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第27話 完成への道

 俺達はメイの案内で、使われていない鍛冶場へと足を踏み入れた。

 これが現実世界なら、埃が積もり、蜘蛛の巣が張り、鍛冶道具も錆びついているだろうが、ここはゲームの世界。鍛冶場の見た目は十分に綺麗だった。村の誰かが定期的に掃除をしているという設定でもあれば、別におかしくはないだろう。


「どうだ、メイ? 作業はできそうか?」


 俺達は鍛冶場に立つメイへと視線を向けた。


「ああ、問題ない! しっかりと鍛冶メニューが出てくる」


 その言葉に、メイの店まで戻る必要がなくなったと安堵する。

 しかし、問題はこの後だ。

 果たして、ヌシの記念碑が作れるかどうか。

 もしここで作成可能な品物の一覧にヌシの記念碑がなかったら、まだ何か条件が足りないか、最悪の場合、そもそも攻略方法が間違っている可能性までありうる。

 俺達は息を呑んでメイを見守った。


「……あった。あったぞ! ヌシの記念碑!」


 メイは、偏屈鍛冶師と言われている人物とは思えない、キラキラした笑みを俺へと向けてきた。

 その精気に満ちた可愛い顔に、思わずドキッとしてしまう。


「じゃあ、このままメイさんがヌシの記念碑を作ればいいんですね!」

「いや、それはまだだ」


 嬉しそうなミコトさんには申し訳ないが、俺は彼女の言葉を否定した。


「え? どうしてですか?」

「ここでメイが碑を作って、洞穴のそばに建てたとしても、村人達の意識は変わらないままだ。まずは村長に事実を伝えて、村人達の意識を変えないといけない。その上で、村人の依頼を受けてメイが記念碑を作ることにならないと、きっとこのクエストはクリアにならない――そんな気がする」


 俺の説明に、メイはゆっくりと頷いた。


「そうだな。私もそう思う。単に作業的として碑を建てるだけじゃ、本当にただのゲームだ。でも、ここにちゃんと生きているメイとしての私は、それじゃあ納得できない。あのヌシはちゃんと敬われるべきだし、村人達はその恩恵に感謝するべきだ。……私だって、お金のために武器や防具を作ってるわけじゃない。使ってくれる奴の役に立って、それでそいつが喜んでくれる、それが嬉しくて作ってるんだからな」


 メイの言葉には、彼女自身の職人気質が滲み出ていた。

 もしかしたら、彼女はヌシと自分を重ねて見ているのかもしれない。

 素晴らしい武器を作り、それで誰かが大物モンスターを倒したとしても、そのプレイヤーが称賛されても、武器を作った鍛冶師が評価されることはほとんどない。それでもメイは、自分が評価されないことを嘆いたりしないだろう。この短い間で見てきた彼女なら、武器を使ったプレイヤーがどこかで感謝してくれていれば、それで十分満足するはずだ。

 しかし、もしその些細な感謝さえ忘れて、プレイヤーがすべて自分の力だと誇ったら? 

メイは何も言わないかもしれないけど、その心はきっと傷つくだろう。

 今のヌシは、そんな状態のメイと同じだった。


「それじゃあ、村長のところに真実を話しに行きましょう!」


 ミコトさんの言葉にうなずき、俺達は村長の家へと向かった。




 村長の家に到着し、俺達は事の次第をすべて話した。

 村長は神妙な顔つきで話を聞き、やがて重々しく頭を下げた。


「なるほど、そんなことが……。申し訳ありませんでした。村長として、こんな重要なことを知らずに過ごしてきたなんて……」


 村長のその謝罪に、俺は少し胸が痛んだ。

 きっと彼自身には大きな責任はないのだろう。そもそも先代の村長からも引き継がれていないのだから。

 ヌシという大きな存在が、こうもあっさり伝承されずに途中で失われてしまったことには、ゲーム的な都合を若干感じてしまうが、それを言ってもしょうがない。

 これを機会に、村人達がヌシのことを想ってくれるのなら、俺達も苦労したかいがあるというものだ。


「とにかく、この事実を村の者にも伝え、急いで新たなヌシの碑を作らないと! そうだ、今度は石ではなく、鉄製の碑を作ることにします! 鉄製ならば、石よりも長くその姿を湛えることができるに違いありません! ……ああっ、でも、そんな都合よく鉄製の碑を作ってくれる人なんて見つかるだろうか……」


