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6月17日 本音と建前と見えない心

 校内交流会――めんどくさいので合コンと呼ばれてるそのイベントは、先代生徒会長の公約「月イチイベント(月に一回何かイベントをします!)」の一環として開催された。

 合コンとは言っても、浮かれた大学生や社会人が下心満載で行うアレとは違って、校内における人材交流の活性化を目的としている……というのが基本的な建前だ。


 接点はないけど話してみたかったあの人とお近づきになりたい――という思いは、時と場所を選ばずどんなところにも存在するもので、昨年の第一回合コンイベントは思った以上の好評価で幕を下ろしたらしい。

 らしい、というのは私が参加してないから。


 二年目の開催である今回は、副賞として「気になるあの人へのデート指名権」というものを貸与するパワーアップ版企画。

 そのおかげかどうかは分からないが、放課後の学食を間借りした会場は、予想以上の人でごったがえしていた。


「大成功じゃん。どうですか、主催者としてこの眺めは」


 隣で尋ねるアヤセに、私は大きなため息をひとつ交えて応える。


「単純に疲れた」

「夢のないこと言うなよ」


 そんなこと言われたって、開場からこのかたずっと人の誘導やら、整理番号つきネームプレートの配布やら、話しかけられたら対応やら、休む暇もなく働き詰めになっている。


 会場でのご歓談は、基本的には立食のフリートーク型式だ。

 テーブルの上にソフトドリンクやら、ちょっとつまめるお菓子やらを並べて、あとはお好きにどうぞという感じ。

 いわゆる街コンみたいに、時間を区切って席の移動を行ったり、グループを組ませたり、そういうことは一切行わない。

 そうなると、自然とぎゅうぎゅうの人だかりができるスペースと、比較的少人数でのんびりうふふと歓談するようなスペースとができて、参加者それぞれのトークモチベーションに合わせた環境が用意できる。

