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第33話

「今、僕に話したことをヒカルにも話せばいいんじゃない?」


 僕の言葉にアルバはムスッとしていた。「それが出来たら苦労しない」と呟いて、クッキーを頬張る。


「僕から見たらヒカルもアルバも同じ気持ちのような感じするけど。」

「はあ…次は何が同じなわけ?」


アルバは頭を傾げる。まだヒカルと両想いということに彼は気づいていないようだ。少しくらいの助言は許されるだろうと思うと、いたずらしたい気持ちが出てきた。


「アルバってヒカルのことが好きなんじゃないの?」

「…何言ってるの。そんなわけないでしょ。」


 アルバの目は笑っていなかった。僕は間違えたと思った。しかし、ここで引くわけにはいかない。アルバは怖い…そう思っていた。それでも今、僕に相談してくれていることや素を見せてくれていることで彼の友達くらいにはなれたんじゃないかと勝手に考えていた。だから、ここですぐに引き下がってはいけないと思った。


「だってヒカルに嫌われないか心配なんでしょ。それって少しはヒカルのことを意識しているんじゃないの?」

「研究対象だから面倒を起こされるくらいなら懐いてくれていた方が都合がいいでしょ。それだけ。」

「それなら、プレゼントもそんなに悩まなくたっていいんじゃない?テキトーに買って渡せばいいのに。」


 僕がぶっきらぼうに告げるとアルバは僕を睨みつけた。彼の性格上、ヒカルへの気持ちを自覚していたとしても、それを誰かに言うことはない。高いプライドを持っている彼が僕に気持ちを言い当てられたら、反抗してくることは予想出来ていた。実際に、ゲームでもステファンにもヒカルへの気持ちを相談しなかった。そんな彼が数日の付き合いの僕に言うはずが無い。


「アルバ、僕たちはあと半月もすれば元の世界に帰らないといけないんだ。その間、何をするかの決断は早くしないといけないよ。」

「…勝手に決めつけないでくれる。」


 再び叩かれる覚悟をしていたが、アルバは何もしなかった。下を向いていて、表情が見えない。僕は出しゃばりすぎたと反省した。


「あんた達が来てから、もう半月も経っていたんだ。忙しすぎて気が付かなかった。」


 アルバはそう言って、僕を見つめた。何を言われるのかドキドキしていると、彼は「そっちはどうなの」と聞いてきた。


「そっちって?」

「ハインツ殿下の事だよ。僕からすればあんたらの方が同じ気持ちだと思うけど?」


 予想外の発言に僕は啜っていた紅茶を吹き出してしまった。アルバは「汚い!」と言って、タオルを僕に投げた。


「…確かに、僕とハインツは両想いかもしれないけど、僕はハインツにそれを言うつもりはないよ。」


 投げつけられたタオルで机を拭きながら答えると、アルバは不思議そうな顔をした。


「どうして?あんたはまだ帰れる方法が見つかってないんだし、ずっとこの世界にいることになるかもしれないなら言ったほうが…ちょっと待って、さっき“僕たちは”って言ってた?どういうこと。戻り方が分かったの?」


 アルバは突然、饒舌になった。まだステファンは彼に転移魔法について伝えていなかったようだ。アルバは僕にどんどん近づいてくる。


「ノエルさんの日記から転移魔法について書かれていたんだよ。それに魔導書にも同じような事が書かれていて…あとはステファンが詳しく説明してくれるよ。」

「ちょっと説明を面倒がらないでよ。」


 ステファンから伝えられていなかったことがアルバはショックだったようで、テンションが少し下がってしまった。


「で、何?あんたもあと半月もすれば元の世界に帰れるから殿下には何も言わないって?何それ、僕には早く行動しろって言っておいて、自分は諦めてんの?」

「…まあ、そうだね。ヒカルはこの世界に留まるっていう選択肢があるけど、僕にはないからさ。それもステファンから説明があると思うんだけど…」


 僕の解答にアルバは納得がいっていないようだった。


「仮にあんたが強制的に戻らなくちゃいけないとしても、あの殿下がそれを許すと思わないね。」

「でも、これは変えられないんだ。それに…」


 僕はノエルについて言うべきか迷った。いずれアルバも知ることにはなるが、今それを口に出すと涙が出てしまう気がした。


「何?他にも言うことあるの?」

「いや、何でもない。ただ僕とハインツは何もかも違う。あと少ししかない時間でハインツのために出来ることを考えた結果なんだ。」

「諦めることが殿下のため?訳の分からないこと言わないでよ。」

「簡単だよ。僕が他の人を好きになったとか言って、気持ちを離れさせるんだ。まだ、僕の存在はハインツの中では大きくないと思うから、少しずつ小さくして僕への想いは勘違いだったと思わせる。」


