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第三五話 不気味なる刺客

 ——得体が知れない……こいつ本当に同じ県のヒーローだったのか?


 ヒーロー「ブラス・バレット」、本名鋳物 卓慈は目の前に立つ胸に螺旋のマークを入れたコスチュームを見に纏う黒髪の男の雰囲気に飲まれていた。

 ヒプノダンサー……本名はヒーロー名鑑によると舞唐 圭一ぶとう けいいちと書かれていたが、長年ヒーロー活動している割にはそれほど目立った存在ではなく、どちらかというととされるヒーローの一人だ。

 それは知っている……活動範囲は非常に狭く、彼の管轄では数々の犯罪活動が活発化しているが、官、民、ヒーローの三者の活動があまり効果を成していないとされている。

 また彼自身の活動も最小限とはいえ、犯罪者を捕縛する能力には長けており、ヒーロー協会が定めるランキングではそれなりの位置になぜかいる。

「点数稼ぎ野郎だっけ……あんたそう言われてるらしいな」


「……挑発しても意味ないぞ小僧、俺はお前らのいうところでいうと落ちこぼれ、だからな」

 ニヤリと笑うとヒプノダンサーはゆらりと体を揺らし始める……ヒーロー名鑑に書かれている彼のスキルは、レアリティとしてはレアとされる「ヒプノダンサー」と呼ばれている。

 実はこのスキルを所持したことのあるヒーローは彼しかおらず、本来はスーパーレアに相当するはずのスキルなのだが、どういう訳だかスキルのクラス分け時に認定されなかった。

 また彼自身も実際に犯罪者を捕縛する際には一人で行動するため、そのスキルの全容が全くわかっていないとされている。

「……本当はこんな場所に出てくる気はなかったんだ」


「なら今からでも降参したらどうだい?」


「そういうわけにいかねえんだよ、おっさんにはやることがあるんだぜ、ボーイ♪」

 まるで踊るように軽快なステップとともにダンスステップの一つであるクラブを始めるヒプノダンサー……何をする気だ? とブラス・バレットが指を軽く噛み切ると、横に走りながら流れ出る血液を真鍮へと変えていく。

 スキル名ブラス・バレット……体液、皮膚、肉体その三種類を真鍮へと変化させられる特殊なスキルの一つだ。

 手の中に生み出された血液が凝固し、独特の色合いへと変化したのを見計らって指で弾丸を弾くように発射していく。

 この血液を使用した真鍮の弾丸は彼の体から離れても二〇秒間の間は凝固したままであり、弾丸のように発射できるのだ。

真鍮の弾丸ブラス・バレットッ!」


「……ふん、この程度か?」

 ブラス・バレットが発射した弾丸は、確かに目の前で軽快に体を揺らすヒプノダンサーの胸へと突き刺さるはずだった。

 しかし弾丸はまるで霞を通過するかのようにヒプノダンサー後方の地面へと当たって弾かれ、飛び散っていく……それを見たブラス・バレットの表情に驚愕の色が浮かぶ。

 どういうことだ……? ヒプノダンサーは一歩もその場を動いていない、しかし放ったはずの弾丸はその体を通過し後方の地面へと当たっていた。

 この弾丸の初速は銃弾ほど早くはないが、それでも衝突すると変形して広がり、まるで拳で叩かれたような感覚に陥るという。

 実際にこの弾丸を受けたヴィランはそう評しており、実際に捕縛後肉体のあちこちに強い力で殴打されたような痕が残っていたのだ。

 そのため彼自身もこのスキルの危険性を十分理解しており、射撃をする場合は胸から下にしか放たないように細心の注意を払っている。

「ど、どういうことだ……?」


「どうした……ご自慢のスキルを使ってみせろよ♪」


「く……真鍮の弾丸ブラス・バレットッ!」

 ブラス・バレットは再び移動しながら弾丸を放つ……このスキルを有効、かつ可能な限り安全に着弾させるために彼は射撃場で血の滲むような特訓を繰り返しており、今では移動しながらでも一〇メートル以内の目視した目標へと正確に着弾させられるのだ。

