目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

53.やっと、届いた


 ――ふーん……。あなた、よさそうね



 ――あぁ? てめぇ、なんだ?



 ――あなたは……



 ――ぐはぁ!?



 ――これから私の駒となり



 ――て……てめぇ、なに……する……ん



 ――手足となって、働くの



 ――ぐっ……あぁぁぁぁぁっ!!!!



 ――あなたは私に殺されて



 ――や……やめ…………



 ――新たな下僕として、生まれ変わる



 ――ガッ…………アァッ……!



 ――いままでの記憶は全て失うけれど



 ――ァ…………ァ……



 ――せめて、新しい名を与えるわ



 ――ォㇾ……サ……マ…………は



 ――さぁ、行きなさい




 ――――――――キムラヌート



* * *


「ヒャッハァァァァァァァァァッ!!!!!!」


 先ほどまで奇行を繰り返し、のたうち回っていた侵入者。

 だが、突然大人しくなったかと思われた次の瞬間。


「ぐぅっ!?」


 途轍もない速さで護へと接近し。


「くたばれぇっ!!!!」


「ガハァッ!!!!」


 獣のような禍々しい手の平いっぱいに、護の顔を鷲掴み。

 勢いのままに、壁へと激突させる。


「そうかそうかぁっ!!!!」


 壁に全身がのめり込む護の姿を見て、これまで以上の悪戯な笑みを顔中目いっぱいに浮かべる侵入者。


「うっ……! ぐぅっ……!!」


 背中全体で強烈なインパクトを受け続ける護は、すぐにそこから脱しようと、己の顔を掴む侵入者の手を引き剥がそうとしたが。


「おらぁっ! おらぁっ!!」


 侵入者は手を離すどころか、さらに力を込めて、へこんだ壁に護を奥へとどんどんねじ込もうとする。


「あぁ、そうかぁ……驚いたなぁ」


「――っ!!」


「まさか、あの時殺し損ねたガキにまた、こんなところで会えるなんてよぉ……」


「お、お前……は」


「あの女にも感謝しなくちゃなぁぁっ!!!!」


「ぐあぁぁっ!!」


 護の抵抗が弱まった所を狙った侵入者は、今度は壁から護を引き抜けば、思いっきり地面へと投げ捨てて。


「あぁ~~~~……。最初は何言ってるか全っ然わかんなかったけどなぁ……。お前、あの時のクソガキだったなんてなぁ……」


 無様に地面の上を転がり込む護を見て、面白おかしく笑い転げる侵入者は。


「どうだったかぁ~? 獄中生活はぁ?」


「――っ!!!!!!」


 あからさまに、護の神経を、情緒をかき乱そうとする。


「あぁ~~、その顔。やっぱりそうだよなぁ。あぁ、よく覚えているさぁ。てめぇが俺様のナイフを奪い取ったのも、俺様が逃げた後、ありがたぁ~く、てめぇが俺様の代わりに捕まってくれたことも……全部。ぜんぶ知っていたさぁ?」


「お……お前はぁぁぁぁぁっ!!!!」


「人を殺すなんざぁ、俺様にとっては生きる楽しみと同じでよぉっ!! あの時も忘れられなかったなぁ……。小さな虫けらたちが、俺様のことを心底怖がって。頑張って頑張って逃げてよぉ。だけどその果てには俺様が用意した罠に引っ掛かって、開かねぇ扉を必死に開けようとしてなぁ……」


「いい加減にっ……!!」


「だけど最後にぁ~この俺様によって無様に殺されてよぉっ!!!!」


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」


「あんなに楽しいことはそうそうなかったなぁっ!!!!」


 語る言葉に人の心などどこにもなく。目の前で怒り狂う護に、侵入者、もとい且つての殺人鬼が、彼の感情を、記憶を抉り取れば。


「だけどよぉ……てめぇが初めてだったなぁ。俺様が、唯一殺せなかった、生かしてしまった奴はよぉ。なぁんで、今まで忘れちまったんだろうなぁ……」


 愚弄することを止め、今度は冷酷な表情を以って、護の下へと歩みを進める。


「俺様はなぁ……あの女に殺されちまったんだよなぁ。あの心底ムカつく女によぉ。名前なんても覚えちゃぁいねぇ……キムラヌート、だっけかぁ? 次に目が醒めた時ぁ、あの女からそう言われたけどよぉ。へっへっへ……今更そんなこたぁ、どうでもいいよなぁっ!!」


