるからという理由だけど、今日は残量が中途半端なボトルが残っていたので、全部かけてしまったのが間違いだった。歯も磨いたというのに、ねっとりとした甘さが妙に喉に絡みついている。


 仕方がないので缶コーヒーで済ませよう。

 あまり無駄遣いはしたくないので、季節の変わり目によくある一〇〇円特価のやつ。


 身を屈めて取り出し口から缶を取り出すと、頭上から聞いたことがない音が響いた。


「……もしかして当たってる?」


 びっくりして、ひとりなのに声が漏れてしまった。恥ずかしい。


 ルーレット付き自販機の文字盤に表示される「7777」の文字。

 自販機のボタンが、また購入可能の状態で光る。


 思い出すのは、今朝のユリからのメール。

 一〇〇円でアタリが出たってこと?


 ラッキーナンバー……本物かもしれない。


 ちょっぴりいい気分、というかうわついた気分で学校につくと、教室で浮かない顔の毒島さんを見かけた。


「どうしたの。眉間の皺が増えてるけど」

「そんな、いつも刻んでるような言い方しないでください」


 憎まれ口を叩くくらいの余裕はあるようだけど、彼女は立て続けにため息をつく。


「今朝入れたハーブティーのマイボトルを忘れてきてしまって……今日はジャスミンを中心に鎮静と抗不安効果のあるハーブをまとめたのに、残念です」

「毒島さん、疲れてるの?」

「普段の誰のせいですか」


 じっとりとした目で睨まれてしまった。

 別に何かしたつもりはないのだけれど……何もしてない、という心当たりならある。


「あ、そうだ」


 ふと思い至って、スクールバッグの中を漁る。

 目的のものはすぐに見つかって、それを毒島さんに差し出した。


「これ、あげる」


 ペットボトルのジャスミンティー。

 今朝の自販機のアタリで貰ったものだ。


「えっ……良いんですか?」

「市販品で良いならだけど」

「でもこれ、ご自分用に買ったんじゃ」

「貰いものだからいいよ」


 そもそも自分の分なら家から持ってきたのがあるし。

 飲むか分からないペットボトルを鞄に入れたまんまというのも、地味に重くて面倒なもんだ。


 毒島さんは少し迷ってから、ためらいがいちにそれを受け取ってくれた。


「ありがとうございます……あ、でも、タダでいただくのは申し訳ないので、良かったらこれどうぞ」


 そう言って私に、財布から取り出した商品券のようなものをくれた。


「これ、割引券?」

「よく使うオーガニック系のハーブ屋さんのものです。とてもいいお店なので、ぜひ利用してみてください」

「ああ、うん、ありがとう」


 そこまで興味はないんだけど、断るとまためんどくさいことになりそうなので素直に受け取っておく。

 一〇〇円引き券か……割引券としては微妙な気がするけど、ラッキーナンバーの効能はまだ先があるのかもしれない。


 お昼休みになって、今日はユリとアヤセとの三人でダラダラと机を囲う。

 クラスが別々になってからというもの、二年生の時みたいに毎日一緒にご飯を食べるということは、流石になくなってしまった。


 三年生になって、単純にそれぞれ忙しくなってきたのもあるし、同じクラスになっていても似たような感じだったかもしれない。

 でもたまにはこうして一緒に過ごせるし、他のクラスに足を運ぶというのも新学期当初よりは慣れてきた。


「そう言えば星、ラッキーナンバーの調子はどう?」


 ユリに尋ねられて、私はお茶をひと口含んでから答える。


「あんたさ、アレそもそもどっから持ってきたラッキーナンバーなの」

「えー、朝にベッドでゴロゴロしながら見てた無料占いサイト?」


 朝にベッドでゴロゴロ……じゃなくって、それって全く信用のないお遊びサイトじゃないの?


 でも全くのハズレって感じでもなく……なんとも微妙な感じだ。

 私は財布から、毒島さんに貰った割引券を引っ張り出す。


「とりあえずラッキーナンバーの効果は、今はこんな形に変わってるかな」

「うおー、お前それどこでゲットした!?」

 そしたらアヤセが、おにぎりにかぶりついたまま、こっちにも食いついてきた。

「何、有名なとこなの?」

「基本はお高いエステルームとか、喫茶店とかにしか卸してない業務用メインの店なんだけど、お得意様限定でご家庭販売もしてるとこなんだよ!」

「業務用……なら、アヤセの家でも卸せるんじゃないの?」

「ウチはほら、和菓子屋だから。ハーブ系は店のカラー的にちょっとなあ。いいなあ」


 興奮した様子で語る姿を見る限りでは、要するにその道では相当なレアアイテムってことなんだろう。

 確かにチケットも「割引券」じゃなくって「ご優待券」って書いてある。


 これ、ご本人以外も使えるんだろうか……と思ったら、注意書きに「ご紹介の方は、紹介してくださったお客様のお名前をスタッフにお伝えください」と書いてあった。

 どうやら招待券も兼ねているらしい。


 私はひとしきりチケットを眺めた後に、アヤセの鼻先でぴらぴらとなびかせた。


「いる? 私、そんなに興味ないし」

「まじ? いる!」


 言うや否や、彼女はチケットをひったくって、あっという間に自分の財布にしまってしまった。

 私が持ってても存在を忘れて腐らせそうだし、それなら欲しがってるヤツが手に入れた方がお店側も嬉しいだろう。


「じゃあ、代わりに星にはこれをやろう」


 アヤセは財布からまた別のチケットを取り出した。

 今度は二枚。


「親が商工会の集まりで貰ったっていう映画館のチケット。決まった作品じゃなくって、何でも観れるすげーやつだ」

「えっ……そんなの貰っちゃっていいの?」

「いいのいいの。有効期限、今度の土曜日までだし」


 よくよくそのチケットを見てみると、確かに有効期限の欄に今週末の日付が刻まれていた。


「ギリギリじゃん」

「そうなんだよ。親父がそもそも貰ったこと忘れてたやつでさ。くれるのはいいんだけど、私もちょっと用事があって」

「でも、こんなの二枚も貰っても――」


 どうしたもんかなと迷っていると、隣で目を輝かせているユリの姿が見えた。


「……ほしいの?」

「欲しいっていうか、ちょうど観たい映画あるんだよね!」

「……土曜日までに時間あるの?」

「土曜日の部活終わった後なら空いてる!」

「ああ、そう」


 彼女のきらきら眼差し光線に当てられて、私はアヤセの手から二枚のチケットを受け取る。


「じゃあ行こうか」

「やったー! 星様、愛してるー!」


 ユリが勢いよく飛びついてきて、椅子から転げ落ちそうになったのをどうにか堪えた。

 彼女はくっついたまま、満面の笑みで私を見つめる。


「ラッキーナンバーの効果だね!」

「わらしべ長者のほうが正しい気がするけど」


 そんなことはまあ、些細なことかもしれない。

 私だって一日中勉強してるわけじゃないし、ユリの部活後の時間に合わせるくらいのことはできる。

 私は、降って湧いた幸運をただただ噛みしめた。

 あと、今朝の占いサイトとやら、あれのアドレス教えて貰おう。

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