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130.見えざるもの


「数が増えたからなんだと仰いますの?」



 那由他の薔薇嬢に、無尽のマシンドール。



「まさかそんな平凡なお人形さん方で……わたくしめの相手が務まるとでもお思いですかっ?」


 第5のセフィラ、ゲブラーの助力もあり見事に覚醒を果たした彩楓によって召喚された軍勢を目の前にして。

 強気な口調は変えずだがしかし、ゆったりと両腕を宙へと軽く上げたらば、構えの姿勢を取るアグゼデュス。


「あぁ…………そういうお前も。ずっと、躍りたかったのだろう?」


 威勢よく対峙するも、ジワリジワリとヒールブーツを履いた脚は後ろへと下がろうとして。


 そんな黒薔薇の怪異の動きをじっと睨みつける彩楓は、ドスの効いた声で、嫌味を言うように、これまで彼女が抱き続けて他人へと強制させてきた欲望をわざと掘り返し。


「始めようではないか。相手をしてやろう……さぁ、かかってこい」


 己が内に秘める闘気を滾らせては、今すぐにでも闘いを再開させようと。

 徐々に遠ざかろうとするアグゼデュスの動きに合わせ、彩楓もまた一歩ずつと。前へと進めばそのまま、自身が用意した軍勢の列の中へと紛れ込む。


「…………っ!」


 あまりにも動じることなく、ここまで一切に恐れる様相を見せない彩楓に対して。


「(なんなのですのっ……!? この御方はいったい、わたくしめのことを何だとお思いでっ……!)」


 あれほど弱い存在あった者が、どうしてここまで強気な態度を一貫して示し続けることができるのだと。


 その理解不能さに追い打ちをかけるがごとく。


 静寂と、重圧が。

 嫌にもアグゼデュスの背筋をなぞるよう、気配として感じさせ。


 訳の分からぬ緊張感に、思わず顔を引き攣らせては毛嫌いする薔薇嬢は。

 近づく左雲彩楓の右脚が、いよいよマシンドールの軍勢その最前列へと踏み入れようとした、その時。


「“ גן מוכתם בדםガン・ムフタン・ベダン ”ッ!! ― 血染めの園 ―」


 敵勢が動き出すよりも先にと、咄嗟に造り出した分体たちへ命を下してしまい。


『『『『『キャハハハハハハハハハッ!!!!』』』』』


 可憐な叫び声が空間中に響き渡ったと同時、待ち構えていた薔薇嬢らは、こぞって彩楓へと目掛けて襲い掛かる。


「幾ら備えようといたしましても無駄なことでありますわっ!」


 闘いの火ぶたが切られてよりすぐさま。


「お行きなさいっ! 潰えなさいっ!」


 号令掛けた直後、憎悪にも近しい怒りの言葉を口の端にかけるアグゼデュスは。

 攻める己が分体たちに囲われる左雲彩楓の、その躰から鮮血が飛び散る瞬間を、今かいまかと渇望し。


『さぁさぁ! わたくしめと遊びましょうっ』


『わたくしめと踊り明かしましょう?』


 主に操られる分体の薔薇嬢らは、撫でるような声で口々に彩楓へと誘いの詞を浴びせれば。


「“ הוצאה להורג של ורדיםヴェレディーム ”ッ! ― 薔薇の処刑 ―」


 背後より轟く主の言葉を聴くや。


『『『『『お相手お遊びこの手をお取りにどうかどうかどうかどうかどうかっ』』』』』


 分体たちの華奢な両腕は茨の蔓へと変貌するや、あちこちへと鋭利に伸びる棘を生やして宙舞う勢いそのままに、彩楓の急所へと目掛けて四方八方より攻撃を繰り出そうとする。


 対する彩楓。


「…………真・魔技」


 迫る千手の凶撃に恐れをなすことなく。

 最前より後方へ、疾風の如く力強い仕草で振り返れば。


「“ יירוטイェルートゥ ” ― 迎撃 ―」


 軍服の上より羽織るペリースをはためかせては、待機する手駒へと指令するや。


『-…………お任せを-』


 受けたマシンドールは同期し、抑揚なき音声を奏で。


『『『『『RECEIVE・AN・ORDER ― 我が主の命ならなんなりと ―』』』』』


 アグゼデュスの分体たちが彩楓の下へといよいよ迫りかけたその刹那。


「………………やれっ!!!!!!」


 彩楓による二度目の号令とともに。