 アヤセは、そんな会場をぐるりと見渡しながら、特に人だかりの方に目を凝らしていた。


「今年の人気トップはっと……おお、やっぱりスワンちゃんすごいな。定期演奏会でブイブイ言わせた直後だしな」


 彼女の視線の先に、ひとつの大きな人だかりの中心になっている須和さんの姿が見えた。

 人が集まっているわりには活発なご歓談――というよりは、ひと言ふた言交わしながら、優雅にお茶を飲んでるような、そんな光景。

 普段の彼女を思えば会話が盛り上がるなんて様子は想像できないし、周りの生徒たちもそんな彼女と一緒の空気に触れて、〝鑑賞〟しているだけで満足そうだった。

 すごく独特というか、あそこだけ別の世界観の光景に見えた。

 あるはずのない薔薇の花とか舞ってるような気になる。


「運動部のやつらは、上級生が徒党を組んで下級生グループを囲ってるって感じだな」

「あれは、なんかいつもの光景って感じがする」


 ぼんやりとした記憶にあるのは合格発表の日のこと。

 それぞれの部活の人気どころの生徒で合格したばかりの新入生たちを青田刈りしていたのが、今は遠い昔のように思える。


「節度さえ守ってくれたら、別に何をしてくれてもいいんだけど」


 こっちとしては「会が盛り上がった」という事実さえ残ればそれで。

 会長としての実績どうこうはどうでもいいけど、何もしなかった会長というレッテルを貼られることだけ避けられたらそれでいい。

 ただでさえ先代はエネルギッシュで、実績が多いのだから。


 そういうところもあって、アレの次の会長はやりたくないからと、私たちの代は候補者が全くと言っていいほど出なくって、私なんかが席をかっさらうことができたのだけど。


「アヤセ先輩、今って忙しいですか?」


 不意に、見慣れない生徒が私たちに声をかけてくる。

 内履きの色的に後輩の二年生だ。


「ひと息ついてたとこだけど、どした?」

「いや、その、先輩と話してみたいなーって言ってた友達が居て……」

「おお、そう言うことなら大歓迎よー。悪いな星、ご指名入ったから後で」

「はいはい」


 さりげないウインクを残してアヤセが去っていく。

 名も知らぬ後輩ちゃんも私に軽く会釈をしてから、彼女を引き連れる形で人ごみに紛れていった。


 アヤセは後輩に人気がある。

 もともと交友関係は広い方だし、学年関係なく顔は広いやつだけど、そういう気さくさが年下にはかっこよく見えるんだろう。

 性格もどちらかと言えば姐御肌だし。

 ちょっと抜けたところも愛嬌というやつかもしれない。


 そうやって要素だけあげてみると、抜け目ないキャラをしてる。

 本人は別に狙ってるわけではないと思うけど。ちょっとだけ羨ましい。

 ちょっとだけ。


 とにかく、思いがけずフリーになってしまったこの時間は有効に使わせてもらおう。

 レクのクイズ大会も終わらせたところだし、あとはもう閉会まで目だったことは起こらないはず。

 私は自然と、雑踏の中からふたつの影を探した。


 ひとつはユリ。

 その姿はすぐに見つかる。

 というより、さっきから見えてる。

 アヤセと一緒に眺めていた運動部の集団のひとつにユリたちチア部の姿はあった。

 彼女たちはラグビーのスクラムでも組む勢いで壁を成して、一年生カラーの内履きを履く生徒たちを取り囲んでいる。

 一緒にお茶とお菓子をつまむ姿は一見和やかなようだけど、部員たちの目は完全に人材という獲物を探す狩人のそれだ。

 なんだか、こっちは放っておいて良さそうだな。

 というより、あれに巻き込まれたくない。


 だから私は、もうひとつの方を探す。

 この人ごみの中じゃ、埋もれて潰れてしまうんじゃないかっていうちんまい影。

 意気揚々とテーブル上の空のペットボトルを回収してまわってる穂波ちゃんの方じゃなくって……あ、いた。

 私はおもむろに足を向けた。


「もう来ないと思うから、受付はついてなくてもいいよ」


 学食入口脇の受付テーブルで、宍戸さんはぼんやりと外を眺めて座っていた。

 声をかけたことでこちらに気づくと、彼女は取り繕うように前髪を整えてから、私を見上げる。


「空けておくよりは、誰かついていたほうが良いかなと思いまして……」

「誰か気づいた人がその都度対応すればいいよ。それいより……いいの、行かなくて?」


 そう言って私は中の喧騒に目を向ける。

 その視線の先にチア部の集団を捉えて、宍戸さんもそのことに気づいた様子だった。

