目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

51.悪魔の再来


「(オレは……夢でも見てんのか?)」


 突然、目の前で明かされた侵入者の顔。

 その素面を見て愕然とするは、壁へと磔にされた護。


「(こいつも……)」


 顔だけでなく、フードに覆われた侵入者の、内から明らかとなったその全身の姿。


 背中には羽ばたく黒翼が大きく生え、両手両足は、まるで巨大な獣のごとく、鋭い爪が禍々しく伸び、全身には、胸部を除いて無数の白い角が無造作に飛び出しているなど、一目見たらばまさに人外のそれであり。


「(魔族のはず、なんだろ……?)」


 だが、その顔だけは。


「(なんで……どうしてっ……!)」


 これまで護が、一度たりとも忘れることがなく、憎しみ、恨み、復讐へと駆られ続け、追い求めていた人物で。


「なんでお前がここにいるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!!!!!!」


 あの時の哀しみ。

 あの時の怒り。


 あの時の痛み、その全てを以ってして。


 侵入者のその顔を見た瞬間。

 彼の脳内に事件の光景が、記憶が巡り巡って蘇り、これまで心の奥底に抱えてきた感情全てをぶつけるように、その叫びへと乗せ、目の前で浮遊する侵入者へ向けて、浴びせゆく。


「…………あぁ?」


 しかし、そんな護の魂の叫びに。


「なんだぁ? うるせぇぞ、虫けらがぁ?」


 侵入者は顔をしかめて耳をかっぽじり、横目でにらみ、蔑むだけで。


「へっへっへ……。さぁて、どいつから遊んでやろうかぁっ!!!!」


 瞳孔かっぴらき、両腕を横目いっぱいに広げては、天井を見上げて笑い、一人歓喜の情へと酔いしれる。


「くそっ!! くそぉっ!!!!」


 今すぐにでも、この復讐心を果たしたいと。

 この手足を縛る紫の錠を外そうと、叫び、暴れて、必死にもがく護。


 姿形は異なれど。


 地球ではない、ここは異世界だと。たとえ、何者にも否定されようとも、その顔だけは、誰よりも記憶の奥深くへと刻み込まれたものであり。


 その顔を見るごとに、彼の心を覆い渦巻いていた赤と黒の感情が、はち切れんばかりに止めどなく溢れてゆく。


 すると。


「なっ!?」


「――っ!!」


 次の瞬間。護とルーナ、両者を捕えていた紫の錠が忽然と消え。


「ぐっ!?」


「うっ! ……くそっ!」


 そのまま為す術なく急降下しては、オーキュノスの術の影響により、あちこちは落盤し、巨大な針山が地下からむき出しとなる空間の中で、僅かに残った地面へと身体を打ち付ける。


「ゲホッ……ゲホッ! なんで、急に……!」


「お前はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


「――っ?!」


 突然の落下に上手く受け身が取れず、落下の衝撃を背中でそのまま受けてしまったルーナ。せき込みながら急いで呼吸を整えようとすれば。


 そんな彼女の傍からは。


「お前だけはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!」


 煮えたぎっていたなんて言葉すらも、軽々しい。


 深い憎悪によって凄まじくゆがめた形相で、すぐさま起き上がった護が、侵入者の下へと駆けていく。


「『エレマ体、電子残量数僅か……いますぐ基地への帰還を……』」


 叫び狂う護の耳元で響くのは、エレマ体緊急オペレートの音声。

 もうこの時点にて。オーキュノスの奇襲により、護が着用するエレマ体の保存される電子耐久値は危険水域の目前まで迫り、動かすことすら瓦解のリスクを高める状態であったのだが。


「盾・擬技っ!!!!」


 そんなことなど、いまの護の意識の中にはどこにもなく。残り少ないマナと電子を使い、侵入者へ向け勢いそのままに、己の楯を擬技によって展開させようとした。


 その時。


「…………כדור בלתי נראהカドー ミ ピュニエ


 護に狙われた侵入者が、空中でポツリと一言呟いた。


 ――――――――――瞬間


「…………グァァッ?!」


 灰色の楯を構え、侵入者へと向かっていた護の身体が、突然自動車にでも跳ねられたかのように、鈍く大きな音と立てると共に、真横へと思いっきり吹っ飛ばされてしまったのだ。


