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第31話 俺の店

「……自分の工房にいなくていいのか?」


 俺の店には、注文したオムライスを食べ終えても、なお居座り続けるメイの姿があった。何をするわけでもなく、ただカウンター席に腰かけ、俺の動きを無言で見つめている。


「私だって三つ星食堂のギルドメンバーだぞ? あんた達はよくここに集まってるらしいし、私がいても問題はないだろう?」

「いや、もちろんそうなんだけど、うちのギルドには別に集合義務とかはないんだぞ?」


 聞くところによると、ギルドによっては1日に1回はギルドの集合場所に顔を出さないといけないとか、決められた曜日と時間にはギルド員全員がギルド会館に集まらないといけないとか、そういった集合義務があるらしい。

 だけど、うちのギルドにそんな煩わしい義務は存在しない。直接顔を合わせずとも、ボイスチャットや文字チャットでコミュニケーションが取れるため、なんならこのままずっと顔を合わさないままでも別に問題ない。

 それにもかかわらず、メイはあの日の鍛冶師クエストを終えて三つ星食堂のギルドメンバーになって以来、毎日のように俺の店にやって来る。彼女がこのギルドに加入したのは、てっきりほかのギルドからの勧誘を避けるための隠れ蓑にするためだと思っていただけに、なぜメイがここに頻繁に現れるのか、俺にはよくわからなかった。


「なんだ? 私がいると邪魔なのか?」


 メイが問いかけたその声は、少し不機嫌そうだった。俺はその表情を一瞥し、苦笑いを浮かべる。

 邪魔だなんてとんでもない。だが、それとは別に、彼女の店には常連客が絶えないと聞いているし、そんな彼女がここに頻繁に足を運ぶ理由がわからない。


「いや、そんなことはないが……。自分で言うのもなんだけど、俺の店と違ってメイの店には客がたくさん来るんだろ? もう気兼ねなく武器も防具も作れるんだし、店のほうに集中しなくていいのか?」

「それなら心配いらない。店主不在でも商品の販売はできるし、私は自分が作りたいものを作りたいときに作るだけだから」

「……そういうところは、前のメイと変わらないんだよな」


 メイの瞳が少しだけ柔らかくなった気がしたが、すぐにその表情はいたずらを仕掛ける子供のような顔に変化した。


「ああ、私はそういう奴だよ。もしかして、ギルドに誘ったことを後悔しているのか?」


 その質問には、どこか挑発的な響きがあった。

 俺を試しているような、軽くからかうような調子だ。

 ……なるほど、きっと俺を困らせて楽しむつもりなんだろう。残念だけど、そんないたずらに付き合うつもりはない。


「そんなわけないだろ。メイみたいに自分の気持ちに真っすぐな可愛い子がギルドに加わってくれて、嬉しくないわけがない」


 からかいに対しては、堂々と思ってることを伝えるのが一番の防御方法だ。下手に言いよどんだり、本心を隠そうとすると、相手をおもしろがらせるだけになってしまう。

 だから俺は躊躇いなく正直に答えてやった。

 期待外れで悔しがるメイを見ようと彼女の顔に目を向ければ、なぜかメイは顔を赤くし、視線をそらしていた。


「……そうか。だったら当分このままこのギルドにいることにする」


 意外にもメイは随分としおらしくなっていた。

 しかし、急にそんな態度を取られると、こっちも反応に困る。

 まさか俺の正直な言葉が、彼女の心に何かを突き刺してしまったのだろうか?