 僕の考えにアルバは肯定してくれなかった。


「それだけでハインツ殿下が引き下がる訳ないでしょ。トモルが他の奴に想いを寄せてるなんて知ったら、絶対そいつ処刑される。」

「ハインツはそんなことはしないよ。」


 アルバは頭を抱えていた。優しいハインツがそんな理由で人を殺めるわけない。僕のためになんかなおさらだ。


「本当に分からないの?」

「アルバこそハインツがどれくらい優しいか知らないだろ。」


 アルバは「話にならない」と言って、ため息をついた。


「まあ、もう殿下とのことは知らない。勝手にしなよ。」

「そうするよ。」

「…本当に元の世界に戻るの?」


 目を逸らしたまま、アルバは僕に尋ねた。ス

テファンの口から言わないと信じてもらえないのかと思ったが、それは違った。


「うん。何だっけ、世界の秩序が働くとかなんとかステファンが言っていた気がする。」

「そう…こんな事思いたくないんだけど、この数日でヒカルとトモルが一緒にいることが当たり前になってた自分もいる気がするんだ。」


 アルバは目を逸らしたままだったが、彼から寂しいという感情を感じた。


「アルバ…僕も三人で庭園を散策することが当たり前になっていたよ。アルバもそう思ってくれていたなんて嬉しいなあ。」


 僕は素直に感謝を伝えた。突然、迷い込んだ世界で二人の存在は僕には大きかった。アルバには会うたびにいい顔をされたことはなかった。それでも、僕を受け入れていてくれたことが純粋に嬉しかった。


「…ずっと思ってたんだけど、あんたとヒカルって顔が似てるよね。」

「え、そうかな。ヒカルを妹みたいだなって思ったけど、似てるとは思ったことなかった。どこらへんが似てるの?」

「うーん…雰囲気?」

「それは本当に似てるって思ってる?まあ、でもヒカルはこの世界に留まる選択肢があるから、アルバには後悔してほしくないんだ。」


 僕がそう言うとアルバに「うるさい」と言われてしまった。


「それで結局、ヒカルには何を渡せばいいの?」

「まだ分からないのー?僕じゃなくてアルバが考えたプレゼントならヒカルは嬉しいんだよ。あとはちゃんと素直に言葉で伝えないと。」

「…」


 アルバは立ち上がって、僕を研究室から追い出した。ステファンの部屋まで送ると言って、早足で歩きだした。僕は急いで彼の後について行く。

 ステファンの部屋の前まで行くとアルバは、踵を返した。僕は慌ててお礼を言った。彼は振り返らずに、手を挙げて返事をした。僕はそれを見届けてから、ステファンの部屋に入った。

 部屋に入るとステファンは作業をしており、忙しそうだった。


「トモル君、すみません。今は手が離せなくて、少し待っていてもらえますか。」


 ステファンはそう言うと部屋から出て行ってしまった。部屋の中を見渡すと、書類が散乱していた。いつもはある程度は整っているステファンの部屋がこんなに荒れるほどの緊急事態が起きたのだろう。ある程度は想像できる。

 コウヨウの関与によって、僕たちの行動の制限や騎士団への協力を含めた説明資料を作ることに追われているのだろう。何か力になりたいが、戦力外なことは誰よりも分かってるので、大人しく部屋でステファンが落ち着くのを待つことにした。

 ソファに座り、一息つく。その時、扉がノックされた。僕は咄嗟に返事をしようと思ったが、脳がそれを止めた。何か嫌な予感がした。そして、「ステファン殿」という声が聞こえた。それは、間違えなくコウヨウの声だった。

 留守を貫こうとソファから静かに立ち上がり、書斎の机まで移動する。再びノックの音とコウヨウの声が聞こえる。「いないのか」という声が聞こえた瞬間、扉が開いた。僕はすぐに机の下に隠れた。


「いないなら都合がいい。」


 コウヨウはそう言って、部屋の中にずかずかと入ってきた。足音が聞こえ、僕の心臓もうるさく鳴っていた。手で口を押え、息を殺した。


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