『『『『『-YES,SIR!!!!-』』』』』


 夥しい数の機械人形が、躍り躍る薔薇嬢らへと向かって一斉に飛び掛かるのであった。



「逃してはなりませんわよっ!」



 ――竜攘虎搏りょうじょうこはく



「一体も残さず制圧せよっ!!」


 両陣営構えた中央にて激しい衝突音が轟けば。


『楽しみましょう、愉しみましょうっ』


 雌雄を決するべく、天より地、地より天へと飛び交う駒は。


『速やかに排除。主には近づけさせません』


 空間内中央付近にて密集。それぞれ一体ずつとがっぷり四つに取っ組み合い。


『キャハハハッ…………い、イタイイタイイタイァァァァアアアアアアアッ!!』


 艶のあるメタル硬質の拳が、幼気な少女の身体を貫けば。


『任務遂行。御守りスる……コソ、が…………我が……ワガ……シ…………メイ……』


 ウネウネと蠢く深緑の蔦は、脚やら腕やらを次々にと。機械人形の各部位を木端微塵に破壊し尽くし。


 人形の四肢がもげれば、引っ張られる髪の毛は千切れてそぎ落とされ。

 闘い始まるやあっという間に、空間中には散り去る薔薇の花と壊された機械部品によって埋め尽くされ。


「起きなさいっ! 造り直されなさいっ!」


「創造されよ。汝その全てをこの主人へと捧げよ」


 失われた数はすぐさま補充され。


 殴り、叩き、引きずり、投げ飛ばし。

 罵声に怒声。さらには悲痛な叫び声と虚ろな破壊音は絶えずして。


 アグゼデュスと左雲彩楓。両者による技のぶつかり合いに他者が入る余地などどこにもなく。

 苛烈を極め、激化も激化。一時たりとも引くことなどはせんと。ただ相手を屠ることだけを意識して、それ以外のことは全て眼中より排除。


「赦せませんわっ! こんな野蛮な行為でわたくしめの手を払うなどっ……!!」


「敬う心、その尊さを無下にするようなお前には言われる筋合いなどどこにもないっ!!」


 意地と意地の突っ張り合い。互いの土俵にわざと土足で踏み入るようなことをすれば、これほどまでにと言わんばかりに感情を逆なでさせ。


『邪魔でありますわっ!!!!』


『-王の首を取らせるなど万年早いぞ小娘風情っ!-』


 術者の抱く想いや感情は、操られる傀儡らにも影響を及ぼし。


「なんて、闘いだ…………」


 見届ける者を置き去りにして。独裁と秩序の両主は想像も絶する技の応酬に、異次元の闘いを展開し続けていく。



 用意された分体たちが次々と、茨へと戻される光景を天から見下ろして。


「あぁもうっ! 鬱陶しいことこの上ないですわっ!!」


 一体一体を操り、抗う機械人形による陣形の隙間を掻い潜ろうとさまざまに指示を試みるアグゼデュス。


 されど、彩楓によって召喚された兵の隊列は崩れる様子はなく。敢えて右のサイドへと分体たちを動かし誘導させ、左へと空いたスペースには自身の背後へと待機させていた別の分体たちを向かわせ彩楓を襲わせようともするが。


「右……複数体フォローへ。陣形やや中央へと修正。前方プレスは緩めるな……各個撃破を徹底。主導権を取り続けろ!」


 対峙する彩楓も当然、アグゼデュスの意図には気づいており。敵の分体の動きに異変を感知すれば、まさに盤上の如く。

 思考はクリア。すぐさま全体像より変化する陣形を把握し、都度修正を加え拮抗状態を保とうとする。


 こうともなれば。


「(はやくあの御方の命をっ……!)」


「(さぁ、どうやって崩そうか……)」


 どちらが先に先手を取れるか。


 序盤の不安定な情勢はもう見当たらず。お互いがお互いの動きに慣れ始めてきた頃合い、フェーズは中盤へと差し掛かる最中、次はどう守勢から攻勢へと切り替えていくかを模索する両者。


 単純な数の暴力での圧倒は容易く模倣され。ならば個の強度を高めさえすればとも考慮するが、一方が一度、その意図を見せたらばすぐさま、もう一方によって対応され。


 長期戦を嫌い、短期決戦へと切り替えようと焦って迂闊に本丸が動けばそれこそ、有象無象の集団の中どこに相手の駒が潜んでいるかも視認が難しい状況下、死角より攻められたらば統制に乱れが起こるリスクもあり。


