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6月24日 バンド……しようぜ!!

 今日はみんな部活の集まりがあるようで、生徒会室にはひとりきりだった。

 たぶん来客はないだろうし、早めに部屋を閉めてしまっても良かったのだけど、このあとひとつ用事があるのでそれまでの時間つぶしが必要だった。


 会長デスクの椅子に腰かけて、ぼんやりとスマホのメッセージ履歴を遡る。

 昨日の夜の穂波ちゃんとのやり取りだ。

 週末のことについて軽く聞いてみるくらいのつもりだったのだけど、むっつりおしゃべりな彼女は怒涛の返信で事細かに教えてくれた。


 結論から言うと、すべては成り行きだったという。

 昨日の昼休みに、たまたま廊下で会って、ちょっと話し込んだ時に「今、どこのお店も夏物セール中ですよね」「じゃあ今度の休みに見にいこっかー」みたいな、そんな感じ。

 そりゃ私が知らなくても仕方ないし、別に相談されるようなことでもない。

 ただ、なんでかこう、気になる相手を遊びに誘うシチュエーションってもっといろいろと考えたり、そもそもどう誘おうかって悩んだり、そういうもんだと思ってたのでスピード感に圧倒されてしまったというわけだ。

 そんなの私だけか。

 私だけかもしれない。

 自分が恋愛音痴なのは今に始まったことじゃない。


 ユリはすっかり拗ねた様子で「自分だけ行く」って言ってたけど、どうやら穂波ちゃんも一緒みたいだし。

 特に心配することはない……と思う。

 そもそも心配ってなんだろ。

 ああ、もう、これだからスピード感がないって思うんだ。


「おー、狩谷いたな。そろそろ大丈夫だってよ」


 ノックもなしにドアが半開きになって、そこから雲類鷲さんが顔を出した。

 私はスマホをポケットにしまって腰を上げる。


「わかった、すぐ行く」


 荷物は、鍵さえかければ置いて行ってもいいか。

 どうせ行くのはお向かいさんだし。

 そうして生徒会室を出た私はお向かいさん――放送室へと足を運んだ。


 重い防音扉を抜けると、独特の匂いが鼻先を掠める。

 たぶん古いテープとか、機材とかそういう普段の日常生活では嗅がないような匂い。

 独特と表現してしまうのは、自分がそれを嗅ぎなれていないからで、日々ここで過ごす〝彼女〟たちにとっては、家の玄関の香りくらい馴染みのあるものかもしれない。


「やや、どうも。ようこそおいでくださいました」


 ひょろっとした高身長の女生徒がひとり、部屋の中心に雑に設置されたテーブルに私たちを誘う。


「改めまして、文化祭実行委員長のコンピラです。琴に平と書いてコンピラです。どうぞよしなに」

「ああ、うん。知ってるけど」


 ごく自然、というより勢い任せの握手を求められて思わず応じてしまう。

 琴平さんはひとしきり笑顔で手を握った後に、雲類鷲さんをちらりと覗き見る。


「流翔ちゃんも握手しときます?」

「そういうウザ絡みは相手選べよ」

「ウザ……せめてフレンドリーと言っていただきたい。あ、会長サンはどうぞお掛けになって」


 パイプイスに腰を落ち着けると、ようやくちょっとだけ気分が落ち着く。

 慣れない空間に立ったままっていうのは息が詰まる。そもそもこの放送室ってやつは天井が低いからなおさらだ。


 ふと辺りを見渡すと、壁際に大量のゴミ袋が積まれていた。

 今日の集まりのために慌てて片付けたんだろう。

 少し待たされたのは、おそらくそのため。

 今日、ここに集まることになったのは、ここが琴平さんの根城だからだ。

 文化祭実行委員長である琴平さんは、普段は視聴覚委員会の委員長でもある。

 私も校内放送やら、講堂の音響設備を使う時やらには世話になっている。


「で……私はこれ、何の集まりかいまいち理解できてないんだけど」


 だから知らない相手というわけではないのだけど、テーブルを囲むふたりの顔ぶれを前に、私は完全に気おくれしていた。

 片や学園祭実行委員長。

 学園祭全体の統括責任者。

 そしてもうひとりは、学園祭のいちイベントである文化祭の実行委員長。

 それを言ったら私も学校全体を統べる生徒会長なんだけど、そこになんの権力も威厳もないことはいつもの通りである。


「文化祭の話し合いってことでいいの?」

「まあ、ひいてはそういうことになるわけですが……ちょっとお待ちを。どこにやたかな?」


 琴平さんは、放送機材の上に山になったプリントの束を漁り始める。