 村長は、困り顔で頭を抱えこんだ。

 その姿を見て、俺は内心苦笑を浮かべた。ここまでくると、プレイヤー目線ではこの先の展開はバレバレだ。だけど、それを口にしてしまえばせっかくのクエストも台無しというものだ。

 俺達が静かに見守る中、村長はふと気づいたようにメイの顔をじっと見つめた。


「そうだ! メイさんがいるじゃないですか! メイさん、前に農具を直していただいたように、今度も助けてもらえませんか?」


 俺は心の中で「ほらきた!」としたり顔になり、メイはどんな顔をしているのかと視線を向けた。

 だが、俺と違って彼女は至って真剣な面持ちだった。

 彼女はアナザーワールドに生きるメイとして、しっかりと村長の言葉を受け止めているのかもしれない。


「任せてください。私もそのつもりです。ヌシの碑の作製、この鍛冶師メイが引き受けます」

「ありがとうございます! 今回の依頼料に加えて、碑の製作費もお支払いしますので、よろしくお願いします。それと、碑の材料もこちらで用意させていただきます」


 材料提供に加え、報酬の上乗せと、プレイヤー的には文句のない条件だ。普段の俺なら割のいいクエストだと単純に思ったかもしれないが、今の俺には真摯にこのゲームに向き合うメイへのご褒美のように思えた。


 なにはともあれ、これでメイは正式にヌシの碑製作の依頼を受け、俺達はクエストクリアへと順調に進み始めた。




 俺達は再び鍛冶場へと戻ってきた。

 ここからはメイの腕の見せ所だ。

 俺達は彼女の作業を見守っていたが、隣のミコトさんが、どこか困惑した表情を浮かべていることに気づいた。


「ミコトさん、どうかしたの?」

「いえ、鍛冶の製作ってどれくらい時間がかかるものなのかと思って……」


 ミコトさんの声は俺にだけ聞こえるくらいのものだった。俺はどこか言いにくそうな彼女の言葉に、ピンと来た。

 ここまででプレイ時間は結構長くなっている。村への移動や山中の洞穴への移動、そして2度の戦闘と、なかなかの内容をこなしてきた。無職の俺はともかく、社会人や学生にとっては、ここからさらに数時間必要となれば、続行は厳しいだろう。


「ここで一旦ゲームを中断するようにメイに言おうか?」

「いえ、それはやめてください。メイさんは少しでも早くこのクエストをクリアしたいと思っているはずです。私のせいでそれを邪魔したくはないです」


 普通のクエストなら、ここでミコトさんだけログアウトしても、次にログインすれば一人だけにはなるが、この続きから進められる。だが、今回のクエストは、鍛冶師専用クエストであり、クエストを受けられるのはメイだけだ。俺達はあくまでメイの協力者であり、クエストの受注者にはなっていない。そのため、このままミコトさん抜きでクエストをクリアしてしまえば、ミコトさんはこの続きをプレイできなくなる。それを避けるためには、全員がここでクエストを中断し、再び時間を合わせてプレイするしかない。

 だけど、メイがこのクエストに懸ける熱量を知っているミコトさんは、水を差すことを嫌っているようだった。その気持ちは俺にもよくわかる。それだけに、彼女の気持ちを無視してメイに中断を提案することは、俺にはできなかった。


