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第201話 四人の患者

 町長の屋敷にある客室は、想像していたよりもずっと広く、静けさが漂っていた。室内には四つのベッドが、ゆったりと間隔を空けて並んでいる。

 向かう途中で聞いた話では、この奇病は人から人へと感染するものではないという。だから、患者の世話をする者や俺達が感染を恐れる必要はない――らしい。

 それでも、未知の病を前にすれば、やはり緊張感は拭えない。

 俺は、部屋に入ってすぐ近くのベッドに目をやった。

 そこには、四十代ほどの女性が静かに眠っていた。これが目覚めることのない奇病だと聞かされていなかったら、気持ちよく寝ているようにしか見えない。

 すると、俺の視線に気づいたのか、町長が口を開いた。


「彼女の名前はステラ。この町の住民で、夫と二人の子供がいます。言いにくいのですが……彼女は別の病気で町の病院を受診していた際に、医療ミスが起こり、この奇病に感染してしまったのです」


 その言葉に、場の空気が一瞬にして重くなった。

 なんというか……やるせないな、それは。

 人から人への感染しないはずの病に、医療現場で感染……一体、どんなミスをやらかしたのやら。


 この世界では、戦闘の負傷がヒーラーのスキルで回復するように、怪我などの外傷は魔法で治すことができる。町の病院でそういう仕事をしている人を魔法医と呼ぶのだが、一方で、病気は魔法では治療できないため、医者が診るという役割分担がある。

 ステラは病気を診てもらおうとしていたわけだから、ミスを犯したのはおそらく医者ということになるのだろう。


「医療ミスって、一体、何があったんだ?」


 俺が聞こうとしたそのとき、先に口を開いたのはクマサンだった。

 クマサンは心優しい人だ。きっと不慮のミスで奇病にかかったステラやその家族のことを考えて心を痛めているのだろう。

 しかし、町長はうつむき、静かに首を振った。


「……申し訳ないが、それについてはお話できません。この町の病院は町立であり、町長である私はその責任者という立場にあります。現時点では、病院関係者以外に詳細を伝えるわけにはいきません」


 一瞬、「隠ぺい」という言葉が脳裏をよぎる。

 だけど、医療ミスがあったこと自体は正直に話している。きっと隠す意図はないのだろう。軽々しく真相を話せば、誰が犯人かという話になってしまうだろうし、その人物はステラの家族からも憎まれるだろう。そういったことを考慮しての判断に違いない。

 俺達は誰かにペラペラ話すようなことはしないが、往々にして冒険者ってやつは、酒場で酔っぱらって、つい自分の体験を大声で語ってしまうような連中だ。町長が警戒するのも無理はない。


「……わかった。これ以上は聞かない」

「ご理解いただき、ありがとうございます」


 理解を示したクマサンに、町長は軽く頭を下げた。

 俺としては事実を知りたい気持ちもあったが、クマサンの判断に従うことにする。

 それに、町長の気持ちもわかる。

 彼の立場を考えれば、ステラは自分の管轄する病院で起こった医療ミスで奇病にかかった患者だ。その贖罪として、特効薬を使いたいという思いも強いはずだ。

 そんなことを心の中で思いながら、俺達は次のベッドへと移動した。


 二つ目のベッドには、三十歳前後の男性が静かに横たわっていた。


「彼の名前はベルトルト。腕のいい魔法医です。まだ独身でしたが、気さくな人柄で、皆に慕われていました。彼には、これから先も、多くの患者を救ってもらえると期待していたのですが、こんなことになってしまって……」


 町長の顔に、悲壮感が浮かぶ。

 この町は、王都から離れた小さな町だ。人材の確保には、さまざまな分野で苦労しているのだろう。

 そんな中で現れた若くて有能な魔法医――ベルトルトの存在が、どれだけ住民の支えとなっていたか。町長の表情を見れば、それは容易に察せられた。


「町長さん、このかたは、魔法での治療の際に奇病に感染したのでしょうか?」


 静かに問いかけたのはミコトさんだった。

 同じヒーラーとして、彼に重ねるものがあったのかもしれない。

 もしベルトルトまで病院内で感染したのなら、ステラと合わせて二人。そうなると、病院の安全管理体制が疑わしくなるいや、それどころか、彼自身がステラの医療ミスに関与していた可能性すらあり得る。

 しかし、町長はすぐに首を振った。


「いえ、そうではありません。彼は、プライベートで森に出かけた際に、そこで感染したようなのです」

「……そうですか」


 ミコトさんは納得した様子だが、俺にはまだ釈然としないものがあった。

 森で感染――それはつまり、何に? どこで? どうやって?