 数発の弾丸が再びヒプノダンサーへと迫る……だが、彼は左右にゆっくりと踊るような仕草を見せながら細かいステップを繰り返すと、再び弾丸は肉体へと命中することなく後方へと突き抜けていく。

 射撃では命中させられない、と判断したブラス・バレットは一気に前に出る……スキルが発動して拳が変形し、大きなハンマーのような形へと広がっていく。

真鍮の玄翁ブラス・ハンマー!!」


「おうおう、そりゃあ無粋ってもんよ♪」

 一気に距離を詰めたブラス・バレットに対して、防御姿勢など取らずに軽快なリズムを口ずさみながら、ステップの一種であるスクービー・ドゥーを刻んでいく。

 ブラス・バレットが全力で振るう真鍮の玄翁ブラス・ハンマーの軌道は確実にヒプノダンサーの頭部を狙って放たれたはずだった。

 だが……ブラス・バレットの一撃は空を切ると、そのまま地面へと叩きつけられる……ハッとして振り向くと、いつの間にかヒプノダンサーは数メートル後方へと移動してリズムを合わせてステージ上でキックアウトを披露していく。

「ど、どういうことだ……?」


「ヘイヘイヘイッ! 肩の力抜けよボーイ♪」


「……え?」

 その場で体を回転させたかと思うと、突然ヒプノダンサーが真横に現れくるりと体を回転させてブラス・バレットの顔面へと回し蹴りを叩き込んできた。

 いきなりの衝撃とともに横へと大きく体を跳ね飛ばされ、ブラス・バレットは混乱する思考の中ステージに叩きつけられて思わず悶絶する。

 肺の中の空気が一気に吐き出されたような感覚……何度か咳き込んだあと、体を起こして立ちあがろうとするが、今の一撃は完全に意識の外から放たれた一撃だったため、三半規管が揺らされ思わず足を縺らせると、再び地面へと腰を落としてしまう。

「……な、なんだ今の……?」


「ハハハハッ! 足元がお留守だぜぇ?!」

 ヒプノダンサーは軽快なステップを見せて踊り狂っているが……そこで初めてブラス・バレットは会場の様子がおかしいことに気がついた。

 喝采や歓声はかなり少ない……まるで観客すらも困惑したかのようなざわめきと困惑の声、彼の耳にはそのように感じられ、さらに思考が混乱していく。

 混乱したままなんとか自らの脚を叱咤してなんとか立ち上がったブラス・バレットの耳に信じられないような会場アナウンサーの声が聞こえた。

『……どうしたことでしょうッ! ブラス・バレットはまるで違う方向へとスキルを放っていました!!』


「……何……どういう?」


「おっと、お前の相手はアナウンサーじゃないんだぜ、ボーイ」

 その声の方向へと振り向こうとしたブラス・バレットの顔面へと横殴りのフックが叩き込まれる……凄まじい衝撃とドゴッ! という鈍い音とともに彼は大きく宙を舞う。

 再び意識外からの攻撃……混乱する思考の中、ブラス・バレットはこの攻撃そのものがヒプノダンサーが所持するスキルによってもたらされているとようやく理解した。

 再び地面へと叩きつけられたブラス・バレットは、ステージ上を何度かバウンドしたのちくるりと猫のような受け身をとってなんとか勢いを殺すが、打撃の勢いは凄まじくどろり、と折れた鼻から血が流れ出す。

 何度か鼻を拭ったブラス・バレットだが悔しさと軽い怒りの表情を浮かべながら立ち上がる。

 その様子を見ていたヒプノダンサーは顎をさするような仕草を見せたあと、ニヤリと笑った。


「……いいねえ、高レアスキルの食い出があるじゃないか、お前みたいな目は嫌いじゃねえよ?」


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