「わかった。でも、無理はしちゃダメだよ。リアルに影響が出る前にログアウトすること。いいね?」

「……はい、わかってます」


 ミコトさんは唇を噛みしめていた。

 ミコトさんの悔しさは痛いほどわかる。俺もこんな中途半端なところでゲームをやめないといけないとなったら、やはり辛い。

 クエストクリアによる経験値が貰えないってこともあるが、それ以上に、自分の関わったクエストを最後まで見届けられないことの方が、何倍も悔しい。

 とはいえ、ゲームのせいで実生活に支障をきたすのは、ゲームのあり方として間違っていると思う。ゲームは人を楽しませ、豊かにするものなんだから。

 場合によっては、ギルドマスターとして、俺がミコトさんを諦めさせなければならないだろう。

 そう思っていたのだが――


「よし、できたぞ!」

「ふぇ?」

「もう出来たのか?」


 俺とミコトさんは二人して凄い勢いでメイの方へと顔を向けた。

 見ると、メイの目の前には、彼女の背丈の半分以上もある立派な鉄製のヌシを模した碑が、見事に完成していた。


「驚くことか? ショウだっていつもすぐに料理を完成させていただろ?」


 隣からクマサンの冷静なツッコミが飛んできた。

 そう言われれば確かにそうだった……。

 しかし、この大きさのものが一瞬で完成するとは……さすがゲームだな。


「だけど、こんな大きなものをどうやって山の洞穴まで運ぼうか?」


 俺は心配そうに言うと、ミコトさんも同じように困った顔をしていた。


「台車を借りてきて4人で押して行くしかないでしょうか?」


 製作時間の問題は解決したが、まだ運搬の問題があった。

 この鉄製の碑は見た目通り、尋常ではない重さだろう。ゲーム内オブジェクトには重さが設定されていて、重量物を移動させるのは容易ではない。これを山まで運ぶとなると、どれほど時間がかかるのか見当もつかなかった。


「何を言っているんだ? アイテムボックスに入れて、向こうで出せばいいだけだろ?」


 メイが至極当然のことを言い放った。


「…………」

「…………」


 俺とミコトさんは顔を見合わせた。

 そうか。メイが作ったんだから、この大きさでもオブジェクトじゃなくてアイテム扱いなのか。

 よく考えれば、それはそうだよな。

 改めて、ゲームは便利さを思い知った。


「それより、みんなは時間の方はいいのか? 厳しいようなら今日はログアウトするぞ。また4人の時間が合う時に再開すればいいし」


 メイの俺達を気遣う目が、順番に俺達の顔をなぞっていく。

 彼女の方からそんな言葉が出てきたのは意外だった。

 このクエストがクリアできず、新たな鍛冶さえできないほど思い悩んでいたのはほかでもないメイ自身だ。一番このクエストを早くクリアしたいと思っているは間違いなく彼女のはずなのに。


「でも、メイ。それじゃあ、メイのクエストクリアが遅れてしまうぞ?」

「それはそうかもしれないけど、それよりも私はこの4人でこのクエストをクリアしたいんだ。……あんた達が別にそこまで付き合う気がないというのなら無理につき合わせる気はないが……」

「そんなわけないだろ!」

「ああ、その通りだ」

「そうですよ! 私達だって一緒にクリアしたいに決まってます! ヌシの碑の製作や運搬に何時間もかかるのなら、さすがに無理かと思っていましたが、今からヌシの洞穴まで行って戻ってくるくらいなら問題ありません」


 ミコトさんの表情を窺ったが、嘘をついたり無理をしている様子はなかった。そのくらいの時間なら本当に問題なさそうだ。ギルドマスターとして、非情な決断を下す必要はなさそうで、俺は胸を撫で下ろす。


「……そうか。ありがとな」


 メイは照れたように頬を指でポリポリとかいていた。

 こうやって見ると意外とメイは可愛い仕草をしばしば見せる。

 もしかして、メイの中身もキャラと同じで女の子だったりするんだろうか?

 ……いや、そこは詮索しないのがマナーだよな。


「それじゃあ、みんなでヌシの洞穴に向かうとするか」

「そうだな。今度はあのヌシと戦わずに済むと思うと、足も軽くなるというものだ」


 メイの言葉に俺達は苦笑いを浮かべた。

 確かに、あの二度の絶望的な戦いを経験した後に、またヌシのところへ向かうとなったら、普通なら気も足も重くなる。

 でも、今の俺達にはそんな気持ちはまったくなかった。

 むしろ、少しでも早くたどり着きたいという気持ちで心が弾んでいた。



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