 聞いてみたい気持ちはあった。けれど、町長の沈痛な面持ちを前にすると、興味本位の言葉は喉の奥に引っかかり出せなくなる。

 病院の管理責任者である町長の立場からすれば、きっとベルトルトに特効薬を使いたいと考えているはずだ。彼が回復すれば、彼の手により、これから多くの町の人間が救われるだろう。

 そんな思いを飲み込みながら、俺達は次のベッドへと足を運んだ。


 三つ目のベッドに眠っていたのは、六十歳ほどの男性だった。


「彼の名前はホフマン。この町一番の富豪です。彼は珍しいものを収集するのが趣味でして……どうやら取り寄せた品の中に感染源となるものがあったようなのです」


 町長の口調は淡々としていたが、その下に複雑な感情が見え隠れしていた。


「……彼にご家族は?」


 そう尋ねたのはメイだった。


「彼には妻がいますが、子供はいません。そういったこともあり、夫婦の趣味にふんだんにお金を使っているようでした。もし彼を治療できれば、町や病院への経済的支援も期待できたのですが……。あ、すみません。これは、あなたがたには関係のない話ですね」


 その最後の一言は、思わず漏れた本音だったのだろう。

 改めて考えてみれば、この町には目立った産業はなく、経済的に豊かとはいえない。そんな状況で、財政を担う町長として、富豪であるホフマンに恩を売っておきたい――そう考えるのも、ある意味当然だ。


 ……町長が、誰に特効薬を使うのか、自分で決めかねる理由がなんとなくわかってきた気がする。


 俺達は静かに四つ目のベッドに移動した。

 最後の患者は――目を見張るほどの美女だった。年の頃は二十歳前後。

 まるで眠れる森の美女のような神秘的な美しさで、思わず心臓の鼓動が早まる。

 まさか、冗談半分で「患者が美少女だったら……」なんて考えていたが、少女ではないにしろ、本当にこれほどの美女が出てくるとは……。

 正直、見た目だけで誰に特効薬を使うのか決めるのなら、俺なら彼女一択だ。

 見ただけでそう思わせるような患者だったのだが――


「彼女の名前はレイラ。この町の出身者なのですが……天涯孤独の身である彼女は、子供の頃から度重なる悪事を働いてきました。一度捕らえた際、罪を不問にする代わりに町から追放しました。彼女はまだ若かったので、新しい土地で心を入れ替え、一から人生を始めてくれればと思ってのことでした。しかし、彼女はまたこの町に戻ってきて……また盗みや強盗を繰り返したのです。さらに麻薬にも手を出しており、その影響で奇病に感染。そのため、裁判を目前にして倒れ、今はこの状態です。悪事を働いても良心の呵責もなく、まったく反省する素振りも見せなかった女でしたので、因果応報ということなのかもしません」


 一息に語られたその内容に、俺達は言葉を失った。

 ……とんでもない悪党じゃないか。

 見た目の印象は完全に裏切られた。これまでの三人とは、あまりにも毛色が違いすぎる。

 それに、医療ミスで感染、森で感染、珍品で感染、麻薬で感染って、何、この奇病? 感染方法がよくわからなくてちょっと怖いんだけど……。

 俺がそんな思いを巡らせているうちに、町長はいつの間にか部屋の扉の前へと移動していた。


「それでは、みなさん。四人のうち、誰に特効薬を使うべきか、よく話し合ってください。私は先ほどの部屋でお待ちしていますので、決まりましたら、戻って報告をお願いします」


 そう言い残し、町長は部屋を出ていってしまった。

 残された俺達は互いに顔を見合わせる。

 これが一人で挑んだクエストならば、迷いはしても、最終的な決断は自分ひとりで下せばよかった。

 だけど、今は違う。俺達は四人。一人判断で決まることはない。

 誰を救い、誰を見捨てるのか――その話し合いが始まる。



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