 ざらざらと崩れたそれらは、見たところ印刷した台本か何かのようだ。

 そこから目当てのものらしい一冊を取り上げると、テーブルの上にやたら恭しく置いた。


「なにこれ」


 思わず声が出てしまったけど、目の前のそれが何かは分かっている。

 台本だ。

 うん。

 だからその質問は「これが何か」ってことじゃなくって、これを見せられてどうしろってことなのかって意味。


「文化祭は文化祭ですが、今日は文化祭ビデオの話し合いということです」

「文化祭ビデオ?」


 なんだっけそれ。

 ちょっとだけ記憶の端にあるけれど。


「文化祭の時に、視聴覚委員の出し物で毎年、動画の上映あるだろ。あれあれ」


 雲類鷲さんの言葉に、ああ、と記憶と単語が繋がる。

 あったあった。

 映画……と言うには、ちょっと身内ネタに走りすぎなコント動画みたいな感じの映像作品。

 だいたい文化祭と、あと一般招待日の時も来客向けの上映を行っていたっけ。


「思い出していただけたようで何より。というわけで、今年も多大なるご協力をお願いしたくというわけです」

「協力? てか今年〝も〟ってなに?」


 悪徳商人みたいにもみ手でお伺いを立てる琴平さんに、私は素で首をかしげる。


「あれ、もしかして、ご存じない? 毎年、生徒会と実行委員の全面協力で作ってるんですよこれ」

「……そうなの?」


 そんなの知らないんだけど……と言葉にする前に、琴平さんはスマホの画面を私の目の前に突き付けた。

 映っていたのは、去年のらしいビデオのメイキング画像だった。

 カメラに、物干し竿みたいなのについたマイクに、レフ板に、思いのほか本格的な撮影風景の中でウチの姉がカメラ目線でピースをしている。


 朧げな記憶の中で、去年の上映作品がぼんやりと思い浮かんだ。

 そう言えばウチの姉とか、先代とか、出演してたっけ。

 あれ、単純に内輪ネタで参加してるのかと思ってたけど、もしかして正式な協力だったのか。


 そんな私の「かもしれない」を後押しするように、琴平さんは立て続けにスタッフロールらしき映像の一部を映し出した。

 そこにははっきりと「制作:視聴覚員・学園祭実行委員・生徒会」と書かれていた。

 琴平さんはスマホを構えながら、ニコニコと満足げな笑顔を浮かべる。


「と、いうことでここはひとつ恥を捨てて、なにとぞ」

「恥ずかしいことさせる気なの」

「それは人によるかもしれませんね」


 胡散臭い笑顔から視線を外して、私はもう一度テーブルの上の台本に目を落とす。

 伝統だから協力しろ、というのなら百歩譲ってそこは仕方がない。

 仕方がないけど、このタイトルはなんなんだ。


「ガールズバンド・オブ・ザ・デッド……」

「ワタシ、一度でいいからゾンビ映画を撮ってみたかったんですよね! 大好きなので! というよりゾンビの特殊メイクが、これ結構楽しくてですね、大々的にやってみたかったんですよね!」

「これって怖いヤツ……?」

「まさか、怖いゾンビ映画なんてあるわけないじゃないですか! ゆるキャラ大集合みたいなもんですよ!」

「ゆるキャラ大集合」


 そうかな?

 前々からホラー映画が好きな人種は頭のネジが飛んでるどころか、掛け違いになってるんじゃないかって思ってたけど、その感覚は間違ってないと確信する。


「それで、なんでガールズバンド……?」

「それはまあ、いろいろとネタを仕込んだ結果と言いますか。あ、良かったらこれ差し上げますので、どうぞご自宅でご覧になってください」

「あ、ありがとう……」

「あたしの分もくれよ。実行委員の分コピーしとくから」

「流翔ちゃんには、帰ってご飯食べてお風呂も入って部屋でゆっくりしてるときくらいに、思い出したらデータで送りますからねー」

「用意周到に雑な対応かよ」

「あの、いいかな」

「はい、何でしょう会長サン」


 なんだかなし崩しに話が進んでしまいそうなので、一端仕切り直す気で口を挟む。


「台本はこれで決定なの?」

「任せてください。自信作です!」


 どんと胸を張って答えられた。

 あ、これ、意見を言える余地のないやつだ。

 この感覚、つい最近もあったなと思ったら、毒島さんとクラスTを作ってる時のことが頭をよぎった。


 それにしてもガールズバンドって……なんで私が何かを断ろうとすると、後ろから必然性が追いかけてくるんだろう。

 そういう星の元に生まれたってなら、その星を恨んでやりたい。

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