 だが、その真相を探る間もなく、店の扉が軽やかに開き、新しい客が入ってきた。


「あー、メイさん、もう来てたんですね」

「早いな」


 入ってきたのは、ミコトさんとクマサンだった。

 そういえば、最近この店に来るのはいつもこのメンツばかりだ。

 立地が悪いという大きな問題があるとはいえ、この状況は客商売としては問題があるよな……。


「おー、二人も来たか」


 俺より先に、客であるメイが後ろを振り返って二人に声をかけていた。

 その動作は、まるで俺から顔を隠そうとしているかのように見えたが、きっと気のせいだろう。


「あれ? メイさん顔が赤いですね? 何かステータス異常を受けてたりします?」

「――――!? そ、そんなことはない! これはただ……、いや、気のせいだ。そう、私はいつも通りだぞ」


 メイの返答はどこか取り繕ったようで、彼女の普段の冷静さとはかけ離れていた。


「そうなんですか? だったらいいんですけど」


 ミコトさんとクマサンは、心配そうにメイを見ながらも、彼女と並ぶようにカウンター席に腰を下ろした。


「しかし、なんだかんだ言いながら、ミコトもクマサンもショウの店に集まるんだな」

「ショウのハンバーグはここでしか食べられないからな」

「ショウさんやクマサンに会おうと思ったら、ここに来るのが一番ですからね」


 みんなの言葉に、内心嬉しさが込み上げてきた。義務感ではなく、好きで集まってくれているのは、本当にありがたいことだ。


「まぁ、客が少ないのはギルドの話をするのにはいいかもしれないが、NPCからのレンタル店舗では、商売的に厳しくないか? プレイヤーはたいていプレイヤーの店があるエリアに集まる。NPCレンタル店はそれとは別エリアになるから、普通のプレイヤーはなかなかここには来ないだろうに。プレイヤー店舗エリアに店を出さないのは、なにか拘りがあるのか?」

「…………」


 一瞬皮肉で言われているのかと思ってメイの顔を見たが、どうやらそういうわけではなく、素直な疑問として聞いているようだった。彼女が皮肉を言う時は、もっと口元が笑っている。


「メイさん、ショウさんは職人としての腕はかなりのものですが、経済的な面では……ね? ショウさんには、自分の店を買う甲斐性がないんですよ」


 ミコトさんの冗談交じりの言葉に、俺は苦笑いせずにはいられなかった。酷い言われようだが、事実なので反論することもできない。俺はカウンターの後ろで、みんなから見えない拳をぎゅっと握りしめた。


「料理人がそれほど儲からないのは私もわかっているが、こんな場所ではそもそも客が来ないぞ? 無理してでもプレイヤー店舗エリアに店を建てておかないと、ずっとジリ貧のままだと思うが? あのエリアの中でもいい場所の店はプレイヤー間の売買でどんどん値上がりをしている。今から購入しようとしても新規追加された端のエリアの店しか買えないし、どんどん不利になってしまうぞ?」


 メイの言葉からは、職人として成功した彼女が親切心からのアドバイスをしてくれているのが伝わってきた。

 でも、わかってる! わかってるんだよ、そんなことは!

 街の中には、プレイヤーが店を購入できるエリアは限られていて、職人として早い段階で成功したプレイヤーはそのエリアの良い位置に店を持っている。そういうプレイヤーはたいてい高レベルの職人なので、当然店には良い物が売っている。そうなれば、購入を考えているプレイヤーも必然的にそこに集まる。その結果、プレイヤー店舗のあるエリアの店はいつも人が溢れているのに、俺のようなNPCからレンタルしている店があるエリアでは閑古鳥が鳴いているわけだ。


 さらに言うなら、プレイヤー店舗エリアの中でも、普通は手前の店から商品を確認するから、店の価値は手前ほど高く、奥へ行けば行くほど低くなる。

 プレイヤー店舗エリアは徐々に拡大されているので、後からではいくら金を積んでも購入できないということはないが、そうやって買えるのは奥の方の店ということになってしまう。

 職人として成功するには、できるだけ手前の場所に店を確保するのが肝要だが、一度として店を購入できるほど金を貯めたことのない俺には、それがわかっていてもどうしようもなかった。


「無理してでも店を買えたら、もうとっくに買ってるよ! 貧乏人で悪かったな!」


 俺の悲痛な声は、果たしてメイに届いただろうか?


「気を悪くしたのか? そういうつもりで言ったわけじゃなかったんだが……。だが、そういうことなら、敢えてレンタル店舗でやっているわけではないんだな?」

「誰が敢えてこんなことをするんだよ!」

「怒るなよ。だったら、私が以前に買って今は空き店舗として放置している店を使わないか?」

「…………え?」


 メイからの思わぬ提案に、俺は目をパチクリさせてしまう。



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