「(な……なんだっ!?)」


 一瞬、何をされたのか分からず混乱し、頭が真っ白になってしまった護。

 だが、侵入者のいる位置から遠くへと身体が飛ばされ地面を転げていった後、すぐに顔を上げては、再び侵入者へ擬技を仕掛け直そうとすれば。


「てめぇっ!!」


「――っ!」


 今度は、護と入れ替わるように、ルーナが侵入者の死角を狙い、背後から襲い掛かれば。


「答えろっ!! あの女魔族はどこへ行ったっ!!」


 宙に浮かぶ侵入者を黄蘗色の楯で地面へと叩き落し、相手が大の字になって倒れ込んだところ、すぐさま胸元へと跨り押さえ込み、そのまま侵入者の首元へと己の楯を突きつけて、先ほど空間から消え去っていったオーキュノスの居場所を聞き出そうとする。


 しかし。


「…………」


 ルーナに問い詰められる侵入者から返ってくる言葉はなく。侵入者はただじっと、己の上の乗っかる獣人を静かに見つめていると。


「…………כדור בלתי נראהカドー ミ ピュニエ


 護が迫ってきていた時と同様に、再び何かの言葉を口にした瞬間。


「…………ヴッ!?」


 今度はルーナの身体が、何者かによって思いっきり殴られたかのような衝撃に襲われると、彼女は思わず侵入者の上から転げ落ちてしまう。


 さらには。


「…………גשם של כדוריםゲーシェム シェル カドゥウィーン


 ルーナが敵の胴体から降りてしまったと同時。

 侵入者が不気味に笑い、ルーナを見つめながら再び何かを呟いた途端。


「…………キャァァァァァァッ!!!!!!!!!!」


「「「――っ!!」」」


 ”活動の間”の空間中に、彼女の悲鳴が上がれば。ルーナの身体は鈍い音を大きく立てながら、見えない何かによって何度も何度も弾かれて、彼女のその身体はあちこちへと曲がり、その度に、彼女の口からは真っ赤な鮮血が吹き上がりながら、宙へと舞ってしまう。


「お、おい……」


「なんだよ、あれ……」


 一瞬の出来事に。

 護も、エルフ国兵らも、言葉が出ず。


 そのまま地面へと力無く落下したルーナは。


「…………ぅ、うぅ………」


 グシャっと崩れるような音を立て地面へと倒れ込み、身体のあちこちに浮かび上がる青あざに、か細い声を上げて苦しみ、全身は血まみれとなって、動けなくなってしまう。


「へっへっへ……」


「「「――っ!!」」」


 そんなルーナの成れの果てを、心底嬉しそうに笑いながら見つめる侵入者。


「動物風情が……いっちょ前に俺様のことを見下してんじゃねぇよぉ」


ゆっくりと立ち上がれば、軽快に首の骨を鳴らして左右へと身体を小さく揺らし、次なる獲物を見定めるように、その冷酷な目で辺りをじっくりと見渡していく。


「な、なんなんだこいつ……」


「ひぃぃっ!! く、くるなぁっ……!」


 ジリジリと迫り来る侵入者が纏う威圧感に、腰を抜かして慄いてしまうエルフ国兵ら。


 何も、誰も手も触れていないのに。

 今し方、目の前で獣人の女の子が一方的になぶられ、傷みつけられてしまった。


 一体、こいつはどんな手を使ったんだろうかと。


 奇妙奇怪なその術者に、何者も立ち向かうことは出来なかった。


 だが。


「へっへっへ…………いくぞぉっ!!」


 そんな彼らに向ける慈悲も。

 悪魔による蹂躙に、待ってくれるなどといった意思があるわけがなく。


「”גשם של כדוריםゲーシェム シェル カドゥウィーン” ― 見えざる凶弾の雨 ―」


 改めて、侵入者が言葉を唱えた後。


 次に、”活動の間”にて響かされたのは。


「「「「「…………ギャアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!!!!」」」」」


 エルフ国兵達による、絶叫の音叉だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?