「ゔっ!?」


「てめぇはぁっ! 俺様が生きていた中の汚点なんだよなぁっ!! 殺すことが生きがいの俺様にとって、殺せなかったなんてことは自分の生き様を否定することになるんだからなぁ!! 死んでも許されねぇよなぁっ!?」


「くそっ!! ぐぁぁっ!?」


 エレマ体の瓦解は進行し、かつての殺人鬼、改めキムラヌートの足蹴りを躱すことは出来ず、攻撃を受けるその度に、彼は地面を激しく転がりゆく。


「『危険水域……危険水域。いますぐ基地内への帰還、を……』」


 彼の耳元で鳴り止むことのない警告音。

 だが、それも途切れ途切れとなり始めれば、いよいよ護の装着するエレマ体にも限界が訪れようとする。


「……おいおい」


 そんなボロボロとなった護の姿を見たキムラヌートは。


「あの時と、全く同じじゃねぇかよぉ」


 今度は視線を護から周辺へと移し、彼の心にあるトラウマを更に呼び覚まそうとする。


「おい、見ろよ」


「ぐっ……!?」


 倒れる護の後頭部を掴み、そのまま彼の身体を持ち上げて。


「あん時も、そうだったよなぁ? てめぇはボロ雑巾みてぇになって、そん時ぁもう既に、他の奴らも俺様に殺されちまってよぉ」


「は……はな、せ……」


「――っ! おい……まさかあの動物野郎、よく見りゃぁ女じゃねぇか。あぁ……そうだなぁ。確かあん時も、ギャンギャンうるさく泣いていた、似たようなメスのガキがいたっけなぁ」


