「だぁーっ!!なんなんだ、この雑魚共の数はよ!?」
盛大にキレる猫田の足元には大小様々な妖怪達の骸が山積みになっている。正確に言えば、猫田だけではない、狛も
先へ進むと決めてから小一時間ほどが経ち、距離にしてまだ数百メートルほどしか進めていない。最初の内は、慎重に進んでいたせいもあるが、およそ百メートルほど進んだ頃から、突然大量の悪霊や、魑魅魍魎と言った小型の妖怪の群れが現れ、狛達を襲ってきたのだ。
とはいえ、襲い来る妖怪達の一体一体は大した強さでもないので今の所は目立った傷も受けていないし、ただ鬱陶しいだけで済んでいるが、状況が状況なので精神的に疲れが見えてくる頃である。現に猫田はさっきからイライラして余裕がない、これはあまりいい状態とは言えないだろう。
「おかしいよね、こんな数の妖怪や悪霊が溜まっていたら、もっと大変なことになってそうなのに」
狛も狛で、この異常な状況に困惑しているようだ。狛の言う通り、妖怪や悪霊が集まると、彼らの持つ負の力…妖気や瘴気といったエネルギーも寄せ集まることになる。それらは自然にもある程度の影響をもたらす性質がある為、あまりに多く集まると異界化や新たな妖怪、さらには呪物のようなものを生み出す土壌となるのだが、何故かここにはそう言ったものが見当たらない。つい今しがた妖怪達を集めてきました、とでも言うような感覚だ。
だが、短期間でこれほど大規模にそれらを集めるのは至難の業である。そもそも、妖怪達は人間に比べてそう数が多い存在でもないのだ。連れて来るのにも限度があるだろう。
そんな奇妙な状況の中で、京介と
「それもそうだが、気になるのは、こいつらが明らかに徒党を組んで襲ってきてるってことも…かな。連携がバッチリ取れていたように思う」
「同感です、何者かの意思が反映された襲撃でした。あの実理という妖怪の差し金でしょうか?」
京介達が指摘しているのは、ここまでに襲い掛かってきた妖怪達が、息の合った連携プレーを見せていたからだ。悪霊や魑魅魍魎といった小型の妖魅達は、自我を持たず、極端に知能が低いという特性がある。例えば悪霊の場合は、思考が自らの死に引っ張られ、生者を同じ状況に取り込もうという意識のみに集中しているパターンが多く、論理的な思考など一切出来ない。
それは魑魅魍魎も同じようなもので、場合によっては餌となる人間の血肉を求めることしかしないことから、知能が低下している或いは、元々知性が存在していないと見做す。元々妖怪達は個人主義だが、彼らのような存在はそこまでの意識すら持てないのである。つまり、連携など取れるはずがないということだ。
だが、それでも例外的に集団として動くケースもある。それは以前、猫田と狛が初めて出会った時に戦った影法師のような、下位の存在を何らかの術や契約で縛って使役しているパターンだ。その場合、術者の意のままに操ることで連携を取ることも可能だろう。
「いや、実理がここまで俺達を追ってきているとは考えにくいな。それならわざわざ地下に落とさなくても、あの場で戦えばよかったはずだ」
数にものを言わせるのならば、あの通路のような狭い場所の方が圧倒的に有利である。小型の魑魅魍魎なら狭さは逆に有利だし、悪霊に至っては壁など無関係だ。対して、人間や肉体を持った妖怪である狛や猫田達はそういうわけにもいかない。事実、あの通路では狭すぎて猫田は大型の猫に変化出来なかったし、刀で戦っている京介も満足に戦うのは難しかっただろう。
襲ってくる敵が弱いので、今は猫田も変化せずに対応しているが、いざという時、変化できるのにしないのと、変化できない状況に置かれるのでは意味合いが全く違う。もちろん実理には、猫田が変化出来ることを知られているはずもないが、京介の言う通り、こちらを数の力だけでねじ伏せるつもりなら、戦うのはあの場所でよかったはずだ。
それをしなかったということは、つまり、狛達をここへ追いこむ必要があったと言う事でもある。
(そう言えば私達をここに落とす前に、あの人なんて言ってたっけ?)