「ならば…………」


 では、どう動こうか。


「ゲブラー」


「はい、彩楓様」


 先に手を打ったのは左雲彩楓。


「見えない其方なら」


「えぇ。このゲブラー、狙いは当たるかと」


 覚醒を果たしてからこれまでと。背後に佇み様子を窺い続けていたゲブラーへと声を掛けたらば。


「では、まず一陣。頼んだ」


「承知いたしました」


 彩楓からの望みの声を合図とし、胸に手を充て最敬礼を行ったゲブラーは。


「初めてのリンクでございますので、照合は省略させていただきましょう」


 顔を上げては遠きに浮かぶ黒薔薇の怪異を見つめ。


「創成、構築、展開…………」


 一呼吸を置き、ブツブツと。

 呪言を唱えるよう静かに言葉を紡ぎ始めれば。


「小宇宙より大宇宙。過去より現在、そして未来とは。まさに全ては創造ただ一つの事象によって循環され……」


 自身の胸の辺りにまで掲げた両腕その間には、長さ1メートル半もの長い一本の杖が現れて。


「遺されしプログラムは有事の為。さぁ、このゲブラー……あの御方より託された使命をいま」


 そうして、顕現された杖の両端を握り左右へと引き抜けばなんと。


「果たし、想いに応えましょう」


 刀身銀燭に煌めくレイピアが、仕込み杖の中より姿を見せる。


「……………いざ」


 全ての詞を終えたゲブラーは、握るレイピアを己が頭身と並行になるよう構えたらば。


「参りますっ!」


 彩楓の背後より颯爽と、地面を大きく蹴りだし宙へと飛び出すや。


「――っ!? な、なんですのっ!?」


 方々に散らばるアグゼデュスの分体を切り刻めば、茨の姿へと戻るきわを狙って踏みつけ、更に上へと跳躍し。

 せわしなく移動する薔薇嬢らと機械人形の間を掻い潜り、気づけばいつの間にか。宙下部本体のアグゼデュスよりも遥かに上空。完全に敵の頭上を取ることに成功する。


 そうして。


「お覚悟を」


 最上にて突きの構えを取ったゲブラーは。


「“ מֵטֵאוֹרメテオル ”ッ! ― 流星 ―」


 身体に掛かる重力を利用し急降下。


「なにっ! なんなのですっ……キャッ!?」


 そのまま真下に位置するアグゼデュスの首元へと剣先を向けたらば。


 悲鳴が上がると同時。

 ゲブラーの握るレイピアが掠めたアグゼデュスの首はやや半分まで切り裂かれるや。


「さて、まずは如何様で」


 見事に本丸を強襲したゲブラーは地表へと着地しては、己が攻撃を喰らってしまったアグゼデュスの様子を見ようと天を仰ぐ。


「なんですのっ!? いったいどこからっ……!!」


 唐突に首を斬られ、咄嗟に裂けた部位を手で覆うアグゼデュス。

 ゲブラーの姿が見えていない彼女は、気配もなく次々と自分の駒たちが切り裂かれていく光景を不思議に見せられ、さらには突然。斬られた感触が走るや首が半分にまで斬られてしまったことに訳が分からず酷く困惑し。


「貴女、いま何をしたのですっ! わたくしめの首によくもっ……よくもっ!!」


 すぐに茨の能力で再生する頸であったが、地上で涼しい顔をする彩楓を睨みつければ、どんな手を使ったのかと狼狽した声を喚き散らす。


「ふむ…………」


 致命傷は与えたはずだと。


「どうやら、外れでございましたか」


 だが今この時も衰える様子は見られずして。そんなアグゼデュスを前に、顎に生えた白髭の先を撫でおろしながら、残念そうな表情を浮かべるゲブラー。


「彩楓様の事前情報の通り。どうやら彼女には何やらタネがありそうで」


 アリーの時と同様。

 急所を当てたにも関わらず、未だに死へと至らない黒薔薇の怪異の能力はここでも健在となり。


 この謎めいた能力を解明しなければ、勝利を手にすることは到底不可能なこと。


「ならばこのゲブラー、いろいろと試させていただきますよ」


 されど、考えるだけでは埒が明かないことも承知して。


「お嬢さん」


 一振り。空へと払ったレイピアを三度構える軍嬢の執事は。


「その悪い手癖、矯正いたしましょう」


 仕切り直しといきましょうと。


 主へ勝利を届ける為の手がかりを掴むべく、蔓延る薔薇嬢の群の中へと突き進む。




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