 彼女は、遠慮がちに笑う。


「さっき、少し時間が空いたのでお話してみようと思ったんですけど……わたし、自分が人ごみがあんまり得意じゃないの忘れてて……あと一歩、勇気を出せませんでした」

「そうなんだ。無理はしなくていいけど……なんか、もったいないね」

「そう、ですよね」


 彼女は寂しそうに、というよりどこか諦めたように俯く。


 もったいない――というのは、相談に乗ってしまった先輩の目線での言葉だ。

 あと一歩の勇気がないと言うけれど、そもそも宍戸さんには好きなものを好きと口にできる勇気がある。

 私はそう思うけど。

 吹けなくなった楽器を、それでも泣きながら好きと言って、そしてユリのことも。


 口にしたら終わってしまって、なかったことになってしまうんじゃないかって思って、だから言葉にできない私とは違う。

 普段は私以上に臆病で引っ込み思案のくせに、彼女は自分の〝好き〟には正直でまっすぐで、こんなにも体当たりだ。


 私はいつか、宍戸さんは自分に似ていると思った。

 自分に似ているから、ユリのことも――そう思っていたけど、きっと違う。

 私と宍戸さんは全く違う。

 当たり前のことなんだけど、そう思うことで、どこか自分自身を納得させようとしていたのかもしれない。


 ふと、チア部に囲まれてる下級生のひとりと目が合った。

 というより、アヤセと一緒に見ていた時から何度かちらちらと視線が合っていたような気がする。

 たぶん、そう言うことなのかな。いくらか気持ちの整理をつけた私は、ゴミ袋を抱える穂波ちゃんを呼び止めた。


「お疲れ様。あとは会が終わってから、まとめて片付けるんでいいよ。それより聞きたいことがあるんだけど……あそこの集団の一年生に、知ってる子いる?」

「え……ああ、それならクラスメイトが居ます。他の子は同じ部活の仲間だと思います」

「なんか、さっきから話したそうにこっちのこと見てたから。残り時間もあんまりないけど、良かったら紹介してくれるかな?」

「はい、いいですよ」


 穂波ちゃんが頷いてくれたのを確認して、私は宍戸さんを振り返る。


「そういうことだから、行こうか」

「えっ……わたしも、ですか?」

「私たちと一緒でも無理そう?」


 尋ねると、彼女は少しだけ考えてから首を横に振る。


「いきます、わたし」


 自分に言い聞かせるように口にして、宍戸さんは受付席から立ち上がった。


「あー、星だ! なに? 討ち入り? 討ち入りなの!?」


 私たちが会話の輪に近づくと、それに気づいたユリが素っ頓狂な声をあげた。

 生徒会長が後輩役員ふたりを連れて現れたら、そりゃ仕事かなんかだと思われるのも仕方ない。

 ほかのふたりじゃなくって真っ先に私を見つけてくれる。

 ここに来た目的とは違うけど、たったそれだけで、私の心は満足する。

 毎度のごとくちょろいもんだけど、そのちょろさに今は感謝したいくらい。


「あと閉会まで仕事がないし、生徒会も話に混ぜて貰おうって思っただけ。それともなに? 討ち入りされるようなことでもしてるの?」

「し、してないよ……ね?」


 ユリはどぎまぎしながら、チア部の面々と視線を交す。

 ほんとに何もしてないよね。

 なんか不安になったけど、それも目的とは違うので今は目をつむる。


「ということで、良いかな。話の途中だったみたいだけど」


 私はそう言って、さりげなくこっちを見ていた一年生に視線を向けてみる。

 彼女と、彼女の周りにいた子たちは、ほんのり色めきたってから嬉しそうに頷いてくれた。


「私の紹介いらないんじゃないですか?」


 隣から、穂波ちゃんの不満げな声がこぼれた。

 そう言えば、そういう話で来たんだっけ。


「改めて、ちゃんと紹介してくれたらそれはそれで嬉しいよ」

「そうですか。なら良いです」


 穂波ちゃんはそれで納得してくれたようだった。

 そのまま私は、宍戸さんの背中を押して話の輪の中に放り込んだ。


「きゃっ」

「おっと」


 突然のことで驚いて、躓いた彼女を咄嗟にユリが支えた。

 宍戸さんは、また別の意味で驚いて、ユリのことを見上げる。


「ご、ごめんなさい……ありがとうございます」

「謝りながらお礼とは、なかなか器用だね?」


 そう言って笑うユリに、宍戸さんはすっかり顔を赤くして、目を背けてしまう。

 同時に周りのチア部員がきゃいきゃいと集まってきた。