襲撃が止んで、
(確か、あの人が亜那都姫についての論文を書かせて、盗んで…んー、女王卑弥呼が封印をしたんだって言ってたよね。あとは…)
順番に思い出そうとしていた時、ちょうど正面の方向から奇妙な音が聞こえてきた。それは、先程から襲撃してきた魑魅魍魎達が現れてきた方向である。その音はランタンの明かりが届かない暗闇の先から聞こえていて、ズルズルと重たい何かを引きずっているような、ゆっくりとした音だった。
「…猫田さん、何か聞こえない?」
「あん?………何だ?何か来るぞ」
即座に全員が反応し、臨戦態勢に入る。見据える視線の先にはまだ何も見えないが、強力な妖気が漂い始めていて、得体の知れない何かが近づいてくるのが解るようになってきた。やがて、その音は
「な、なんだ?コイツは…」
そうして現れたのは、巨大な猫となった猫田に匹敵するほどの巨体を持った筋骨隆々とした男であった。恐らく身の丈にして4メートル以上はあるだろう。頭は覆面のように布で覆い隠され、僅かに左目だけが光って見えていた。また肌の色は錆浅葱色のような、くすんだ青緑色をしている。人の形こそしているが、人間ではないのは一目瞭然であり、全身から放たれている異様な妖気は、今までに出会ったどんな妖怪のものとも違う異質さを帯びていた。
「お、鬼?」
先日、文字通り地獄から生還してきた狛の目には、目の前の怪物が鬼に近いもののように思えた。だが、この怪物には鬼に必ずあるはずのものがない。上半身は裸で手には何も持っておらず、下半身には薄汚れているが、歴史の教科書に載っているような足結いの着いたズボン状の袴を穿いているだけ…この怪物には、どこを探しても角がないのである。
角の無い鬼というものは、ほとんど存在しない。角は鬼の力の象徴であり、アイデンティティそのものでもあるのだ。
「ア゛、ア゛ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛…!」
狛達の目前に迫った怪物は唸り声を上げ、右腕を大きく振り上げて先頭に立っていた猫田に振り下ろす。猫田は一瞬受け止めようかと考えたが、酷く緩慢な動きのそれは容易に躱せると判断し、さっと飛び退けた。
「げっ!?」
ゆっくりとしたその一撃は空振りをして地面に激突すると、激しい音を立て、地面を砕いた。信じられないパワーだ。いくら地面が土だとはいえ、地を抉り亀裂を生じさせるほどの威力というのは尋常ではない。猫田と言えど、まともに食らえば骨の二~三本は容易くへし折られていただろう。
「気を付けろ!まともに食らったらヤベーぞ!」
怪物は怪しく光りを放つその左目で猫田を見つめている。どうやら、猫田をロックオンしているようだ。猫田は相手の動きが遅いことを利用して、先手を打って攻撃を仕掛けた。
素早い動きで怪物に接近し、軸足に強烈なローキックを二発叩き込む。巨体であればあるほど、身体を支える足への攻撃は効果が大きい。そう踏んでの攻撃だったが、怪物は痛みを感じていないようで、特に反応はなく、近づいてきた猫田に向かって腕を振り回した。
「へ…!ノロマが、当たるかよっ!」
その腕の動きをひらりと躱し、猫田は軸足の膝を狙って蹴りを放ち、そのまま怪物から離れた。ゴキッという生々しい音がして、怪物は体勢を崩していく。
「猫田さん!」
膝を破壊された怪物は前屈みに倒れ込み、ちょうど猫田の前に
「そらよっ!!」
強烈な一撃によって、怪物は首を刎ねられ完全に動きを停止した。ここまでに倒してきた妖怪達と同様に、その死体は時間と共に溶けるように消えていく。見た事もない怪物だったので、ついでに調べようとしていた京介もその自然へと還る速さに違和感を覚えているようだ。
「どういうことなんだ?いくらなんでも死体が消えるのが早すぎる…」
「そもそもなんだったんだ?コイツは…こんなヤツ見た事も聞いたこともねーや」
齢600年を誇る猫田は顔が広く、妖怪についても色々な存在を知っている。その猫田が知らない妖怪というのは、最近になって生まれた新種の妖怪か、人間などが恨みによって偶発的に変化したものくらいだろう。もしくは、古代から存在していて、ここにずっと閉じ込められていた妖怪だったのだろうか。
地底に蠢く怪物どもの全貌は未だ見えない。こうしている間にも、狛達の元へ新たな怪異の影が迫っているのだった。