「――っ!!!!」


「おらっ、ならそこで何も出来ずに見てろよぉ?」


 あの時の事件の光景を思い出すキムラヌートは、唐突に視線をルーナへと移すと、思いついたように不気味な笑みを浮かべ、持ち上げていた護の身体を再び地面へと投げ捨てて。


「あのメスを、いまから殺してやるからなぁ」


 ルーナの下へ、ゆっくりと。身体を左右に揺らしながら近づこうとする。


「ま、まて…………」


 崩れるエレマ体を引きずって、懸命にキムラヌートを追いかけようとする護だったが。


「へっへっへ……」


 そんな護に振り返ることはなく。キムラヌートの意識はもう、目の前のルーナのみに向かっていた。


「くそっ……こっち来るんじゃ、ねぇ……」


 迫るキムラヌートから逃げようと。


「(いやだ……いや、だ……)」


 満身創痍の身体を起こそうとするルーナ。


「(こんな、ところ……で)」


 だが、精一杯も虚しく、彼女の身体は意思に反し一寸たりとも動くことはなく。


「じゃあ……」


「(アタシは、まだ……)」


「いくぜぇ……」


「(故郷を奪い去った……)」


「おらぁっ!!!!」


「――っ!!」


 再びルーナを地下にそびえる針山へと突き落とそうと、片足を振り上げたキムラヌートは、なんのためらいもなく、ルーナを蹴とばして。


「(あの女魔族に……なんの仇も返せないで……)」


 そして、ルーナは。


「(お父さん……お母さん……)」


 そのまま地下で待ち構える針山へと。


「(ごめん……なさい……)」


 その身を、落とされてしまった。



 ――――ごめんね、マモルちゃん



「――っ!!!!!!!!」



 その、はずだった。



「…………っ! お、お前……!」


 落下する直前、目を閉じ自分の身体が落下する感覚を受けていたルーナ。

 だが、その感覚は途端に消え、違和感を覚えた瞬間、再びその眼を開けた先には。


「ぐっ……! くそ、チビ……!」


 地面の上から、ルーナの手を握り。彼女が落ちないよう必死に掴む護の姿があった。


「な、なんで……お前」


 彼女の中には、彼に助けられるような義理などどこにもない。

 何故、あんなにも自分のことを毛嫌いし、あれほど言い争っていた相手が、自分のことを引き上げようとしているのかと。


「うる、せぇ……」


 だが、この時の護にそんな考えなどはどこにもなく。


「手ぇ……離すんじゃねぇ、ぞ……」


 ただ、懸命に。目の前で命が失われそうになる獣人の女の子を助けようとしていたのだった。


「……あ?」


 しかし、その様子を見たキムラヌートは。


「おい、何やってんだぁ?」


 自分の邪魔をされたことに癇癪を起こして。


「おい、何やってんだって聞いてんだろうがぁっ!」


「――っ! ぐっ!?」


 ルーナを引き上げようとする護の身体を、何度も何度も蹴り上げる。


「おらっ、今すぐその手ぇ放してやれよなぁ」


 どうして今、彼女を助けようとしているのだろうか。


「ちっ……! クソっ……!」


 レグノ王国の、あの王城での初会合で。

 初めて出会った時から、ずっと気に食わなかった相手。


「あぁぁぁぁっ!!!!」


 そんな彼女を何故助けようとしたのかと。

 それは、護本人でさえ、分からなかった。


 けれども。


「放す、な……よっ!」


 気付いた時には、彼女の手を握っていた。


「じゃあ……てめぇも一緒にだ」


「――っ!」


 とうとう我慢が出来なくなったキムラヌートが。


「あの世で仲良くしろよぉ?」


 護へ向けて。


「“כדור בלתי נראהカド― ミ ピュニエ” ― 見えざる凶弾 ―」


 術を唱え、不可視の攻撃を発動する。


「ぐぁぁあっ!?」


 衝撃を受け、宙へと舞う護の身体は。


 ルーナと共に、針山へ向かって急速に落ちていく。


「(くそっ……たれ……!)」


 何かを惜しむ間もなければ。

 両者の身体は針山に突き刺さろうとして。


「いやっ……いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ルーナの悲鳴も虚しく。


 遂に、その餌食となろうとした。



 ――――――――その、時だった



「……あぁ?」


 ほんの僅か。


「「――っ!」」


 落下していた護の身体が。

 重力に逆らい、宙へと舞い上がる。


「(なん、だ……)」


 その摩訶不思議な現象に。


「(身体が……勝手に……)」


 護は、目を見開き驚いていると。


「(なんだ……手、が……)」


 彼の右手に握られるのはルーナの手。

 だが、もう片方。


 何も握られてないはずの左手に、微かな温もりを感じていた。


 彼の身体が、左手によって引っ張られる。

 それはまるで、誰かが彼を助けようと。先ほど護がルーナにしていたように、地面から引っ張り上げようとしているかのようで。


 そして、次の瞬間。


 彼の左手には。


「(――っ!? な、なんだっ……)」


 小麦色に煌めく、一つの果実が現れて。


「(この……丸っこいの……)」


 どこからともなく現れた、その宝玉は。


 彼の手からそっと離れると。


 瀧の時と同様に。

 護の下へと近づいて。


 彼の唇へ、そっと触れた。





「…………。――っ!」


 次に気が付いた時。

 彼がいたのは”活動の間”ではなく。


「こ、ここは……」


 六面琥珀色をした空間で。


「い、一体……なにが」


 そこにはエルフ国兵も、ルーナも、あのキムラヌートすらいない。


 キムラヌートによって落とされて。突然、手の平に果実が現れたと思えば、今度は知らない空間へと飛ばされて。


 あまりの急展開に、混乱を極めていた護だったが。


「やぁ、来たんだね」


「――っ!!」


 次の瞬間。彼の背後から子どものような若い声が木霊する。


「だ、誰だっ!」


 不意を突かれた護は、思わず声がした方向へ顔を向けると。



「お、お前……だれ、だ……」


 そこには黄金色の装飾を全身に施した、褐色肌の少年が、小麦色の玉座に座り、彼を見つめていた。


「ようこそ。二つ世界を紡ぐ者の亜空間へ」


 玉座に座る少年は、驚く護に対して冷静に、彼の立ち姿を見据えるような視線を飛ばす。


「な、なんなんだお前……ここは一体っ!!」


 見覚えのない場所に、見知らぬ謎の人物。

 何がなんだか分からず、護は少年に向かって喚きたてるが。


「まぁ、落ち着け」


 少年は淡々とした様子で、言葉を交える。


「その前に……」


 続けて。ふと、玉座の少年はある一点を指差すと。


「…………後ろ」


 護の背後を見ながら、そうつぶやく。


 少年が指差す方向が気になった護は、恐る恐る後ろを振り返ると。



 そこには。



「マモルちゃん」


「――っ!!」


 かつての親友。


「やっと……届いたっ!」


 ユキの姿があったのだった。 


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?