「ちょっと、ツバつけてる一年生いたならちゃんと部室に連れてきてよ」

「歌尾ちゃんは生徒会の子だからダメだよー。あ、でもチアに興味あるなら歓迎だよ!」

「歌尾ちゃんっての? 背は低いけど案外体幹はしっかりしてそうと見た……何かスポーツやってる?」

「あ……いえ……わたし、その……」


 姦しい集団に囲まれて、宍戸さんは助けを求めるようにこっちを見た。

 私はそれに気づかないふりをして、穂波ちゃんといっしょに一年生たちの相手に終始する。


 助け船を出してあげてもいいんだけど、ここまでサービスしたんだからこれくらいの波は頑張って乗り越えてもらいたい。

 これは決して意地悪じゃなくって、ユリとつるむってのはそういうことだから。

 それを口実に私も目を逸らす。

 穂波ちゃんとその友人たちには悪いけど、話した内容なんてほとんど覚えていなかった。


 そうしている間に閉会の時間がやってくる。

 私たちもほどよいところで話を切り上げて、他の生徒会メンバーを進行のために呼び集めた。


 まずは会の目玉である、相互ペア選定。

 参加者みんなに気になる相手の整理番号を書いてもらって、それが双方向で会えばめでたくペア選出――なのだけど、昨年はひと組しかできなかったという相互ペアは、今年も予想通りにうまいこと噛み合いはしなかった。


 数名の生徒に一極集中したという去年に比べて、今年の投票はかなりばらけた印象だった。

 ただばらけたらばらけたで、噛み合う確率は減るというもので。

 それだけ色んなひとと交流してくれたという結果にはなるのだろうけど、相互ペアは残念ながらひと組も生まれなかった。


 そういうわけで、おそらくは参加者の大半の本命であろう指名権に話はうつる。

 まずはクイズ大会の景品として先んじて手に入れた二年生の子が、その権利が優先的に割り振られた。


「あの、生徒会の狼森さん、お願いします!」

「え、私?」


 呼ばれるとは思ってなかったのか、アヤセが食い気味に反応した。

 目を白黒させる彼女の小脇を、私は小突く。


「やるじゃん」

「いやー、そっか、私か。人気者は困りますなあ、なんて」


 照れ隠しみたいに頭を書きながら、指名してくれた子のところに歩いてったアヤセは、その子の手を取って握手をした。


「じゃあ、楽しくどっか遊びに行こうか。生徒会の金で」


 生徒会の金で――というのは、副賞のデート代カンパのこと。

 今年は指名券もあったので控えめに二〇〇〇円だけど、それでもカンパはカンパだ。

 握手を交した後輩ちゃんは、嬉しそうに笑顔で頷いた。


「それじゃあ、ダブルチャンスの抽選をはじめまーす! 残った権利は二名分! 自分の番号を呼ばれたら、手を挙げて教えてくださーい!」


 金谷さんが声掛けと一緒に注目を集めて、目の前に置いたくじ引きボックスに手を突っ込んだ。

 参加者それぞれの整理番号が書かれた籤が入っている中から一枚を引っ張り出して、高々と掲げる。


「えーっと、まずは……八番! 八番のひとー!」


 みんなが一斉に自分の番号を確認する。

 いったい誰が当たったのかとざわざわめく中で、すっとひとりの手が挙がった。


「私」


 凛とした声に、開場中の視線が一気に集まる。

 私もその姿を見て、それから内心ぎょっとした。

 進行役の金谷さんが、感嘆の声をあげながら拍手した。


「須和さん、すごい! おめでとうございます! それで……どなたに使いますか?」


 会場中が、須和さんの言葉に意識を集中する。

 吹奏楽部のエースで、今日も注目の的だった彼女が誰を指名するのか。

 人によっては期待。

 また別の人によってはゴシップ感覚で、彼女の言葉を待つ。


 一方の須和さんは、相変わらず何を考えているのか分からない顔で会場に視線を巡らせる。

 いや、初めからそうすることを決めていたように、たった一点に吸い寄せられていた。


「生徒会長」


 彼女の唇が、はっきりとそう告げる。


「よろしく」


 須和さんにまっすぐ見つめられて、私はどんな反応をしたらよいのか分からず、ただ静かに息を飲んだ。

 それまでのユリのこととか、宍戸さんのこととか、全部頭の中から吹き飛んでしまうくらいに、今日一番の驚きと先の見えない不安が、私の心を占めていった。

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